第五話 アイヲンモール異世界店は、エルフのクロエをはじめいろんな種族の方に働いてもらってますが……問題ないですよね?
「それでは、具体的な話をはじめましょうか」
「よろしくお願いします、ニャオヤさん」
「よろしくお願いします」
俺が店長になってから41日目のアイヲンモール異世界店。
俺はいま、営業してないフードコートにいた。
向かいに座るのは二人の猫人族だ。
見た目は二足歩行する猫だけど、猫よりは身長が高い。たぶん130cmぐらいだろう。二人ともちゃんと座ってる。
なんでも、猫みたいに丸まったり四本足で歩くのは「幼い」と思われるんだとか。「一緒にしニャいでほしい、僕たちはもう大人ニャので!」って言われました。そんなの異文化コミュニケーション研修で習わなかったよ……。猫人族がいないからね! 仕方ないね!
「それほど緊張しなくていいと思いますよ。ナオヤさんはお優しい方ですから」
俺の隣にはファンシーヌさんが座ってる。
商人ギルドで話をしたこともあるし、こっちの商慣習に詳しいみたいだから俺からお願いした。アンデッドでもドラゴンでもない人族だし。
「じゃあ、まずは僕たちの商品を見てほしいニャ!」
「私たちは、里でみんニャが作ったこのようニャ品々を売るつもりニャのです」
そう言って、猫人族の二人がテーブルに広げたのは、布や服、それに革製品だ。
どれも、独特の色使いで刺繍がしてある。
「へえ、なんだかエスニックですね。こういう商品を揃えるとなると……ティティククみたいな?」
「えすにっく? てぃてぃかか?」
「すみませんニャオヤさん、私たちにはニャんのことだか……」
「おっと、失礼しました。刺繍の色使いや模様が民族的で面白いですね。これは、猫人族オリジナルの意匠なんですか?」
「ナオヤさん、それは——」
「ナオヤ、それはただの刺繍でも模様でもないのだ!」
「クロエ? もう大丈夫なのか?」
「う、うむ! 父様や母様の反応などいま心配したって仕方ないからな! 考えないことにしたのだ!」
「立ち直りが早い。そりゃその通りだけども。それでクロエ、これがなんだって?」
「これは、魔法陣なのだ! 微弱ながら様々な効果があるのだぞ!」
「…………は?」
「こちらの布は〈速度上昇〉、このベルトは〈精神力上昇〉でしょうか。どれもいい品ですね」
「…………はい? え、つまりあれですか? これを身につけると、魔法の力で能力が上がると?」
「うむ! ゆえに、エルフの里は二人が暮らしていた猫人族の里と取引があったのだ! 金属製の鎧は重くてエルフに不評だからな!」
「ほうほう、だから立派な金属鎧を着てるクロエは『失格エルフ』なんて言われて……じゃなくて! え、待って、これひょっとしてすごい商品なのでは!?」
「それほどでもあるニャ!」
「うふふ。みんニャが作ったものを褒めてもらえるのはうれしいですね」
「こんなの冒険者が放っておかないだろ! え、なんで街で商売できなかったんですか!?」
「ナオヤさん。たしかにこれは魔法陣なのですが、クロエさんが言うように効果は微弱なのです。高位の冒険者さんは効果の高いマジックアイテムを使ってますし、一般的な冒険者さんはもっと安く、造りのしっかりした防具をつけますし……」
「あとは、欲しくてもそうそう出まわらないのだ! 見つけても望んだ効果のものがなかったりな!」
「はあ、なるほど。猫人族自体がめずらしくて、手作りの一点ものだから商品が少ないしその分お高くなる。だったら冒険者なんかは手頃なものを選ぶと」
ようやく納得した。
たしかに冒険者なら、なかなか手に入らない服や布に期待するよりは、安くて丈夫な革の鎧や厚手の服を選ぶだろう。
逆にエルフは安定して手に入るし軽いから、猫人族の商品を選ぶと。
なるほどなるほど。
