第十話 それとアンナさん。ついでに、近日中にドラッグストアがオープンするって宣伝してきてください
「みなさま、昨日は本当にありがとうございました。娘を助けていただいたご恩は一生忘れません。どれだけ時間がかかろうと、きっと恩返しいたします」
でっぷりした行商人のおっさんが、俺とクロエとバルベラとアンナさんと、大量のアンデッドたちに頭を下げる。
赤死病。
発症したら致死率100%で、しかも伝染病というおっそろしい病気。
800年研究してきたアンナさんがいなければ、行商人の子供は治らなかっただろう。
というか薬はいままでなかったみたいで、アンナさんもアンデッドへの治験以外では初めて使ったそうだ。
昨日の治療は、俺が思ったよりもギリギリだったらしい。
「助けられて、間に合って本当によかったです。本当に……」
アンナさんは心から笑っている。
間に合ってよかったと、かつて自分たちを滅ぼした赤死病を治療できてよかったと。
「そうでした、ご夫妻とナオヤさん、クロエさんも、念のためこれを飲んでください」
「アンナさん、これは?」
「むっ、苦いし青臭いぞアンナ! はっ! これはまさかウワサに聞くアレに似た味でさてはアンナはナオヤの指令で私に慣れさせようとっ! くっ、卑怯だぞナオヤ!」
「説明聞く前にあっさり飲むなクロエ。あとなんだそれいつもよりわかりづらいぞ寝ぼけてるのか?」
アンナさんから渡されたのは、栄養ドリンクぐらいの大きさの透明な小瓶だ。
中には澄んだ赤い液体が入っている。
早朝の陽光を反射してるんじゃなくて、ほのかに光ってるようにも見える。
「赤死病の薬です。といっても、昨日の薬を薄めたものですが……斑点が発生する前なら、それで充分効果がありますから」
「あ、そっか、伝染病で俺たちはあの子と接したから。あれ? バルベラは?」
「……強い子。かからない」
「あー、バルベラは元が元だから赤死病にかからないと。薬の材料になるぐらいだしそれも当然か」
なんでバルベラの分の薬がないのかと思ったら、そういうことらしい。
さすがドラゴン。
そういえば薬にはドラゴンの血を入れてたっけ。
無意味なリストカットじゃなくてよかったです。
「うわっ、にがっ! 草の臭いもすごい。良薬口に苦しって言うし、これで赤死病ってヤツが治るんだからガマンするけど」
味を整えたりカプセル状にしたり、錠剤や顆粒にしたり、いろいろ工夫されてる元の世界の薬学すごい。
まあギリギリで間に合ったわけだし、背に腹は代えられないだろう。
マズイ薬を飲み干した俺は、あらためてアンナさんに質問する。
「アンナさん、それで相談ってなんですか?」
「その前に……ナオヤさん、昨日はすみませんでした。勝手に薬を作って使って……栄養剤や毛布や冷却剤、いろいろ売れるものがあったのに」
「ははっ、問題ありませんよアンナさん。そんな小さな売上なんかより、お店の評判の方が大事ですから」
行商人の子供が、もしアイヲンモール異世界店の敷地内で亡くなったら。しかも、伝染病だったって知られたら。
間違いなく客足は遠のくだろう。俺だったら行かない。
というか、致死率100%の伝染病で死者が出たショッピングモールに行く人はいないだろう。
しかもここは異世界で「科学的に安全」だとしても証明しようがない。「安全より安心」以前に「安全」を説明するのが大変だ。
だからアンナさんが治療してくれたのは本当にありがたくて、一人分の看病用商品を売る機会なんてどうでもいい。まったく痛くない。
「そう言ってもらえてよかったです……さすがナオヤさんですね」
「むっ! アンナ、私が店長だったとしてもおっけーしたぞ! 病に苦しむ子供を救うより優先されることなどないッ!」
「ふふ、そうですね、クロエさん」
「ほんと、ときどきまともなこと言うよなクロエ。エロ回路さえなければポンコツ騎士とも呼ばれなかったんじゃないか?」
「し、失礼だぞナオヤ! 誇り高きヴェルトゥの里のエルフで聖騎士のこの私にっ!」
「家出娘だけどな。それでアンナさん、相談って?」
「赤死病にかかったあの子と接触した人に、薬を配りたいのです。この場にいない人で接触しているのは街の門番さん、それに昨日の朝にアイヲンにいたみなさんでしょうか」
「あー、なるほど」
赤死病は伝染病だ。
いま薬をもらった俺たちだけじゃなくて、ほかに接触した人たちも感染した可能性がある。
アンナさんは、真剣な顔で俺を見つめていた。
後ろにならんだスケルトン隊長とスケルトン部隊、エプロン付きスケルトン、それにゾンビも。
ウサギの着ぐるみに憑依したゴーストは、なんだか俺にすり寄ってる。お願いしてるつもりなんだろうか。
「ダメ、でしょうか?」
「もちろんOKですよ。それとアンナさん。ついでに、近日中にドラッグストアがオープンするって宣伝してきてください」
「え? ナオヤさん?」
「アンナさんは薬が作れる。しかも赤死病っていう不治の病の薬まで。それにアンナさんもクロエも回復魔法が使える。ドラッグストアとしては、頼れると思いませんか?」
「おおっ、つまり私の出番もあるわけだな! ナオヤは私を! 頼りにしていると!」
「そうは言っても、元の世界から持ち込まれた薬は在庫が少ないから販売できませんけど。充分ですよね?」
「……はい。はいっ!」
なんだか張り切るクロエを無視してアンナさんに告げる。
アンナさんは、満面の笑みで賛成してくれた。
ガチャガチャと手、いや手の骨を鳴らして後ろのスケルトンたちも。
あ、ゾンビは拍手しないでもらえるかな? ビチャビチャって湿った音があれだしなんか飛び散ってるんだけど。それ病原菌含まれてるよね?
