第十四話 遠くの人を呼び込むより、道を素通りする人を狙う方が簡単だろうと思ったんです。この時間の通行人は男ばかりですしね
「はーい! じゃあ撮りまーす! 三人とも、このカメラを見るように!」
「ナオヤ? 何するつもりだ? このカツレツは、食べていいのか?」
「クロエさん、待ってください。私に渡されたハンバーグは、陶器が温かくありません」
「……ビーフシチュー、飲んでいい?」
「待って! 終わったら食べていいけどちょっと待って!」
俺が渡した陶器の容器の中、お惣菜を覗き込む三人を止める。
せっかくここまで準備したのに、いま食べられたら台無しだ。
「まあちょうどいい、集合写真が終わったら食べるシーンも撮っておくか」
水着姿から、お惣菜に興味が移った隙に撮影する。
撮影しまくる。
集合の撮影が終わったら、次は個別撮影だ。
「よし。んじゃクロエ、次はコレを持って」
「ナオヤ、なんだコレは?」
「さっき言ったろ、『プロダクト、商品については俺に考えがある』って。コレはその一つ、というか派生系の新商品だな」
「ハンバーグをパンで挟んだだけだぞ? 私だってハンバーグをパンの上に乗せたり、ビーフシチューをパンにつけて食べたんだが……新商品?」
「よく見ろクロエ。パンで挟んだだけじゃなくて、おばちゃんたちが持ってくる葉物野菜が入ってるだろ? それにピクルスと、デミグラスソースを調整した特製ソースが、まあいいや、ちょっと食べてみろ」
「そうだな、新しい肉料理を前に私は何をためらっていたのか! ではさっそく!」
俺が渡した新商品を両手で持って、クロエがかぶりつく。
大きめのハンバーガーに。
この世界のパンと野菜、おばちゃんたちの野菜から俺が試作した自家製ピクルス、特製ソース、それにお惣菜として販売をはじめたハンバーグ。
だいぶ怪しい材料はあるけど、まあハンバーガーと言ってもいいだろう。
この世界にハンブルグはないけど。翻訳指輪どうなってんだろ。
「な、なな、なんだコレは! なんだコレは! ただ挟んだだけなのに! おいしい、おいしいぞナオヤ!」
「期待通りのリアクションありがとうクロエ。おかげでいい感じの写真が撮れそうだ」
顔立ちは美人で上品なのに、クロエは大口を開けてハンバーガーにかぶりつく。
夢中になってる感じが出てるし、水着なこともカメラのことも忘れてる。
近寄って撮影する。
撮影しまくる。
「ナ、ナオヤさん? ちょっと近づきすぎじゃないですか? あっ、クロエさん! ソースが垂れて胸元に——」
「ほんとクロエはモデルとしては優秀だな! 写真じゃリアクションは写らないし」
「ん? どうしたアンナ? ああ、こぼしていたのを拭いてくれたのか。ありが……ナオヤ? なんでこんな近くに」
ハンバーガーを食べ終わって、ようやくクロエは周囲が見えるようになったらしい。
「こここんな薄着の私に近づいてきて何をするつもりだッ! 下着と変わらないような水着を着せて! やはり私を襲うつもりなんだろう! くっ、殺せ!」
「いまさらかよ。そもそもクロエの方が強いんだから『殺せ』って諦める必要ないだろ。殺されるの俺の方だろ」
「なっ! ではやはりナオヤは私を襲う気でッ!」
「はいはい言葉のアヤね。えーっと、次の撮影はアンナさんで。アンナさんはコレをお願いします」
「ナオヤさん、コレは?」
「聞いているのかナオヤ! もしナオヤの方が強ければ私を襲うつもりだったんだろう! このケダモノめッ!」
「こっちはカツの派生系の新商品ですね。カツサンドって言うんです。そのまんまですけど」
「なるほど、カツレツをパンで挟んで……汚れさえ気にしなければ、コレもハンバーガーも片手で食べられる……すごいですナオヤさん!」
「ナ、ナオヤ? なあ、聞いているのか? アンナまで私を無視するなんてちょっとヒドくないか?」
「すごいのは俺じゃないんですけどね。じゃあ、食べてるところを撮りますから」
早朝、開店前のアイヲンモール異世界店で撮影を続ける。
着替えもあるし、三人を撮るのはこれで終わりにした方がいいだろう。
あとは午前中のピークを乗り切ってから、各商品を撮影するつもりだ。
撮影が終わったら、撮った写真を活用する準備にかかる。
午後遅くのピークの前には、プロモーションにも手を打てるだろう。
「聞いてくれバルベラ、ナオヤとアンナがヒドいんだ」
「……大丈夫? ビーフシチュー飲む?」
バルベラ、皿の中身が空になってるぞ。いつ食べた。
あとビーフシチューは飲み物じゃないから。気に入ってくれてるのはうれしいけど。
「おっ、看板のねーちゃん。なんでえ、服着てんじゃねえか」
「んなわきゃねえと思ったんだよなー。まあいい、あのかぶりついてたヤツを一つくれ!」
「了解した! 持ち帰りか? それともここで食べていくか?」
「これなら御者をしながら食べられますねえ。手が汚れるのが難点ですか」
「お買い上げありがとうございます。ハンバーガー3個、カツサンド3個、お待たせしました」
「はっ、シロートめ。おうバルベラちゃん、新商品を一個ずつ、それからビーフシチューを頼む!」
「……おじさんわかってる」
15時すぎ。
アイヲンモール異世界店、店舗前の特設ブースは人で賑わっていた。
俺の狙い通り、街に向かう通行人を呼び込めたみたいだ。
「ところで、まるで現実のように精緻なあの絵はどなたが描いたのですか? 食欲をそそられました」
「行商人のおっさんよ、そんなこと言って薄着のねーちゃんに惹かれたんだろ? 俺らみたいによ!」
「あの看板はナオヤの手作りだ! でも描いたんじゃないらしいぞ?」
アイヲンモール異世界店は、街と街を結ぶ道に面している。
これまで来店されてたお客さまはその道を使う人たちだった。
もちろん、道を使うのにアイヲンモール異世界店に立ち寄らない人もいる。
なにしろ街まであとわずかの立地だし。
俺が打ったプロモーションの策は、道に向けた看板だ。
それも、水着でお惣菜やハンバーガーを見せる三人の。
「いつもよりお客さまがたくさんいらっしゃってます。ナオヤさんの狙い通りですね」
「ええアンナさん、うまくいきました。遠くの人を呼び込むより、道を素通りする人を狙う方が簡単だろうと思ったんです。この時間の通行人は男ばかりですしね」
「なるほど、そういうことですか。でもその、あの水着は、すごく恥ずかしかったですけど……」
「おい、どういうことだこりゃ!」
アンナさんと話していると、大きな声が聞こえてきた。
「お客さま、どうされましたか?」
「下着の女がいるのかと思ったらいねえじゃねえか! あの服の女たちを出せや!」
俺が店長になってから九日目のアイヲンモール異世界店。
打ち手がすんなり成功! とはいかないらしい。