第六話 おやあ? これはこれは、規則を守らない失格エルフさん、おっと、エルフの騎士様じゃありませんか。今日はどんな無法をされるのですか?
食事処を出て、俺とクロエは石畳が敷かれた大通りを歩いていた。
午後も3時をすぎたから、今日の視察はここまでにしてアイヲンモール異世界店に帰るつもりだ。
初めての異世界の街では、いくつもの衝撃を受けた。
異世界で暮らすお客さまや従業員と話したことはあるし観察もしたけど、しょせんアイヲンモールの中のことだった。
俺にとって彼らはよくわからない異世界人だ。けど、この世界の人から見たら俺が異世界人で、アイヲンモールが「異なるもの」だった。
生活が違う。当たり前が、常識が、文化が違う。
とうぜんこの世界の人が欲しいものも違うし、購入するものも違う。
あのままアイヲンモール異世界店で暮らして街に来なければ、こんな簡単なことに気づくのにもっと時間がかかったかもしれない。
「ナオヤ、では私が送ってやろう! ナオヤは戦えないそうだからな! この聖騎士クロエが!」
「ありがたい。ありがたいからそのドヤ顔やめてほしい」
元店長でエルフのクロエが聖騎士で、『浄化』の魔法を使って虫対策を行っていて、腰のポーチが保管の魔道具なことにも気づかなかったかもしれない。
……なんか、バルベラとアンナさんにもまだ俺が知らないことがありそう。
「はっ! まままさかナオヤは送り狼というヤツか! 私に送らせる途中でナオヤが狼のごとくケダモノとなって道の端に引きずり込み! くっ、なんと卑劣な!」
「送り狼って、送る側が襲う方だろ。あと俺がそれやってもクロエに勝てないから」
「勝てないから……だと……? で、では勝てるなら襲う気だったのか! やはり人族はケダモノだなッ!」
「いや言葉のアヤだから。なんで今回はちゃんと俺の言葉を聞いてた」
コツコツと大通りの石畳を踏みしめて、他愛もない会話をかわして帰り道を歩く。
もちろん俺は街を行く人たちを観察しながらだ。
昼すぎは人通りが少なかったけど、この時間になると通行人が多くなってきた。
この世界の仕事は朝早く始まるから、この時間に終わる人もいるんだろう。
農家のおばちゃんも午後3時から4時ぐらいにアイヲンモール異世界店に顔を出すことがあるし。
それと、何台か商人の馬車とすれ違ってる。
荷物も少ないし御者を兼務する商人もどこか疲れた様子だから、街にたどり着いた馬車だろう。
商人と護衛の冒険者が、最後の休憩やトイレついでにこの時間のアイヲンモール異世界店で買い物する姿を何度も見かけている。数は少ないし、ピークはもっと後だけど。
「そうだ! ナオヤ、食べ物はまだ腹に入るか?」
「え、いま軽食を食べたばっかりだけど。まあ、軽いものなら」
「この時間に街にいるのは私もひさしぶりだからな! 変わってなければ、この辺にあの売り子が……ああ、いたいた!」
「騎士さま! おひさしぶりです!」
クロエに声をかけてきたのは10代前半の女の子だった。本当に10代前半かどうかはわからない。
なにしろエルフなのに見た目通り18歳のクロエや、見た目10歳ぐらいなのに140歳のバルベラや、21歳だけど年齢不詳なアンナさんみたいなケースもあるから。……全員従業員なんですけど。
「まだ販売していたようだな! 値段は変わりないのか? 私とナオヤの分、二つ頼む!」
女の子は持っていた木のトレイから布をどける。
木のトレイに乗っていたのは、端が折られて四角くなったクレープだった。
いや、俺はもっと似てる食べ物を知ってる。
「これ、ガレットか? そば粉のクレープで、それもカリカリタイプのヤツ」
「おお、よく知っているなナオヤ! ニホンにも同じ食べ物があるのか?」
「あー、日本にもあるけど、クレープじゃなくてこういうタイプのガレットなら海外の方が有名かな」
女の子はガレットを路上で立ち売りしてるらしい。
木のトレイにはカリカリタイプのガレットが重ねられて、横に小さな陶器のツボが乗っている。
「お二つですね! ありがとうございます!」
クロエの注文を受けて、女の子は首にかけたヒモとお腹で木のトレイを支えて両手をフリーにする。ビールや駅弁の売り子みたいに。
女の子は空いた手で陶器のツボを開けた。
ふわっといい香りがする。
女の子はニコニコと楽しそうに、ツボに木さじを突っ込んで中身をすくい出し、ガレットにぶちまけた。青紫色のドロッとした液体を。
「くふ、くふふ。ひさしぶりだからな、たっぷり頼むぞ!」
