第二話 た、たべほうだい? それはつまり、たべほうだいということか?
クロエたちと一緒に、俺が日本に還ってきてから一ヶ月。
春日野の俺の家から車で一時間弱かけて、俺たちは『アイヲンレイクビレッジ』に来ていた。
目的は、『Mizu』『Sora』って二つのアイヲンモールにアウトレットまで備えた、日本最大級、『アイヲン』では最大のショッピングモールを見てみるため、だけじゃない。
「日本のアイヲンは冒険者向けの商品も充実しているのだな!」
「冒険者向けっていうか、アウトドアグッズな。野外で使えるって意味じゃ間違ってないけど」
「だが、武器防具がないとは! 別の『てなんと』が入っているのか?」
「ないから! 『「あ」から「ん」まですべてが揃って、「愛」がある』アイヲンモールでも、武器は売ってないから!」
二週間程度に一度、〈小規模転移ゲート〉がつながった時にアイヲンモール異世界店に送る商品探しも兼ねている。
本命は売れ筋のアウトドアグッズだ。
「ナオヤさん、これはいかがですか? 4〜5人が入れるテントは野営の時に重宝すると思います」
「おおっ! 雨も弾くし、床面の布のおかげで湿った地面でも問題ないのだな! いいのではないか?」
「家族用の大型テントか。いいと思うけど……問題は、部品が壊れた時に向こうじゃ直せないかもしれないってとこだよな」
「なるほど……たしかに、あちらで防水加工した布は高く重いものです。これほど軽くて丈夫なものは……」
「骨の部分もですね。軽くするために、中空にしたり素材にこだわったりしてるはずです。いくらドワーフでも再現は難しいかと」
「ナオヤ、まったく同じに直す必要はないのではないか? 向こうにはこちらにもない金属もあるぞ?」
「あー、そっか、ミスリルとかあるんだっけ。んじゃとりあえずひとつ送ってみるか。んで伊織に調べさせることにしよう」
「イオリ姫をそのように呼ぶなど不敬だぞナオヤ!」
「そのイオリ姫は説明不足で俺を異世界に送り込んだわけで……どっちが不敬なんですかねえ」
とりあえず、アウトドア用の大型テントは決まりと。
畳めばだいぶ小さくなるし、カゴ台車三台分の中にひとつぐらい押し込めるだろう。
「あとは……おっ」
テントコーナーの中に面白いのを見つけた。
広げてもOKなことを確認して、ヒマそうにぼーっとしてたバルベラを呼ぶ。
「……なに?」
「ちょっとここを持っててくれ。そんで、これを外して……よし」
「どうしたのだナオヤ?」
「せっかくだからな、簡単に広げられる1〜2人用のテントってヤツを見せてやろう」
「……わたし、できる?」
「できるできる。そんじゃあバルベラ、手にしたヤツをぽいっとそこに投げてくれ」
「……ぽいっ。わっ!」
バルベラが、手にした薄い円状のブツを投げる。
言葉の通りにかるーく、ぽいっと。
すると。
「なっ、なんなのだこれは!? 布が一瞬でテントになったぞ!? 魔法か、魔法なのか!?」
「ナオヤさんは『この世界には魔法が存在しない』と言っています。それに、魔力は感じませんでした。つまりこれは——」
「そうですアンナさん。魔法じゃありません。素材と形状で、こうなるようになってるんですよ」
「……できた! すごい!」
「おー、すごかったなバルベラ」
これも、壊れたら直せなさそうだけどいちおう発送物の中に入れておこう。
ドワーフのおっさんたちが面白がって再現してくれるかもしれない。
愛想はないけど腕は確かだからなあ。
「とりあえずこんなところか」
「こちらのものはなんでも売れそうな気がしますが、送れる量が限られている以上は向こうで作れるものを。ナオヤさんの苦労がようやくわかった気がします」
「はは、ありがとうございます」
「やっと終わりか! ではナオヤ——」
「ああ。メシにするぞ!」
「……やった! おなかすいた!」
回数も量も限られてる発注の機会に、あっちでは何度も頭を抱えた。
日本に来ていろんな商品を見たアンナさんは、ようやく俺の苦労を理解してくれたらしい。
クロエ? それより日本の料理の方が気になってるみたいです。元店長……。
バルベラはうん、まあね、そこは期待してないからね。ドラゴンなことを隠せてえらい!
