第十一話 ふむ、ウロコでは不服か? では我の爪か牙でどうだ? ニンゲンにとって価値のあるものなのだろう?
アイヲンモール異世界店を襲うモンスターを撃退して宴会になった翌日。
いつもと同じように、俺はまだ薄暗い時間に目を覚ました。
身支度を整えて一階に下りる。
そのまま、宴会の会場になった正面入り口前に向かう。
「俺は適当なところで切り上げたからなあ。酔っ払いたちはきっと後片付けしないでそのまま……あれ?」
噴水の横にいくつかテントがある。
宴会に参加した冒険者たちが野営のためにテントを張ったんだろう。
何人かの冒険者はテントからはみ出して、外に転がっている。
でも、宴会場となったベンチやテーブルはキレイなものだった。
元々はお惣菜販売のため、昨日は調理のために出してた屋台ブースもキレイなものだ。
食べかけのつまみもないし、汚れ物もない。
「おおー、けっこうモラル高くてビックリする。異世界舐めるなってことか」
予想外の光景に驚く。
と、うしろから出入り口の扉が開く音がした。
まだスイッチを入れてないから自動ドアじゃなくて、ガラス扉を押し開ける音だ。
振り返る。
清掃用具を手にしたエプロン付きスケルトンがいた。
「おはようございまーす」
挨拶すると、スケルトンはぺこりと頭を下げて近づいてきた。
ぼんやり眺める。
エプロン付きスケルトンは、野外テーブルとベンチの下を掃き出した。
「ああ、スケルトンたちが片付けてくれたのかな?……キレイ好きなスケルトンて。言われなくてもやってくれてほんと助かります」
「ナオヤさん? どうしたんですか?」
「あ、おはようございますアンナさん。今日も早いですね」
「聞こえたぞナオヤ! 私たちもちゃんと片付けたんだからな! たしかにゴミ捨てと掃除はスケルトンたちがやってくれたが!」
「あー、クロエはまた泊まったのか。はいはい、俺が悪かったです。酔っ払いなのに偉かったな」
「ナオヤが素直に私を褒める……だと……? そそそんなちょっと褒められたぐらいで! うれしがるような安い女ではないぞ! くっ、これが『つんでれ』か!」
「ぜったい違う。誰だクロエにそんな日本語教えたの。……アンナさん?」
昨日は遅い時間まで冒険者やドラゴンたちと飲んでいたはずなのにクロエは元気だ。
にこやかに微笑んで答えないアンナさんも、いつもと変わらない。
「とうっ!」
「アナタ、わざわざ飛び降りなくても」
「……とー」
「もう、バルベラちゃんまで。仕方ないわね、私もここから……えいっ」
バルベラとバルベラパパ、少し遅れてバルベラママが、アイヲンモールの屋上から落ちてきた。
ドラゴン形態じゃなく人間の姿のままで。
スタッと軽やかに着地する。
「おおっ、起きていたかニンゲンよ! 昨日は料理ご苦労であった! うまかったぞ!」
「……たくさんおいしかった」
「はあ、ありがとうございます。バルベラもありがとう」
「むっ、そうだ、宴のお代を払わなくてはな! ニンゲンはそうするのだろう? 我のウロコでよいか?」
「いやあれは従業員感謝デーってことにしたんでお代はいらないです。そもそも材料のほとんどはバルベラパパさんが倒したモンスターですし」
「ふむ、ウロコでは不服か? では我の爪か牙でどうだ? ニンゲンにとって価値のあるものなのだろう?」
「な、ななな、なんと! エンシェントドラゴン、『紅古龍』の爪や牙、だと!?」
「ほんともらうつもりはないんですよ。気軽に売れなさそうだし」
「ああああああ! ナナナナオヤ! ここ、断るなんて!」
「古龍の牙……どれほどの強さの龍牙兵ができるでしょうか……」
クロエとアンナさんの反応がおかしい。
昨日の宴会の前に、「振る舞い」だから食べ物は無料でいいって伝えたんだけど。
