第六話 どうでしょうお二人とも。さっき問題ニャい……問題ないって言いましたもんね?
俺が店長になってから41日目のアイヲンモール異世界店。
陽がすっかり傾いた夕方、俺は店舗の裏手にいた。
「こ、これは……?」
「従業員用のアパートです。テナントに入る方も入居可能にしようと思ってるんですよ」
「つまり、貸し家ですか……? 砦ではニャく……?」
「ふふ、そう思いますよね。けれど、私も娘もここに住まわせていただいているのです。ナオヤさんは慈悲深い方ですから」
「言い方がおかしいですファンシーヌさん。ほら、街からここまで通うのは大変ですからね。それに、壁がない外は危険だって言われてるらしいじゃないですか。だからこれぐらいは……」
「さ、里よりしっかりしてるニャ」
「ほんとね……これで、お家賃があの値段ニャんて……」
「そうだろうそうだろう! この砦は強固で安全なのだ! なにしろ昼夜問わずアンデッ——」
「待てクロエ。もうちょっと待ってくれ」
テナントに興味を持ってくれた猫人族の二人との顔合わせと条件説明は終わった。
ひとまず「持ち帰っておたがい前向きに検討」だ。
猫人族の二人がテナントに入って商品の販売を続けるには、里の協力を取りつける必要があるそうだ。
布、服、革製品やアクセサリー。
一点ものなのはいいとして、安定して数が揃わないと「お店」として営業するのは難しいから。
商談を終えてざっとアイヲンモール異世界店のバックヤードを案内して。
最後に俺は、店舗裏手にある従業員用アパートを見せた。
「よければ今日はここに泊まってください。こういうこともあろうかと、ひと部屋だけ家具も入れてあるんです」
「ニャんと……!」
「ありがとうございます、ニャオヤさん」
「テナントに入るかどうか、入った場合は従業員用アパートに住むかどうか、検討材料になりますもんね」
俺の言葉に、猫人族の二人はキラキラと目を輝かせてうんうん頷いた。
好奇心旺盛だから、だけじゃないはずだ。
それよりも……。
「もっと大事な検討材料の話をしないといけないんだよなあ……」
これを伝えてもテナントに入る検討を続けてくれるだろうか。
それ以前に、もし拒否されたとしても秘密にしてくれるだろうか。
けど、これを伝えないで契約するのは騙したみたいだし、言わないでおくのはダメだろう。
気が重い。
進まない足で従業員用アパートへ歩いていく。
正面扉の左右には、全身甲冑の二体が警備してくれていた。
いつもありがとうございます。ほんと助かってるんです。
「ここに泊まってもらうにあたって、テナントに入る検討をしてもらうにあたって、お二人に、言わなくちゃいけないことがあるんです」
「ニャにかニャ?」
「わあ! 立派な護衛さんですね! あれ……?」
「ナオヤさん。いまお話しする必要はないかと思います。せめて薬師さまがいらっしゃる時に」
「いえ、俺は正直な商売を心がけてるんです。というかファンシーヌさん、アンナさんに何させる気ですか。もしアレだったらアレしてもらう気ですか」
「おおっ! 紹介するのだなナオヤ!」
「そうだけどなんでクロエは前向きなんですかねえ。聖騎士と相容れない存在だと思うんだけど」
変わらないクロエに、ちょっと気が紛れた。
猫人族のキジトラさんはこてんと首をかしげてくりくりした目で俺を見つめてる。三毛さんはくりくした目で全身甲冑を見つめてる。すんすん鼻を鳴らしては首をかしげてる。
「できれば、もしテナントに入らないと決めても、このことは秘密にしてほしいんです」
「商売のことはほいほい話さニャいニャ!」
「どんニャことであろうと秘密にします。その、法を犯してニャければ、ですけど」
二人の言葉にひと安心する。
法? 国の騎士であるクロエが一緒に働いてて何も言ってこないんだ、大丈夫だろう。大丈夫だよな?
