第十五話 心配いりませんよナオヤさん。少しお話したら、水着の看板はいめえじだってわかってくださいましたから
「おい、どういうことだこりゃ!」
アンナさんと話していると、大きな声が聞こえてきた。
「お客さま、どうされましたか?」
「下着の女がいるのかと思ったらいねえじゃねえか! あの服の女たちを出せや!」
「お客さま、あちらはイメージでして。商品はハンバーガーやお惣菜の方でございます」
「はあ? いめえじってどういうことだ!? おう、そこの女でいいから着替えてこい!」
がなり立てているのは、看板を見てやってきた冒険者らしい。
ちなみに看板は、俺のパソコンと家電売り場にあったプリンターで写真を印刷して、木の板に貼ったものだ。
A4サイズのプリントじゃ小さいから分割してプリントして、雨と汚れ対策に一枚一枚ラミネート加工して貼り合わせた。意外に手間がかかってる。
でもおかげでA2サイズにできたし、男たちの目を引く水着も、手にしたお惣菜とハンバーガーとカツサンドもインパクトがデカくなった。
この冒険者は、水着に惹かれたんだろう。
「マジか。服が違っても俺たちァ言い出せなかったのに」
「くくっ、お前は看板を見て『この娘かわいい! お前ら行くぞ!』って言ってたのに、『商品は食べ物の方です』とか言われてスゴスゴ引き下がってたもんなあ」
「恥も恐れも知らない、ある意味じゃアイツは勇者だな」
「イヤな勇者ですねえ。大人しく、見たこともない美味しい食べ物を堪能して欲しいものです」
イートインスペースの冒険者や行商人の声が耳に入る。
でも、文句を言ってきた男は引く気がないらしい。
「テメェ、聞いてんのか! さっさと女どもを脱がせて下着にさせろ! なんだったら俺が脱がして、いやいい、邪魔な服は切り刻んでやる!」
男が腰の剣を抜く。
イートインスペースのお客さまの雰囲気が変わる。
「申し訳ありませんお客さま。わかりにくかったのはこちらの落ち度でございます。どうか穏便に」
「はあ? そんなんで許せると思ってんのか!」
頭を下げた俺の肩に、ピタッと冷たい感触が当たる。
横目でチラ見したら剣が当てられてた。マジか。異世界怖い。
クレーマーがあっさり刃物抜いてくるとかヤバすぎるんですけど。
冷や汗が垂れる。
「看板通りエロい服着てないのか」って文句は恥ずかしくて出ないと思ってた。
少なくとも日本なら「はいはいイメージ広告ね」って最初から納得されただろう。ちょっと昔のビールの広告だって水着姿だし。
でも、この世界では違うみたいだ。
失敗したかもしれない。
俺はあれだけ「日本とは文化が違う」って感じてたのに。
「ナオヤさん、私に任せてください」
「アンナさん?」
「お客さま、特別に私が対応いたします。でも他の方にはナイショですよ? お店の中へ行きましょう」
「アンナ、何をする気だ? ま、まま、まさかこの男の要求通りに柔肌をさらす気か! し、しかも誰も見ていない場所で男の獣欲はおさえきれなくなってアンナが! くっ、殺す!」
「そこは『殺す』なのか。いまいち判断基準がわからないぞクロエ。じゃなくて! 落ち着けクロエ、その物騒な剣をしまえ! 物騒? 木剣なのに? ええい、いまそんな場合じゃない!」
「ふふ、大丈夫ですよクロエさん、ナオヤさん。私はちょっと外してきますね。しばらくこの場をお願いします」
頭を上げた俺と目が合ったアンナさんは、笑った。
いつもと変わらないように見える笑顔なのに、なぜか俺の体が震え出した。
騒いでたクロエも静かになって震えてる。
というか、イートインスペースにいたお客さまたちも震えてる。
バルベラだけは首を傾げて、いつもと変わらない。
なんだコレ。悪寒? 恐怖?
「おう、わかってんじゃねえか。俺が天国を見せてやるよ!」
アンナさんはご機嫌な男を連れて、特設ブースを離れて店舗の中に入っていった。
「いやいやなに見送ってんだ俺、追いかけなきゃ! クロエ、一緒に来てもらっていいか? すまんが俺は戦えなくて!」
「あー、ナオヤ、心配はいらないぞ」
「は? でもアンナさんは刃物を持ったクレーマーと二人っきりで!」
「ナオヤ、忘れたのか? アンナが何者か」
「え?……そうか、アンナさんは」
リッチだ。
クロエに言われて気がついた。
アンナさんは『死者の王』とも呼ばれるリッチで、墳墓系ダンジョンの主で冒険者たちを返り討ちにしてた疑惑があって、店内にはアンナさん配下のスケルトンもゴーストもいて……え? 「天国を見せてやる」? 誰が誰に?
店舗入り口にさっと目を向ける。
すぐにアンナさんが出てきた。
一人で。
「ア、アンナさん? 戻ってくるの早すぎません? それにさっきの男は? ま、まさか」
「ふふ、心配いりませんよナオヤさん。少しお話したら、水着の看板はいめえじだってわかってくださいましたから。そうですよね?」
アンナさんからちょっと遅れて、さっきの男が出てきた。
アンナさんはもちろん、男も無事だ。
ホッとする。
それにしても……。
俺が言ってもダメだったのに、アンナさんは納得させられたらしい。
店長は俺なのに恥ずかし……あれ?
「そうです。俺、間違って、ました。ハンバーガー、一つ、ください」
「おおっ、さすがアンナだな! おっと、了解した! バルベラ、ハンバーガーを一つ!」
「……わかった」
「なあクロエ、そんな普通の対応でいいのか? あのお客さまめっちゃフラフラして目がうつろなんだけどアンナさん何したんですか大丈夫なんですよね?」
「ふふ、ナオヤさんは心配性ですね。大丈夫ですよ、ほら、五体満足ですから。きっと天国を見たのでしょう」
「俺、大丈夫。ハンバーガー、おいしい」
ふらふらと体を揺らして突っ立ってる男が言う。
ぼんやりと、どこを見てるかわからない。
でもアンナさんの言う通り、ケガしているところはない。見た目は。
イートインスペースにいたほかのお客さまは、問題がおさまったみたいだな、とばかりに食事と会話を再開する。
クロエもアンナさんもバルベラも接客を再開する。
俺は一人、ポツンと取り残された。
いや、一人じゃない。
「アイヲンおいしい、アイヲンすごい、アイヲンばんざい」
ポツンと取り残されたのは俺と、ハンバーガーをかじりながらブツブツ呟く男の二人だ。
…………。
……いやアンナさん何したんすか!
威勢よかったお客さまが壊れてらっしゃるみたいなんですけど!
新人研修が終わったばっかりの新入社員みたいになってるんですけど!
「俺、何も、されてない。アイヲンさいこう」
異世界ヤバすぎィ!
あ、アイヲンモールは最高です!
そんな新人研修はないからね? アイヲンジョークだよ?
「大丈夫です、ナオヤさん。二、三日もすれば元に戻りますから。ええ、大丈夫ですよ、きっと」
※この物語はコメディです
※また、この物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません。そんな新人研修はありません!





