第五話 それじゃアイヲンモール関係ないし! アイヲンモールの従業員の業務の中に『冒険者業務』は入ってないし!
「炒り豆、野菜スープ、堅いパン。ほとんど味がしない」
「軽食だからな! だがナオヤ、これに肉がつけば庶民には豪華な食事だぞ?」
「さっきから肉にこだわりすぎだろこのエルフ」
市場のあとにいくつか店舗をまわって、俺とクロエは食事処に入った。
休憩と、この街の一般的な食事を知るために。
メニューは少なくて、俺は基本らしい定食を頼んだ。
「市場で売っていたモノを考えると一般的な料理はこんな感じか。ハーブはともかく、香辛料はいいお値段したし」
出てきたのは木皿に乗った炒り豆、深めの木皿で提供された野菜スープ、それに堅めの黒パンだ。
マズくはないけど味が薄くておいしくもない。
たしかにこれなら、俺が適当に作ったポトフをクロエたちが絶賛したのも理解できる。
「くっ、リアルタイムで仕入れできれば! 香辛料とコンソメの素とインスタント食品あたりで無双できたのに!」
「なあナオヤ、肉を頼んでいいか? ナオヤは街で食べたことがないんだし味見するべきだと思うんだ。おーい、おばちゃん! 追加で肉を一つ!」
「おいクロエ……まあいいか、味見したいのは確かだし」
武器や金物を売ってる鍛冶工房、家具と木製小物の木工工房、中古じゃない服を販売する服飾店。
市場のあとに見てまわった店舗はほとんどが受注生産だった。
販売されてた既製品は鍋や農具、木皿や木のコップ、シンプルな服、それぞれ売れ筋っぽい数種類だけだ。
ちなみに鍛冶工房ではスコップも売っていた。
アイヲンモール異世界店で売り出したスコップより重い。
これだけ重いなら、ちょっと割高でも日本のスコップが売れるのも頷ける。
まあ重さが必要な場合もあるから、軽けりゃいいってもんでもないだろうけど。
「はい、こちら注文のお肉です」
「おおっ! けっこう大きめでよさそうじゃないか!」
「なあクロエ、これなんの肉? 注文の時も持ってきた時も『肉』としか言ってないんだけどこれなんの肉? 大きさしか興味ないみたいだけどさ」
「うむ、歯ごたえがあってなかなかだ! ほらナオヤも食べてみるといい!」
「異世界で『肉』と言って出された料理をためらいなくかぶりつける日本人がいるだろうか。……けっこういそうだな」
異文化コミュニケーション研修に参加してたヤツらは嬉々として食いそうだ。
とりあえず俺は肉を切り分けた。
木のフォークで押さえて、肉と一緒に店員が持ってきたナイフというか小刀というか、ともかく刃物を使う。
「おいクロエ、この肉くっそ固いんだけど。切り分けるのが大変なレベルでクロエはよく噛み切れたな」
「私はエルフだからな!」
「なにそれエルフこわい」
ようやく切った肉を、ひとかけら口に入れてみる。
噛み切れない。
もっちゃもっちゃ噛んでみたけど噛み切れない。
味? 薪を燃やした煙の香りと、ちょっと焦げた味がする。直火焼きなんだろう。
あと独特の臭みがある。
「あー、これ山羊か? 異文化コミュニケーション研修中の夕食に出されたなあ」
「おお、ナオヤは美食家だな! 一口食べただけで肉の種類がわかるなんて!」
「肉にこだわるクセにそこはわからないのかよ! いずれ扱うかもしれないんだしわかってほしかった!」
もっちゃもっちゃ噛んでたけど、諦めてエールで流し込む。酸っぱい。
勤務時間中の飲酒だけど水の方が高かったからしょうがない。
なんでも水は井戸水で、煮沸しないと危ないから、手間賃や燃料代やらで高くなるんだと。『浄化』の魔法を使える人は少ないらしい。
別に酒が大好きなわけじゃないけどこれぐらいいいだろう。というかアイヲンにバレたところで俺を咎める資格はないと思う。怒られたら帰る。むしろ帰して。
「それでクロエ、さっきの話なんだけど」
「ああ、ギルドのことか! ナオヤ、冒険者ギルドにでも入りたいのか?」
「いや俺は戦えないから冒険者ギルドに入る気はないぞ。待って、クロエ。俺いまふと思ったんだけど」
「どうした?」
「エルフで聖騎士のクロエと、ドラゴンのバルベラと、リッチのアンナさん。ひょっとして三人ってけっこう強い?」
まだ午後2時すぎだから周囲に人はいないけど、声を落としてクロエに聞いてみる。
人化できるドラゴンはわからないけど、リッチのことは他人に聞かれない方がいいだろう。アンデッドだし。『死者の王』だし。
クロエはうれしそうに、ニンマリ笑った。
「ようやく気づいたかナオヤ! ああ、私たちは強いぞ! 壁がない場所にあるアイヲンモール異世界店を、三人で守りきれるほどな! おっと、隊長とスケルトンたちもいたか!」
