第十二話 長生きな種族の時間感覚が理解不能で困る! そういえばバルベラは140歳でしたね!
「あっさり行っちゃったけどいいのかバルベラ?」
「……いい。また会える」
「まああれだけ強いんだ、危険な世界でも問題はなさそうだしな」
バルベラの頭を撫でる。
見た目10歳のバルベラは、両親が飛んでいった空をじっと眺めていた。
夜明け前の空は暗くて俺の目には映らなかったけど、ドラゴンのバルベラには両親の姿が見えているんだろうか。
「……次は5年後ぐらい」
「長生きな種族の時間感覚が理解不能で困る! そういえばバルベラは140歳でしたね!」
「むっ、ナオヤ、それでは果物や布や装飾品やお酒が入荷できないのではないか?」
「まあその時はその時でしょうがないかなあ。入荷のメドが立つか入荷できれば催事をするってことで」
「よろしいのですかナオヤさん? 間が開いても一定期間で仕入れられれば売上の目標に近づくのでは」
「あー、まあそこは期待しないでいきましょう。催事は水ものですからね、うまくいけば儲けものと考えるしかないですよ」
予想以上に大当たりする催事もあれば、鳴かず飛ばずの催事もある。
当たり前だけどアイヲンモール異世界店で催事をやったことはないから、過去の売上を見て予測することもできない。
一時的な催事に頼るよりも、通常の営業で月間一億円の目標を目指すべきだろう。
「はあ。それにしても、嵐のような日々だったなあ。まる二日もなかったけど」
バルベラがじっと見つめる方向に、俺も目を向ける。
空はようやく白みはじめて、星が消えはじめていた。
二体のドラゴンの姿はもう見えない。
「とりあえず5年後と言わず半年以内には来てほしいな。じゃないとアイヲンモール異世界店がなくなってるかもしれないし」
「ナオヤさん?」
「あ、いえ、笑えない冗談でしたね。そうならないようにがんばりましょう」
「安心しろナオヤ! いざとなれば冷凍庫に眠るエンシェントドラゴンの肉を使った料理を売ればいい! 尻尾の分の骨やウロコもあるしな!」
「その辺は考えないようにしよう、クロエ。じゃないと気を抜いちゃいそうだ。ダメでもなんとかなるからって」
「売り先は心配しなくていいぞ! 私が騎士団に申し出るか、それでダメならヴェルトゥの里に行けば長老たちがありがたがって買ってくれるはずだ!」
「いやダメだろ家出娘。月間一億円の売上は国の指示なわけで、国から予算が出てるはずの騎士団のお金も微妙なんじゃないか?」
「むっ、ダメなのか? はっ! まさかナオヤはそう言って私に買わせようと! とうぜんお金が足りなくて『足りない分はカラダで払ってもらわないとなあ』などと言って! くっ、殺せ!」
「はいはい今日も発想の飛躍がひどいなクロエ。むしろ無理やりになってきてないか?」
クロエの暴走にむしろ安心する。
なんか日常が戻ってきた感じさえある。
「さて、んじゃ今日も営業の準備をはじめようか」
切り替えるように言うと、空を見ていたバルベラが動き出した。
クロエも、アンナさんも。
あとエプロン付きスケルトンやスケルトン部隊もさっと物陰に消えていく。
「流通が発展していない世界で、遠い異国の商品を仕入れられるようになった。不定期だけどこれはデカいな。今回のお土産はいつ売り出すか」
俺も、店長になってから16日目のアイヲンモール異世界店の営業開始に向けて動き出す。
ブツブツ言いながら、バルベラパパとママが置いていったお土産を片付ける。
「もっと頻繁に、もしくは量を仕入れられるならテナントスペースで直営店にするんだけど。現状じゃ品数が足りないしなあ」
アイヲンモール異世界店で開いているのは、スーパーの一部、生鮮品と日用品、お惣菜コーナー。それにドラッグストアのスペースだけだ。あとトイレ。
「アイヲンモールだし、やっぱりテナントを増やしたい。あとは集客か。必然的に店員さんが増えるわけで、そうなると通勤のことも考えないとだよなあ。いっそ無料往復バスを、いや無料往復馬車を」
バルベラパパとママ、「火王龍と水妃龍」の襲来は無事に乗り越えたけど、考えることは無数にある。
目標の月間売上一億円にはまだまだ遠い。
「けっきょく、従業員感謝デーの詳細も決めてないし……あ」
「どうしたナオヤ、ブツブツ言って? もう開店準備は終わったぞ? 大丈夫か?」
「クロエさん、心配いりませんよ。ナオヤさんの独り言は、考えごとをしている時に出るようですから」
「……いつものこと」
「なんか俺の扱いがひどい気がする。じゃなくてだな!」
今後の作戦を考えながら作業をしているうちに、そこそこ時間が過ぎていたらしい。
いつの間にか開店準備は終わって、俺の前にクロエとアンナさんとバルベラが並んでいた。
「バルベラの両親はドラゴンで、来店しただけでこうなったんだけど……アンナさんの両親、はいないか、クロエの両親はあんなに強烈じゃないよな?」
アンナさんに謝ってから、クロエに視線を向ける。
クロエはだらだらと汗をかいていた。
目が合わない。
「だだだ大丈夫だぞナオヤ! 父様も母様も里のみんなほどニンゲン嫌いじゃないからな!」
「ちょっと家出娘さん? 俺すごく不安になってきたんですけど」
「だ、大丈夫だ、話せばきっとわかって、そうだ、わかってくれるはずで、私がニンゲンの街で暮らして聖騎士でアイヲンモールに派遣されて、つまりニンゲンと一緒に働いていることもきっと」
「そこからかよ! ええー。クロエ、それ一回ちゃんと報告してきた方がいいんじゃないか? 『下賎なニンゲンが娘の上司だと?』とかないよな?」
答えはない。
クロエはだらだらと汗を落として目を泳がせるだけだ。
「いやクロエの両親らしく『ニンゲンめ、娘を襲うつもりだなッ!』とかいきなり言って魔法を使ってきたりとか」
「そ、そそそんなことはないぞ、きっと大丈夫だ、たぶんない、と思う」
「アンナさん、俺に魔法を教えてください。防御系のヤツ。魔法が優れてるっぽいエルフの魔法を防げるヤツ。なんならエンシェントドラゴンの肉を食べて魔力を増やしますから」
「ふふ、大丈夫ですよナオヤさん。いざとなれば」
「俺を守ってくれるんですね! いや治してくれるのかな? さすがアンナさん頼りになります!」
「私が直しますから。ちゃんとナオヤさんの意識を残したまま」
「それ生きてる気がしないんですけど大丈夫ですか? アンデッドジョークですよね?」
「……守る」
「ありがとうバルベラ。ほんとありがとう。ドラゴンの強さを知ったいま、頼りにしてます」
きゅっと拳を握ってアピールしてくるバルベラに癒される。
アンナさんの微笑? 最近ちょっと信じられない。からかわれてるだけだと思いたい。
「さ、さあナオヤ、おばちゃんたちが来たぞ! 今日も営業開始だな!」
「おいごまかすなクロエ。頼むから手紙ぐらい出しておいてくれ。あ、でも送る前に俺かアンナさんのチェックを受けるように。クロエの両親だからな、変な勘違いとかしそうだし」
わざとらしく話を終わりにしようとするクロエの肩をつかむ。
ここまでしても、クロエが俺を見ることはない。
…………本当に不安になってきた。
俺が店長になってから16日目のアイヲンモール異世界店。
今日の営業は、招かれざるお客さま、もとい、従業員の家族やモンスターが来ないことを祈っています。