第三話 むっ、ここは商人ギルドではないか! ゲスの本拠地に何の用だナオヤッ!?
「やっぱりそれなりに揺れるよなあ」
「ナオヤ、気にしすぎではないか? あれぐらい普通だぞ?」
ポツリと漏らした独り言に、馬車と並んで歩くクロエが応えてくれた。
アイヲンモール異世界店を出て、馬車は最寄りの街にたどり着いた。
前にクロエが言ってた通り、のんびり走らせて30分といったところだ。
歩くと一時間、往復で二時間かかることを考えると、やっぱり無料送迎馬車は走らせたい。
「タイヤ、サスペンション、でもそのへんは難しそうだしなあ。馬車は荷台を吊り下げて揺れを減らしたんだっけ?」
「ナオヤ? 聞こえてるか?……ダメだ、いつものヤツか」
馬車に揺られて街の景色をぼんやり眺めながら考え込む。
送迎馬車の快適性も大事だけど……。
最寄りの街からアイヲンモール異世界店まで、馬車で往復一時間。
満員でも10人ちょっとしか乗れないわけで。
集客は一日あたり100人程度しか増やせる見込みがない。
昨日までの16日間で客数平均104人弱だから、デカいと言えばデカいんだけど。
「……台数を増やすか、乗れる人数を増やすか。ドラゴンセールの時は、馬車が何台も連なってたもんなあ。でもまあ、まずはやってみないとわからない、か」
そんなことを考えていると、馬車はスピードを緩めた。
御者席の行商人さんが荷台に座る俺に振り返る。
「ナオヤさん、着きましたよ」
「ありがとうございます」
「むっ、ここは商人ギルドではないか! ゲスの本拠地に何の用だナオヤッ!?」
「だから商人ギルド長をその呼び方するのはヒドすぎるだろクロエ。それに、別にギルド長に用があるわけじゃないから」
「ま、まさかナオヤは『これで便宜を計っていただきたいものですねえ』などと言って、ゲスの手にかかる私を見物しようと! くっ、ころ——」
「おい俺のキャラ変わってるぞエロフ。だいたい、元店長なのに商人ギルドにその反応っておかしいだろ。いままでどうしてたんだ」
言ってる間に、馬車は完全に停まった。
馬車から下りる。
御者兼護衛? だった行商人さんも、馬車から下りた。
「あれ? 駐車場、馬車を停めるところまで動かさなくていいんですか?」
「ええ、このままで大丈夫ですよ店長さん。ほら」
行商人さんが指し示した方を見ると、商人ギルドの職員らしい少年が近づいてきた。
行商人さんと二言三言かわして、少年が御者席に上がる。
どうやら商人ギルドでは、馬車を駐車場にまわしてくれるサービスがあるらしい。お高いホテル並みのサービスだ。
「なるほど、こういうところは行き届いてると。ウチも参考にしないとな」
うんうん頷いていると、クロエが俺の服の裾をつまんだ。
「……クロエは外で待ってるか? ふらふらして後で合流でもいいし」
「行く、行くぞ! ゲスの手からナオヤと行商人さんとアイヲンモール異世界店を守らねば! 聖騎士の! この私が!」
「なんか連れていった方がめんどくさい気がする。まあいいか、じゃあ行くぞ」
鼻息は荒いのにへっぴり腰なクロエを連れて、俺と行商人さんは商人ギルドの中に入っていった。
「本当によろしいのですか? こちらとしてはありがたいお話なのですが」
「ええ、かまいません。『行商』は廃業します」
商人ギルドのカウンターで、職員と行商人さんが話をしていた。
内容は「行商の引き継ぎ」だ。
本来、行商先はそれぞれの行商人が開拓するものなのだという。
まわる農村や都市、仕入れ先、販売する商品。
ノウハウは親から子、あるいは弟子に引き継がれることがほとんどで、新規で行商を立ち上げるのは大変な苦労らしい。
商人ギルドの職員は、行商人さんの申し出に最初は戸惑っていたものの、いまではこぼれる笑みを隠しきれていない。
行商人さんはいままでの苦労を捨ててまで、アイヲンモール異世界店のテナントになることを選んでくれた。
つまり、親子三人の命運を、モールの責任者である俺が預かったわけだ。
身が引き締まる。
「廃業とのことですが、馬車はどうされるのですか? 売られるようでしたら勉強させていただきます」
「馬車も馬も売りません。こちらで使う予定です」
「かしこまりました」
行商人さんの拒絶に、商人ギルド職員は大人しく引き下がった。
あの商人ギルド長なら「おやあ? 何に使うんでしょうねえ?」なんて食いついてきそうだけど。
「店長さん。私の用事はこれで終わりましたよ」
俺と行商人さんが街に来た目的は「無料送迎馬車の試運転」と「行商の引き継ぎ」、だけじゃない。
行商人さんの声かけを受けて、俺は一枚の紙をカウンターに置いた。
「えっと、これの掲示をお願いしたいんです。商人向けの情報なら、商人ギルドに所属してなくても貼り出してもらえると聞きまして」
「ええ、内容次第ではありますが……拝見しても?」
「もちろんです」
「ナオヤ? それはなんだ? 商人相手にスキを見せるとカラダで払わされることになるぞ?」
「商人のイメージがおかしいだろ。クロエは旅で出会った悪徳商人のことは忘れろ」
身を乗り出して覗き込んでくるクロエを押しのける。
行商人さんに確認してもらったし、中身は問題ないはずだ。
ざっとチェックした職員も頷いてるし。
「内容は問題ありません。ただ——」
「ただ?」
「この内容で掲示して募集しても、応募があるかどうか」
「え? 賃料は売上のパーセントですし、テナントの条件としては悪くないと思うんですけど」
そう。
俺が商人ギルドの掲示板に掲示をお願いした紙。
内容は、テナント募集だ。
街とアイヲンモール異世界店の間で無料送迎馬車を走らせれば、従業員も往復できる。
そうすれば通えるわけで、テナントの応募もあるかと思ったんだけど。
「ネックになるのはどこでしょうか。場合によっては変更しても——」
俺の質問は遮られた。
商人ギルドの職員にではなく、座る俺の背後から聞こえてきた声に。
「おやあ? これはこれは、新しい店長さんではありませんか」
にちゃっと粘つく声。
振り返らなくてもわかる。
「出たなッ! 商人ギルドのゲスめ!」
「失礼過ぎるだろクロエ。申し訳ありません、ウチの従業員が」
うしろで「ガルルッ」とうなり出しそうなクロエをなだめて、振り返る。
ひらひらした服を着てゴテゴテとアクセサリーをつけて、でっぷりしたおっさんの脂ぎった笑顔が目に入る。
現れたのは、商人ギルドのトップ、ギルド長その人だった。
あいかわらず話し方も笑顔もうさんくさい。
「商人ギルドに何の用でしょうかねえ。おお、もしや街の外での商売を諦めて商人ギルドの傘下に——」
「ガルルッ!」
「どうどう! だからうなってどうすんだクロエ! エルフってみんなこんな感じなんですかねえ……」
頭を抱える。
商人ギルド長が出てくる前に話を片付けようとしたけど、そうそううまくはいかないみたいです。
……やっぱクロエは外で待たせておいた方がよかったっぽい。