「ナオヤ、ここはどんな料理を出す店なのだ? いつもは選ばせてくれるのに……」
「不満か、クロエ?」
「いや不満というわけではなくだな。私はアンナやバルベラが食べられないものが出てこないか不安に思ってだな」
「心配ないぞクロエ。なぜならここは——」
夕飯にはまだちょっと早い時間だったこともあって、めずらしく行列はなかった。
まあそれを期待して昼は軽めに、早めにお腹を空かせて、って調整したんだけど。
まだブツブツ言うクロエ、大人しいアンナさんと、鼻をひくひくさせるバルベラを連れて店内に入る。
すぐに「それ」が見えてきた。
「——ビュッフェスタイル。つまり、食べ放題のレストランだからだ!」
壁際に並ぶ、和洋中オールジャンルの料理の数々が。
「た、たべほうだい? それはつまり、たべほうだいということか?」
「混乱するなクロエ。まあそうだ、何をどれだけ食べても同じ値段だ」
「……すきなだけ? たくさんでも?」
「ああ。あの料理を何種類でも、好きなだけ食べられる。時間制限はあるけどな」
「な、なんという……王侯貴族のような贅沢ですね……」
「まあ自分でよそって自分で運ぶんで、王侯貴族ではないと思いますけどね」
「お、おおおおおおおおお! いいのか? もう行っていいのかナオヤ!?」
「落ち着けクロエ。まずは席に座ってからな」
「……食べ放題! すごい!!」
「落ち着けバルベラァ! 尻尾! 尻尾でてるぞ!」
店員さんに「この外国人さんたちテンション高いなー」って生暖かい目で見られながら案内してもらう。
席について早々に、クロエとバルベラはビュッフェに突撃していった。
「アンナさんは行かないんですか?」
「せっかくナオヤさんがスペシャルコースにしてくれたんです、私は席でお寿司とステーキをオーダーしてから行きますね」
「あー、そこはオーダー制なんでしたっけ。ありがとうございます」
「いえいえ。それよりナオヤさん、早く二人の元へ行かれた方が……」
「え?」
困った笑顔のアンナさんの視線を辿る。
と、そこにはバルベラがいた。
ビュッフェ台の上の、大皿ごと運ぼうとしてるバルベラが。
「お客様、困ります。食べる分だけお運びいただけないかと……」
「……食べるよ?」
「すみませんすみません! ほらバルベラ、俺がよそってやるから大皿置いて! ぜんぶ食べられるのはわかってるから首をかしげないで!」
たしかに食べ放題だけれども。
バルベラは見た目10歳だけど中身はドラゴンで、止めなきゃ体の体積以上に食べられるのも知ってるけれども。
「手は二つしかなくて、大皿だと二つしか持てないだろ? 取り分ければいろんな種類を持っていって食べ比べられるぞ? 美味しいヤツをまた取りに来ればいい」
「……めいあん!」
量じゃなく種類に誘導すると、バルベラはようやく釣られてくれた。
ボッと火がついた尻尾をワンピースの中に隠す。服は燃えない。魔法の火なので。
「ハ、ハンバーグにパスタにピザ!? ローストビーフ!? からあげ!? ま、待て待てケーキもあるのか!?」
「落ち着けクロエ。バンダナずれてるぞ」
「どどどどうしようナオヤ! 食べたいものがいっぱいだ!」
「ぜんぶ食べればいいんじゃないかなあ」
「そうか! そうだよな! 『食べ放題』だものな!」
「あ、でも気を付けろよ。アンナさんがお寿司とステーキをオーダーしてくれてるから、取っていく分だけでお腹いっぱいにしないように」
「こ、このうえ寿司にステーキだと!? なんだこれは! 最後の晩餐か!?」
「喜んでくれるのはうれしいけど大袈裟だな!?」
「はっ! ナオヤはまさか! 『あれだけ食べさせてやったんだ、体で払ってもらわないとなあ』などと言って私を(性的に)食べようと! くっ、殺せ!」
「ないから。別に四人分でもたまに食べるぐらいは余裕で稼いでるから。アイヲン社員なめるな」
ディナーのスペシャルコースにしたって言うほど高くない。
クロエとバルベラが食べる量を考えたら、焼肉に行った方が高くつくぐらいだ。
それでこんな喜んでくれるってエルフ安いな? 「私は安いエルフじゃない」んじゃなかったのか?
とにかく。
ビュッフェスタイルの食べ放題レストランは、想像以上に喜ばれました。
主にクロエとバルベラに。
食い尽くすぐらいの二人の勢いに、店員さんの顔が引きつってたのは見なかったことにした。
クロエたちと一緒に、俺が日本に還ってきてから一ヶ月。
異世界組の三人は、アイヲンレイクビレッジを堪能してくれたみたいです。
一日じゃ半分もまわれなかったけどな! ほんと広すぎるんですけど!? なに考えてるんですかねアイヲン!
コミック四巻発売まであと二日!
後日談、最終話は発売日の29日に更新します!
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マンガはこの四巻で完結です!
アンナさん回からラストまで、見どころ盛りだくさんなので
ぜひぜひこの機会にお買い求めください!
マンガ一巻から四巻までまとめ買いしてくれてもいいんですよ?
※なおこの物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません!
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