第十五話 だってファンシーヌさん、体調崩した時にしんどそうで、その、失礼ですけど身内の方の助けもなかったような
俺が店長になってから48日目のアイヲンモール異世界店。
長い長い一日を終えて、俺はいま従業員用アパートの自分の部屋にいた。
デスクを前に今後の展開をぼんやり考えてる。
「猫人族の店に港町の店、エルフの里の店。ほんとふるさと物産展みたいになってきたな」
ガレット売り場を除いて、テナントに入る予定なのはどれも「故郷の物品を扱う店」だ。
けど悪いことじゃない。
モンスターがはびこるこの世界では、旅は危険なものなんだという。
街に住む人なんて、一生外壁の外に出ないって人もいるらしい。
だからアイヲンモール異世界店は苦戦して、いまはそれじゃなくて。
「街の人にも旅気分を味わってもらうにはいいかもしれない。だったら各地の『郷土料理』もいいかも。いっそレストラン街もそういう方向で、各テナントに打診して」
でも問題は物流なんだよなあ、とガリガリ頭をかいたところで。
コンコンとノックの音がした。
「ナオヤさん、いまよろしいでしょうか?」
「ファンシーヌさん? どうぞ」
俺の部屋を訪れたのはファンシーヌさんだ。
うしろにはコレットを連れている。
営業時間を終えて、食事もすませたあとに訪ねてくるのはめずらしい。というか初めてだ。
「すみません、明かりが漏れていたもので、起きてらっしゃるならと」
「ああ、中庭挟んで向かいですもんね。窓閉めても見えますか」
三人でダイニングテーブルに座る。
いつも元気なコレットが静かだ。
耳も尻尾も力なくべたんとしてる。
「それで、どうしました?」
「ナオヤさん。手紙を送ってもいいでしょうか」
「え? 別にかまいませんけど……ああ、こっちだと郵便がないんでしたっけ。冒険者さんに直でお願いするかギルドに行くかの相談ってことですか?」
「いえ、カロルさんにお願いするつもりです。エルフの里に向かうには通る場所ですから、快く引き受けてくださいました」
「はあ、じゃあ俺に相談する必要はないような……」
「その手紙で、『てなんと』を勧誘するつもりなのです」
「ああ、なるほど! ぜんぜんOKですよ! その、お知り合いでも条件は変わらないのでその辺は話し合ってからですけど……」
「ありがとうございます、ナオヤさま」
「ほらまた『さま』になってますよ、やめてください」
ファンシーヌさんが手を組んでぺこっと頭を下げる。隣のコレットも揃って。
いつものことだけど落ち着かない。
「それにしても、テナントに誘いたい方がいたんですね! 言ってくれれば俺が直接向かっても」
「それには及びません。王都までは一週間ほどかかりますから」
「往復二週間はちょっとキツいか。王都は人が多くて警備が厳しそうだし、それでバルベラが見つかったらシャレにならなそうだもんなあ」
「ええ」
「体調次第ですけど、まとまった休みにファンシーヌさんが行ってもいいんですよ? 全身甲冑スケルトンもいるんでそれぐらいはなんとか……」
「ありがとうございます。ですが手紙で充分です。乗り気ならこちらに来るでしょうから」
「はあ」
知り合いに手紙を出してテナントを検討してもらう。
ファンシーヌさんにとっても俺にとってもいい話なのに、ファンシーヌさんの顔は浮かない。
隣のコレットは母親を心配そうにチラ見してる。詳細は知らないけど、なんだか思い詰めた様子はわかるって感じかな。
「それで、どんな方なんですか? 商品も気になりますけど、物産展みたいになってますからバッティングはしないでしょうしね」
「父と母です」
「…………は?」
「叔父夫婦も番頭として働いています」
「…………え? だってファンシーヌさん、体調崩した時にしんどそうで、その、失礼ですけど身内の方の助けもなかったような」
「私は駆け落ち同然に家を出た身ですから」
「かけおち。かけおち!? いまどき、ってこっちじゃあり得るのか」
俺も驚いたけど、ファンシーヌさんの横のコレットも目を丸くしてる。
「あ、じゃあ旦那さんが商会をやってた頃に商人ギルド長と知り合いになったとかですかね」
「いえ。私と、あの人と、ギルド長は王都の、それぞれ違う商会の出身です。幼い頃からの」
「幼なじみ!? なのにその娘さんにあの勧誘!?」
「ギルド長は昔から『情に頼らない商売』を心がけていますから」
「あー、それで猫人族との商談の時にあんな反応だったんですね」
「ええ。コレットをああして勧誘したのは、そうすれば私が頼ってくると思ったのでしょう。あるいは、実家に連絡を取らせたかったのか」
「はあ。あれがギルド長なりの『心配』の現れだったと。わかりにくいな!」
思わず叫ぶ。
いくら『情に頼らない』ったってもっとやりようはあった気がする。
「けど、あの時もけっきょく実家に頼らなかったんですよね。なんでいま連絡を?」
「ナオヤさんのおかげで、私もコレットも幸せな日々を送れています。頼るのではなく、知らせを送ろうかと」
「はあ、なるほど」
「それに……心配する、家族を見ましたから。カロルさんは本当に安心したようでした」
「たしかに。うん、いいきっかけだと思いますよ」
「なによりも、『てなんと』に入ればナオヤさんの、アイヲンモールのお役に立てると思ったんです!」
「まあ『充実したテナント』はショッピングモールの魅力のひとつですからね。ありがたい話ではあります」
理由はどうあれ、いま決まってるのとは違ったテナントが増えるのはうれしい。
もちろん向こうが乗り気なら、だけど。
「そうだ! ひさしぶりの連絡なんですよね? でしたら手紙にひと工夫しましょうか。クロエたちの方も誘って」
「ひと工夫、ですか?」
「はい。せっかくですから、写真も一緒に送りましょう。こんなに元気にしてますよーって」
「まあ! ありがとうございますナオヤさま! 御使いさま!」
「ありがとうございます!」
「大袈裟ですよ二人とも。けどほんと、プリントサービスはありだよなあ。くっ、ここが日本なら! テナント候補はすぐ見つかるのに!」
アンナさんは日本語が読めるし、クロエあたりも操作方法を教えればやれそうな気はするけど……。
デジカメもパソコンもプリンターも、壊れたら直しようがない。
新しい物に入れ替えるにしても二週間に一回程度の〈転移ゲート〉に頼らなきゃいけないわけで。
こういう時に使うのはともかく、商売にするのは難しいだろう。
「さあ、そうと決まったら今日はもう寝ましょう。明日も仕事ですからね」
「はい。…………ナオヤさん、もしお望みであれば私を自由にしていただいても……少しでもご恩をお返しするために……」
「おかあさん? よくわからないけど、私も! 店長さんが望むなら!」
「望みませんから! はいはい二人ともさっさと帰ってくださいね! 明日もよろしくお願いします!」
「ふふ、よろしくお願いします。……ありがとうございます、ナオヤさん。おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
不穏なことを言い出したファンシーヌさんとコレットの背中を押して部屋から出す。
いやほんと本気にしたらどうするんですか。
コレットなんてよくわかってなかったけど。
きっと、ファンシーヌさんなりの冗談? 雰囲気の切り替え? なんだろう。きっと。
俺が店長になってから48日目のアイヲンモール異世界店。
長い一日は、ようやく終わろうとしていた。
もう何もないよね? 今日はこっちに泊まったクロエも、カロルさんと一緒におとなしく寝てるもんね? 何もありませんようにィ!