「機器を使えませんしあちらの薬は補充できませんから、医療モールは諦めましょう。あとは、この世界の包帯なんかも用意した方がよさそうですね。街の外でケガをした冒険者向けに」
「ほうほう、なるほど。店長さん、少々よろしいですか?」
「あ、はい、どうしました行商人さん?」
「包帯をはじめとした日用品は、私に卸させていただけませんか? 農村への行商向けに日用品も扱っておりますから」
俺の言葉に反応したのは、いままで黙っていた行商人だ。
でっぷりしたおっさんは少しでも恩返しできるチャンスだと思ったんだろう。
「なるほど、仕入れ先はある程度絞れた方がラクですからね。ただそうすると間に業者を挟むわけで、直取引よりも高くつくような」
「ははっ、そこは勉強させていただきますとも! なにしろみなさまは恩人ですから! なあに、利益はよそで出せばいいのです! それに仕入れの量が増える分、仕入れ値は交渉できますしねえ」
太鼓腹をぽんと叩いて行商人が笑う。
ウチへは利益を上乗せしないで卸し、数量が増えた分仕入れ値をまけさせたうえで他所で売って、利益を確保するつもりらしい。
恩返しと言いつつ損をする気はないみたいだ。強かすぎて商売人としては頼もしい。
「そのあたりはあとで詳しくお話しさせてください。まずはアンナさん、お願いできますか?」
「はい! では私たちは支度してきます!」
アンナさんたちの宿願だった赤死病の克服。
街に広がるのを止めるために、アンナさんはいそいそとバックヤードへ向かっていった。
ぞろぞろと配下のアンデッドたちも続く。
「あ、ゾンビは中を通らないでもらっていいですか? 汚れはともかく汚染が」
目の前を通り過ぎるアンデッドたちを見送ろうとして注意する。
昨夜のアンナさんの言葉が本当なら、ゾンビは赤死病のキャリアらしい。
着ぐるみゴーストと手を繋いだゾンビは、立ち止まってきょとんと首を傾げる。いやかわいくないから。ぐずぐずの首が落ちかけたし。
「……血は薬。売る?」
「いいから。売らないから。だからリストカット常習者みたいな慣れた手つきをやめようなバルベラ」
手首を見せてくるバルベラを止める。
ドラゴンの血が薬になるってわかってても、すぐ治るってわかってても、見た目10歳ぐらいのバルベラのリストカットは精神衛生上よくない。
するりと頭を撫でると、バルベラはくすぐったそうに目を細めた。
「よし。じゃあアンナさんはいないけど、開店準備をはじめるか!……とりあえずクロエはゾンビがいたあたりを『浄化』してくれ」
「そうだなナオヤ、私に任せるといい! 聖騎士の! この私に!」
「……むっ。ブレス。消毒できる」
「やめてくださいバルベラさんそろそろ農家のおばちゃんたちが来るんで見られます」
俺が異世界に来てから13日目、店長になってから12日目のアイヲンモール異世界店。
今日は営業をしつつ、ドラッグストアオープンに向けて準備することになりそうです。
そういえば、アンナさんを一人で街に向かわせて大丈夫なんだろうか。
あ、商人ギルド長にケチつけられないように、薬の販売許可ももらいに行った方がいいかも。





