第十七話 中央にある白いのは骨か?ってことはコレは何かの尻尾? ずいぶんデカい生き物だな。まるでドラゴンになった時のバルベラぐらい…………え?
「俺が店長になってから、今日で10日目か」
早朝のアイヲンモール異世界店。
建物の外に出た俺は、ぐっと体を伸ばす。
「異世界に来てからは11日目。こうやってアイヲンモールで生活してると、異世界感はあんまりないけどなあ」
背後には見慣れたアイヲンモール。
目の前の駐車場はむきだしの土でまわりは森だけど、まあ立地によってはそんなアイヲンモールもあるかもしれない。
ほら、最近は積極的に海外に進出してるし。
まさか異世界進出してるとは思わなかったけど。
「あ、朝早くからお疲れさまでーす」
早朝の巡回から戻ってきたスケルトン隊長とスケルトン部隊に声をかける。
隊長の肩の上にはふよふよと黒いモヤが浮いていて、今日はゴーストも一緒に外を巡回したようだ。
スケルトン部隊は、二体がかりで一角ウサギを抱えてる。
どうやら早朝の巡回で仕留めてきたらしい。
モンスターが存在する世界で、こうして安全を確保してくれるのはほんとありがたい——
「じゃなくて! 異世界に馴染みすぎだろ俺! モンスター出てるし、『お疲れさまでーす』って相手は骨と霊だし! そもそも疲れるのか?ってそういう問題でもなくて!」
「ナオヤさん? 朝からどうかしましたか? 私の配下たちが何か?」
「……ウサギ。おいしそう」
「あいかわらずナオヤは元気だな! はっ! ま、まま、まさか朝から元気を抑えきれずに! 『クロエがなだめてくれ』などと寝ぼけたフリして私を押し倒して朝から! くっ、殺せ!」
「俺は元気なのか寝ぼけてるのか設定はっきりしろエルフ。とりあえずクロエは朝から元気だな」
リッチでアンデッドのアンナさん、ドラゴンで人化モードのバルベラ、エルフで聖騎士のクロエ。
俺に声をかけてきたのは、従業員の三人だ。
スケルトンとゴーストたちも働いてくれてるから、骨と霊も従業員と言えば従業員かもしれない。
……うん、異世界感しかありませんでした。
「よし、じゃあ開店準備をはじめるか。今日は朝から看板があるから、昨日よりもお客さまが増えるだろう。そのつもりでいるように」
「き、昨日よりも……? では今日もお客さまが100人以上も来てしまうのかっ! 連日のお祭りではないかナオヤ!」
「ふふ、楽しみですねクロエさん。……そうだ、ナオヤさん」
「どうしましたアンナさん?ってバルベラ? その、引きずってるのは何かな?」
「……ん」
「えーっと、俺にくれるってこと? コレを?」
並んでた三人の後ろ。
バルベラがずるずると引きずってたモノを、ぐいっと前に持ってくる。
前に持ってくるけど、大半は後ろに転がったままだ。
何しろデカいので。
「丸太? じゃないな。……コレひょっとして、肉か?」
「……目玉」
「ああ、目玉商品! そうか、俺が昨日『目玉が欲しい』って言ったからバルベラが狩ってきてくれたのか! それで、コレはなんの肉だ? 丸太みたいなデカさなんだけど……」
小さな手でバルベラが掴んでるのは肉の端、皮の部分だ。
俺に向けられたのは断面らしくて、みっちり詰まった赤身が見える。
大きさも、断面が見えてるのも、ぶつ切りした丸太並みだ。
「中央にある白いのは骨か?ってことはコレは何かの尻尾? ずいぶんデカい生き物だな。まるでドラゴンになった時のバルベラぐらい…………え?」
太い丸太のような大きさの、尻尾。
ほんのり赤い皮には、ウロコを剥がされたあとのような模様が見える。
チラッとバルベラを見る。
片手で皮を掴んで、ぐいっと俺に肉を近づけてくるバルベラ。
