第二話 よし、じゃあ行くか。無料送迎バス——無料送迎馬車の試運転に!
俺が店長になってから17日目のアイヲンモール異世界店。
お昼過ぎまでのピークと明々後日に迫ったドラゴンセールに向けた仕込みを終えて、俺はアイヲンモールの正面出入り口、ロータリーの前にいた。
「あなた、気をつけて行ってきてくださいね」
「いってらっしゃい、パパ」
「なに、すぐ帰ってくるとも! 今日は試運転だからね」
行商人さんの奥さんが病み上がりの娘さんを支えている。
ちょっと無理してでも、二人は行商人さんを見送りにきたらしい。
「アンナさん、留守をよろしくお願いします。営業時間中に帰ってこられると思いますから」
「ナオヤさん、ゆっくりしてきてもいいんですよ? ドラゴン肉料理の仕込みはスケルトンたちに任せてください」
「……いってらっしゃい」
「店は任せたぞ、アンナ、バルベラ! さあ行くぞナオヤ! 改造した馬車の乗り心地を試さなくては!」
「護衛するんじゃないのかクロエ。……乗ってても外が見られるようにしたから、まあなんとかなるか」
アンナさんとバルベラも、俺たちを見送りに来てくれた。
クロエは何が楽しいのかハイテンションだ。
「よし、じゃあ行くか。無料送迎バス——無料送迎馬車の試運転に!」
そう声をかけると、行商人さんは御者席に座る。
俺はタラップがわりの短い梯子に足をかけて馬車の荷台に上がった。
梯子を引き上げて後ろに置く。
クロエが、ひらりと荷台に飛び込んできた。
「さあ出発だ! 『くっしょん』の座り心地も確かめなくてはな! 元店長で旅の経験も豊富なこの私が!」
「はいはい、頼んだぞクロエ。旅の経験って、大半が歩きだったって聞いた気がするけど」
そんな会話をしているうちに馬車が動き出した。
荷台に設置したベンチに座ると、手を振る四人の姿が見える。
小さく手を振って、俺たちはアイヲンモール異世界店を出発した。
何度か往復して問題点を洗い出して、クリアすれば無料送迎馬車の運用がはじまる。
きっと集客に貢献してくれるはずだ。してくれるといいなあ。
「なあナオヤ、もっと座席を作れたんじゃないか? 乗り合い馬車はぎゅうぎゅうだったぞ?」
「ああ、行商人さんに聞いた。でもほら、いくら短時間っていってもお客さまを不快にさせるのはちょっとな」
「むっ、そういうものか?」
「クロエだって、むさ苦しいおっさんたちと密着して30分も馬車に揺られるのはイヤだろ?」
「名も知らぬ男たちに囲まれ……最初は揺れのせいで男たちの手が私のカラダに当たり……味をしめた男たちは偶然を装って意図的に何度も、男たちの興奮が昂って私は男たちに組み敷かれ」
「ああ、ここは痴漢という概念が存在する世界なのか。それともクロエの発想がすごい、じゃなくてヒドいのかもしれないけど」
ぼんやりと外を眺める。
行商人さんが持ってた馬車は、それほど大きくない二頭引きの幌馬車だった。
昨日、俺はスケルトン工兵と一緒に幌馬車を少し改造した。
天井からサイドまですっぽり覆う幌は、骨組みにそって途中まで巻き上げられるようになっている。
そうすれば外が見られるし、風も通るから。
荷物じゃなくて人を運ぶんだから、この方がいいだろう。
もう一つの大きな改造点は、荷台にベンチを設置したことだ。
背もたれつきの長ベンチを荷台の両端に取り付けて、座るとたがいに中央を向く形にした。
電車のベンチシートと同じような感じだ。ボックス席じゃないヤツ。
詰めれば5人ずつ、10人は座れるだろう。
「まあ、中央に背もたれなしのベンチを置いてもいいかもな。一台だけで、左右どっちか好きな方を向いて座れる形で」
「さ、さらに男たちが増えるのか……14人の男に対して女は私一人で……くっ、殺せ!」
「それともポールでも取り付けて立ってもらうか。でもけっこう揺れるし天井はそこまで高くないし、キツイかなあ」
妄想を続けてたらしいクロエを無視する。
少しでもお客さまを増やすために、考えることは多い。
「あとはモンスター対策か。今日はクロエについてきてもらってるけど……」
「店長さん、心配しすぎですよ。最近この辺りはほとんどモンスターが出ていません」
「行商人さん? でもバルベラパパとママが来た時に雷角シカやコカトリス、バジリスクが」
「あれは例外です。ああいったモンスターが頻出するようなら、街や村を巡る行商なんて不可能ですからね」
「まあたしかに。あれ、でも俺、街とアイヲンモールとの往復で一角ウサギとゴブリンに遭遇しましたよ」
「ははっ、ヤツらは数が多いのか、どこにでも出ますからねえ。ですがそれぐらいならクロエさんが出るまでもありません」
「え? さすがにお客さまに戦ってもらうわけには」
「ナオヤさん、忘れたんですか? 私は護衛なしで行商してたんです。その程度のモンスターなら私一人で充分ですよ」
荷台を振り返った行商人さんは、さっと片手を上げた。
手には短弓が握られている。
きっと御者席に座ったままモンスターを攻撃できるように、弓を武器に選んだんだろう。
「そうですねえ、もしモンスターが多く出るようであれば、妻を護衛にして店番は娘に任せましょうか」
「あ、奥さんも戦えるんすね。へえ」
異世界の行商人は、過酷な暮らしをしているらしい。
アイヲンモール異世界店で日用品を売るテナントに入ってくれたのは、子供の病気を治した恩人たちだからってだけじゃないのかもしれない。
安全で安定した暮らし、的な。いまはまだ売上が足りないだろうけど。
「ナオヤ、そもそもこの付近はアンナの配下が夜の間にモンスター退治をしているぞ? 一角ウサギやゴブリンを見落とすことがあっても、大物はまず出てこないだろう!」
「スケルトン部隊が優秀すぎる。どうりで農家のみなさんがのんびり農作業できるわけだ」
「街への行き帰りに私も見回っているしな! 縄張りだと示すためにバルベラもときおり力を——むぐっ」
「待てクロエ、声がデカい。行商人さんはバルベラの正体を知らないから」
うっかり口を滑らせそうになったクロエの口をふさぐ。
いまさらな気もするし、バルベラパパとママを見て気付いてそうな気もするけど。
手を離すと、クロエはぷはっと息を吐いた。
「なななにをするんだナオヤ! ま、まさか私の口をふさいで押し倒し! そのまま馬車の荷台の上で! こ、これが『かーせっ——」
「黙れクロエ。誰だそんな日本語教えたヤツ。俺じゃないってことはアンナさんかあ」
ぼんやりと前方に目を向ける。
行商人さんは馬車の操作に集中して、俺たちを気にした様子はない。うすうすわかってたけどスルースキルが高いっぽい。
馬車が進む先に、街の外壁が見えた。
俺が店長になってから17日目のアイヲンモール異世界店。
いくつか改良点はあったけど、一回目の試運転の片道分が終わったようです。
揺れじゃなくてクロエのせいでどっと疲れた気がする。