古龍の爪や牙は、二人が目の色を変えるほど貴重なものらしい。
「むう、ナオヤとやらは強情であるな! ではこれならどうだ?」
「アナタ、どうぞ」
「……これは? 果物はわかりますけど、アクセサリー? 布? まさかドラゴンを狙う冒険者を返り討ちに」
「ははっ、違うぞナオヤとやら! それはニンゲンの街で手に入れたものだ! 我らもたまに他種族と交流するのでな!」
「これはたしか、ドラゴンであることを隠して購入したものですね。『お酒を買う』などと言って人里に行った時に買ったものです」
「ああ、なるほど。宴会の時もお酒を提供してましたもんね。ドラゴンはやっぱり酒好きなのか」
「それとも我らの巣を狙った賊どもの装備品が欲しいか? であれば一度、巣に戻って——」
「いやこれで充分ですこれがいいですありがとうございます!」
なんだか血なまぐさい話が出る前にバルベラパパを止める。
最強の存在であるドラゴンに挑む人間はいるらしい。結果どうなったかはあんまり聞かない方がいい気がする。
バルベラママは、魔道具のアイテムバッグから果物を取り出して地面にドサドサと置き、いくつかのアクセサリー、巻かれた布をテーブルに乗せた。
「ナオヤさん、これはどうしますか? 南方の果物もアクセサリーも布も珍しいですから、良いお値段で売れそうですけど……」
「そうですねえ。アクセサリーと布はともかく、果物はあんまり保たなそうなんだよなあ」
それに、昨日の宴会のお代にしては多い。
どうしようかと頭を悩ませる。
「バルベラ、パパはまた遊びに来るぞ! 強く賢く可愛いバルベラと別れるのは寂しいが——」
「アナタ、バルベラちゃんは独り立ちしたのですよ。暗いうちに発ちましょう」
「……パパ。ママ」
バルベラパパとママは、住処に帰るつもりらしい。
むぎゅっと、バルベラに別れのハグをしている。パパはちょっと涙ぐんでる。
「そうだ! 遊びに来る時に、また果物やアクセサリーや布、食べ物や調味料を運んできてもらえませんか? もちろんお代は支払いますので」
「あら、ニンゲンはドラゴンたる私たちを使い魔扱いするつもりかしら?」
「ほう? いい度胸だな、ニンゲン」
「いえそういうつもりはなくてですね! これは取引、つまり仕事で! お父様がここに来る用事ができるかと思いまして!」
「おおっ、なるほど! 我がこの地を訪れるのは仕事だと! うむ、仕事ならばこまめに訪れるのも仕方あるまい! 仕事なら! ははっ、ふははははは! いいぞニンゲン、いい考えだ!」
「もう、アナタったら」
「よかった。ギロッて睨まれてほんとビビった。チビってないけど。オトナだからチビってないけど」
バルベラパパは俺の提案に乗ってくれたらしい。
毎日販売する商品にするには厳しいけど、間隔が開いても定期的に仕入れられるなら、催事として販売するには充分だろう。
「ナオヤさんの心臓は鋼ですね。やはり一度観察を……」
「い、生きた心地がしなかったぞ……これが伝説に謳われる『火王龍と水妃龍』、バルベラの両親か……」
「くはははははっ! ではさらばだ、ニンゲン、エルフの娘、アンナよ! バルベラ、しばしの別れだパパは心配だけどバルベラを信じて愛しているからな!」
「元気でね、バルベラちゃん。……あの人の様子だと、またすぐ来ることになりそうですけど」
「……待ってる」
短い挨拶をかわして、バルベラパパとママはドラゴンの姿に戻った。
すぐにまだ暗い空に飛び立つ。
一気に高度を上げたのは、俺たち以外に見つからないよう気を遣ったのだろう。
俺が店長になってから16日目のアイヲンモール異世界店。
予想外の来客は営業時間前に帰られて、今日は普通に営業できそうです。できるって信じてる。