もう一方の手はお尻をさすっている。
「あの、バルベラ? この肉ってまさか」
「……料理。食べたい」
アンナさんを見る。いつものように微笑んでる。
「ナオヤさん、美味しいと有名で、貴重な肉ですよ?」
「そうですね俺の想像通りなら貴重な肉でしょうねアンナさん。へえ、おいしいんだ。この世界のこの肉はおいしいタイプなんだ」
クロエを見る。キラキラした目で俺を見つめてくる。
「きっと焼くだけではないのだろう!? どんな肉料理にするんだナオヤ! 味見は私に任せてくれ! エルフの! この私に!」
「だから肉料理に興奮するなエルフ。扱ったことない食材だからどうするか考えてから、ってそれでいいのか俺」
バルベラを見る。なんだかちょっと涙目な気がするけど、口からはヨダレが垂れてる。
「……楽しみ」
「え、ええー? いいのか? ほんとにそれでいいのかバルベラ? カニバリズムどころじゃない狂気を感じるんだけど。猟奇的な幼女?」
どん引きする俺、ノリノリな三人。
異世界の価値観が理解できなすぎてほんと異文化コミュニケーション研修がまったく役に立ってないんですけど。
だってこの、丸太みたいに太くてデカい尻尾は——
「コレ、ドラゴンの尻尾だろ? というかドラゴン形態のバルベラの尻尾だろ?」
「……正解」
「いや『正解』じゃないだろバルベラ! 尻尾を斬り落として大丈夫なのか!? 治るのか!?」
「ナオヤさん、心配はいりません。ドラゴンは幻想種です。その体は実体があって実体がなく、肉であって肉ではないのです」
「肉であって肉ではない。哲学かな? アンナさん、それで治るんですか? 大丈夫なんだなバルベラ?」
「ええ、魔力が満ちればドラゴンの体は再生します。ね、バルベラちゃん?」
「……すぐ生える」
「トカゲの尻尾かよ!ってドラゴンってそういえばトカゲっぽかったなじゃあおかしくないのかいや待て待て待て」
「ではナオヤさん、私たちは開店準備を進めてますね」
「そうだなアンナ、ナオヤには肉料理の試作に集中してもらわないとな! よし、行くぞバルベラ!」
「……がんばる」
混乱する俺を置いて、三人の従業員は開店準備に向かっていった。
指示しなくても自分から行動してくれて偉い。じゃなくて。
「マジか。コレどうしよう。あー、うん、本人がいいならいいけども。いいのか?」
手伝ってくれるつもりなのか、アイヲンモールからエプロン付きスケルトンたちが出てきた。
そうだね俺一人じゃ運べないし肉切り包丁でもバラせる気がしないもんね。
「ナオヤにも見せるべきだったな! この精霊剣エペデュポワの斬れ味と、一撃で断ち切った聖騎士の! この私の剣の腕を!」
「……ちょっと痛い」
「大丈夫ですかバルベラちゃん? いま『治癒』の魔法をかけますね」
開店準備に向かう三人は和やかに会話してる。
アンナさんの手がぼんやり光って、バルベラのお尻に添えられた。
「はい? いや『治癒』ってアンナさんリッチなんじゃ。アンデッドなのに回復魔法の使い手って。自分にダメージ入るわけでもないみたいだし」
離れていく三人をぼーっと見送る。
俺のツッコミは届かない。
エプロン付きスケルトンたちは、四体がかりで尻尾を担いで運び出す。
「よし。考えるな、感じるんだ俺。とりあえず料理でもして落ち着こう。使うのはドラゴンの肉で従業員の持ち込み、持ち込みっていうか従業員の体の一部だった肉だけどね! 異世界怖い!」
早朝のアイヲンモール異世界店前に俺の嘆きが響く。
俺が店長になってから10日目のアイヲンモール異世界店。
今日も、異世界感だらけの一日がはじまるようです。