「まさかとは思いますが、ひょっとして三人で冒険者ギルドの依頼を受けてモンスター討伐しまくって素材を売れば月間一億円って余裕なんじゃないでしょうか。いや待て、バルベラのウロコもあったな」
「ナオヤ……?」
「例えば、例えばの話だから! ほらそれじゃアイヲンモール関係ないし! アイヲンモールの従業員の業務の中に『冒険者業務』は入ってないし!」
悲しげなクロエを見て慌てて言い訳する俺、アイヲンモール異世界店の店長で責任者の谷口直也。
そうだ、そんな方法でお金を稼いでもアイヲンモール関係ないし。
でもまあ最終手段として生え変わったバルベラのウロコを商品として販売したり、護衛として人材派遣業を立ち上げたり、もしくはアイヲンモールが大量のモンスターに襲われて迎撃して仕方なく素材を売り払ったり……。
そんな方法でお金を稼いでもアイヲンオールは関係ないし売上に計上するにはいろいろ考えなくちゃいけないけど、いざとなればなんとかなりそうな気がする。
五ヶ月後に月間売上一億円いきそうになかったら、三人に土下座でもしてなんとか……それにウロコの販売はギリギリセーフな気が……。
「ギルドの話だったなナオヤ! 冒険者ギルドのほかに力があるのは商人ギルドだ。あの青空市場も、屋台や食事処も商人ギルドの管轄なんだぞ!」
よからぬことを企む俺を正気に戻すように話しかけてくるクロエ。
さっき俺が聞いた、各種ギルドについて教えてくれるらしい。
最終手段は忘れてとりあえず聞くことにする。
「今日行ったお店の中では鍛冶工房が鍛冶ギルド、木工工房は木工ギルド、服飾店は服飾ギルドだな! あとは石工ギルドも大きいぞ!」
「あるんだ石工ギルド。某秘密結社もできてたりして」
クロエは山羊の肉をブチッと噛みちぎり、俺と違ってもちゃもちゃすることなく食べる。ワイルドすぎる。エルフってなんだろ。
「だが、やはり一番力を持っているギルドは商人ギルドだな! 商人ギルドに対抗するために各種のギルドができたと言ってもいいだろう!」
「飲食、市場を押さえている商人ギルド。職人にも影響力があって流通も商人ギルドの管轄、かあ」
「そうだ! それにアイツら『これは正当な取引です』などと涼しい顔してゲスなことをやるんだ! 『ここで商売するには場所代を払っていただきませんと』などと言って貧しい人たちからお金を取り!」
「ゲスっていうかそれは正当な言い分な気がする。ルール次第だけど」
「な、なんだと……? ナ、ナオヤもまさかゲスなヤツらと同じ……なのか……?」
「例えば、アイヲンモール異世界店の敷地の中で商売するならテナント料を取るぞ。当たり前だろ」
「くっ! で、では敷地の中で商売する女性がいたら! 『ああ、お金はいりませんよ。体で払ってもらいますから』などと言って! あのゲスな商人ギルドの男のように私の体を求めて! 家出して人里の規則も知らなかった私を襲おうとしたアイツのように! くっ、殺せ!」
「たしかにゲスいけどそれクロエも悪いだろ。って実体験かよ! ま、まさかクロエさん?」
「まあ護衛ごと殴り倒して私は純潔を守り、アイツを官憲に突き出してやったのだ! そこで強さを見込まれて私は騎士への道を歩き出すことに!」
「その後はともかく違法だったのはクロエっぽい。力で法をねじ曲げるとか異世界こわい」
まあクロエのことだ、無許可営業で商人ギルドに目をつけられる前に、誰かに騙されたのかもしれないけど。
「それならご自分で直接売られてはいかがですか?」とか言われて素直に従っちゃってそんで「ここで商売するなら場所代を」みたいなマッチポンプで。ありそう。超ありそう。秒で騙されそう。
「それ以来、私の顔を見るたびに! 『おや規則を守らない失格エルフさん。今日はどんな無法をされるのですか?』などと!」
「ねえアイヲンモール異世界店が商人ギルドに睨まれてるのそのせいじゃないよね? 大型小売店って業態が商人ギルドの既得権益を侵そうとしてるからだよね?」
ふんふんと鼻息も荒くガジガジ肉に喰いつくクロエ。
でも商人ギルドがアイヲンモール異世界店のオープンに反対したのは、クロエは関係ないはずだ。
初期に派遣されてたのは違う人らしいし。
だいたい地元の商店や商店街や商工会の反対なんて日本でもよくあることだし。
「前途多難すぎる……法律や規則はあるらしいけど、日本より緩そうだし……」
俺は、味がしない豆を噛みしめた。
そんでたっぷり野菜が入ってるのになぜか味が薄いスープで流し込んだ。
街で大きな力を持つ商人ギルドが商売敵っぽいって、あんまり考えたくない悩みごとも一緒に。