「クロエが肉以外に反応するなんて」
クロエはニマニマ笑いながらお金を渡して、青紫色の液体がドロッとかけられたガレットを受け取る。
と、すぐにかぶりついた。
サクッと音がする。
満面の笑みで「んんー!」とかうなって満足そうだ。
俺は唾を飲み込んだ。
「はい、お兄さんもどうぞ! あ、お代は騎士さまからいただきました!」
「え? 本当か? クロエが渡した分じゃ足りない気がするけど」
「ちゃんと二つ分の料金をいただきましたよ!」
ガレットはずいぶんお安いらしい。
シンプルな料理だし安いのも当然か、と思いつつ俺はガレットをほおばった。
「……おいしい。これ、果物のジャムか? この近辺じゃあんまり果物は採れないし時期もあるって、ああ、だからジャムなのか」
「はい! ジャムにすれば日持ちしますから!」
「カリカリに焼いた生地にひとすくいのジャム。素朴で自然な甘さ、酸味が強めでいい感じだ。砂糖を使わないならもっと甘くないはずなのに……。おいしい。街で食べたどの料理よりおいしい」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「おお、ナオヤも気に入ってくれたか! あいかわらずおいしかったしもう一つ——」
「おやあ? これはこれは、規則を守らない失格エルフさん、おっと、エルフの騎士様じゃありませんか。今日はどんな無法をされるのですか?」
さっき軽食を食べたばかりなのに二つ目のガレットを注文しようとしたクロエの手が止まった。
ガレット売りの少女もビクッ! と動きを止める。
俺たちに声をかけてきたのは、でっぷりと太った男だった。
いままで見てきた人たちとは違うってひと目でわかる、ひらひらした上等そうな服。
指にも手首にも首にもじゃらじゃらアクセサリーをつけてる。
乗ってきたらしい馬車は豪華で、ピシッとした御者付き。
後ろに控える護衛の金属鎧はピカピカだ。
「なんて言い草だッ! これだから商人ギルドのゲスは!」
「おいクロエの言い草もたいがいだぞ。落ち着け」
「これはこれは、アイヲンモールの新しい店長は礼儀をご存じのようで。素晴らしいことですねえ」
にちゃっと粘つく声になんかイラッとする。
別におかしなことを言われたわけじゃないんだけど。
というか。
「なぜ俺のことを知っているんでしょう? たしかに俺はアイヲンモール異世界店の新しい店長ですが」
「顔を合わせるのは初めてですが、とうぜん様々な伝手から噂は聞いておりますよ。初めまして、ナオヤさん。私は商人ギルドでギルド長を務めているしがない商人です」
「商人ギルド、ギルド長……。初めまして、谷口直也です」
アイヲンモール異世界店は、出店の際に商人ギルドの反対にあった。
五ヶ月後に月間売上一億円いかずに閉店したら、商人ギルドがあの手この手で店舗や資材を狙ってくるかもしれない。クロエいわく、だけど。
クロエは過去に商人ギルドの男と揉めて、それ以来『おや規則を守らない失格エルフさん。今日はどんな無法をされるのですか?』ってことあるごとに絡まれるらしい。
あれ、それいまコイツが話しかけてきた言葉と同じような。
……クロエが過去に揉めた相手ってアイヲンモール異世界店の商売敵のトップかよ! ギルド長かよ!
顔に愛想笑いを張り付けながら、俺は商人ギルドのギルド長と挨拶をかわす。
社会人三年目のぺーぺーだけど、これぐらいなんてことはない。
「やはりどこぞの失格エルフと違って、新しい店長さんは礼儀を知ってらっしゃるようですなあ。……ところで」
でっぷりしたおっさんの脂ぎった笑顔がうさんくさい。
顔を引きつらせないように努力してると、ギルド長は向き直った。
俺の隣で「ガルルッ」とうなり出しそうなクロエではなく、立ち尽くしたガレット売りの女の子に。
「お嬢さん。無許可営業はいけませんねえ。ここで商売するには商人ギルドに場所代を払っていただきませんと」
「で、でも! これは屋台じゃありませんし!」
「おやあ? 規則では、特に営業形態には触れていませんよ? 立ち売りは除く、とも書かれていませんねえ」
「そ、そんな……」
「お母様がやってらした頃から、無許可営業は三年目でしたか。とうぜん過去の営業分も払っていただきませんとねえ」
「えっ……そ、そんな、うちにそんなお金は……」
「ガルルッ!」
「どうどう!ってホントにうなってどうすんだよ! 落ち着けクロエ。どうなってんだエルフ」