覚悟を決めて、正面扉の横に立つ全身甲冑に目を向ける。
と、扉が開いてアンナさんが出てきた。
「薬師さま。さすがナオヤさんです、『たいみんぐ』を見計らっていたのですね」
「やめてくださいファンシーヌさん、偶然です。ちょうどよかったのは確かですけど。いやもしもの時じゃなくて説明するって意味で」
ファンシーヌさんの勘違いは正せそうにないけど、それはそれとして。
きょとんとしたアンナさんもいったんスルーして、俺は二人の猫人族に向き直った。
決心が鈍らないうちに。
「アイヲンモール異世界店では、いろんな種族の方に働いてもらってるんです」
「さっきも聞いたニャ。だから僕たちも問題ニャいって」
「もちろん問題ありません。そして二人も、本当に問題ありませんか? いろんな種族の方と働いても? 本当に?」
「くどいニャあ。僕らも大変だったから、同じことはしたくニャい」
「私もです。むしろ、いろんな種族の方がいらっしゃるのは楽しみです」
「よかった。では……この人?たちとも働けますよね?」
会話を聞いたアンナさんは、なんの話をしてるかすぐわかったみたいだ。
扉の横にいた全身甲冑を一体進ませて、顔を隠していた兜を外させる。
「顔が緑色……? ニャんの種族かわからニャいニャあ」
「表情が変わらニャいですね。匂いもありませんし……ゴーレム系でしょうか?」
二人の猫人族に驚きはない。
見つけて以来、念のためにかぶってもらってるラバーマスクは効果があるみたいだ。
ただ、今回はそれじゃ意味がないわけで。
「お願いします、アンナさん」
「わかりました」
アンナさんが視線を送ると、全身甲冑の中の人はラバーマスクを外した。
顔があらわになる。
まあ顔はないんだけど。
現れたのは、白いしゃれこうべだ。
「アイヲンモール異世界店では、アンナさん配下のアンデッドに働いてもらってます。警備に掃除、調理……みんな、真面目で一生懸命がんばってくれてます。もちろん人を襲うことはありません」
全身甲冑スケルトンが照れたように頭をかいた。頭骨に骨の指で触れた。手甲と手袋もさっと外したらしい。
キジトラさんも三毛さんも、まんまるな目をまんまるにしてる。
「どうでしょうお二人とも。さっき問題ニャい……問題ないって言いましたもんね? 悪いアンデッドじゃありませんから! いいアンデッドですから!」
「う、うにゃあ、うー」
「どうしたんですアニャタ? まさか」
キジトラさんから猫みたいな声が漏れる。
警戒してうなってるのかと思ったけどそんな感じじゃない。
目が左右に動いてたので、視線を追ってみる。
スケルトンの、剥き出しになった骨の手に視線がつられてる。
「…………え?」
「うにゃあ!」
「はしたニャいですよアニャタ、落ち着いて! 私たちは猫じゃニャいんですから!」
キジトラさんは、全身甲冑スケルトンの骨の手に飛びつこうとして三毛さんに止められてる。
骨、かじりたいのかな? 猫も骨に興味があるんですね。犬だけかと思ってました、おっと違う、そもそも猫じゃなくて猫人族だ。
「ちなみにスケルトンだけじゃなくてですね……」
ついでに説明しようとすると、アンナさんが指示を出してくれたっぽい。
全身甲冑スケルトンの鎧の中から、すうっと黒いモヤが出てくる。
ゴーストだ。
「うにゃっ!?」
「うー、ダメ、ダメダメ、私たちは猫じゃニャいんです、落ち着け私!」
今度は、三毛さんも反応した。
ふわふわ漂うゴーストを追いかけたいみたいだ。
うん。拒否感がなさそうでよかったです。
ところでゴーストさんは煽るようにピャッと動くのやめてあげてください。
あ、二人してゴーストに飛びかかった。逃げられた。追いかけっこはじまってる……。
「ここまで計算していたのですね。さすがナオヤさんです……」
「いやそんなわけないですファンシーヌさん、ただの偶然です」
「ふふ、よかったですねナオヤさん」
「むむっ、なんだか楽しそうだな! よい鍛錬になりそうだ!」
「やめろクロエ、剣から手を離せ。大丈夫かもしれないけどゴーストを剣の目標にするのはかわいそうな気がする」
俺が店長になってから41日目のアイヲンモール異世界店。
とりあえず、二人の猫人族にはスケルトンとゴーストを受け入れてもらえたようです。
よしよし。これでマイナス材料は減ったはずだ。
スケルトンとゴーストが大丈夫なんだ、ドラゴンやワイバーンや竜人族は問題ないよな? ないって信じてる!