「…………え? つまり、ここで安定して手に入るなら売れるんじゃないか? あ、そうか、価格。テーブルに置いてある商品はそれぞれおいくらでしょうか?」
「この布はこれぐらい、服は手間がかかってますからこの値段で、ベルトはだいたいこれぐらいで売れればと」
聞くと、キジトラさんじゃなくて三毛さんの方が答えてくれた。
人懐っこくて行動力があって戦えるキジトラさん、サポート兼交渉は三毛さんって役割分担っぽい。
というか。
「あれ? そんなに、高くありませんよね? そりゃ街で聞いた、新品の服の値段よりは上ですけど……」
「ナオヤさん。一般的な平民は、服を買うときは中古が主です。新品は晴れ着ぐらいでしょう」
「あー、なるほど。そもそも服の値段が高いのか。それより上だと」
「これ以上は安くニャらニャいニャ!」
「みんニャの手作りですから、どうしても……」
「ああいえ、付加価値があるなら値段は高くてもいいと思うんです。あとは安定供給できるかですが……」
「うっ。みんニャ、気まぐれだからニャあ……増やすにはうまく乗せニャいと……」
「魔法陣も、その時の気分で何を縫うか決めるので……私たちからは指定できニャくて……」
「そうですか……」
「そ、それだと難しいかニャ?」
「いえ、『二度と手に入らない一点もの』をウリにするケースもありますしね、うまくアプローチすればイケると思います」
「じゃ、じゃあ!」
「待ってください。テナントに入った場合、売上からこれだけの割合を賃料として納めてもらうことになります」
「決まった値段ではニャいのですか?」
「それでもいいのですが、いまは客数が少なくてですね……ですから、おたがい客数アップ・売上アップを目指して一緒にがんばれるように、固定ではなく割合で考えてます」
「ニャるほど……」
「このところ、お客様は日に300人を超えています。10日に一度の『ドラゴンセール』では600人を超えました」
「さんびゃ!? ろっぴゃく!? さ、里のみんニャと同じぐらいの人が、毎日……」
「割合だと、たくさん売れたらたくさん払わニャいといけませんね……」
「そこは相談しましょう。アイヲンモール異世界店は、少なくとも俺はテナントで儲けたいわけじゃないんです。たとえば上限額を決めて、そこを超えてもその金額までを賃料とするとか」
アイヲンモール異世界店にテナントを入れたいのは、賃料で黙っててもお金が入ってくることを狙ってるんじゃない。
魅力的な店が並んで、お客様が増えるのを期待してのことだ。
猫人族の二人は、じっと考え込んでる。
二人で相談したいだろうし、安定供給のためには里に帰って話をする必要があるかもしれない。
おたがい少し時間を置きましょうか、と提案しようとしたところで。
ひとつ、確認しておかなきゃいけないことを思い出した。
「ところで……アイヲンモール異世界店は、エルフのクロエをはじめいろんな種族の方に働いてもらってますが……問題ないですよね?」
「もちろん! いろんニャ人と知り合えるのは楽しいしニャ!」
「ええ、問題ありません。むしろ私たちを受け入れてもらえるか……」
「はは、大丈夫ですよ。お二人はなんの問題もありません! なあクロエ、ファンシーヌさん?」
「ええ。犬人族のコレットも、毎日楽しく働いてますもの」
「うむっ! 猫人族なら気兼ねなく客前に出られるだろうからな! なんの心配もあるまい! なにしろアンデッ——」
「わー! わー! クロエ、ステイ! もうちょっと待って!」
クロエの言葉を遮る。
猫人族の二人はこてんと首をかしげてる。
よかった、気づかれなかったっぽい。
とりあえずいろんな種族がいても気にしないそうだし。うん。あとは、折りを見て秘密にしてもらえるかどうか確認しよう。
大丈夫。大丈夫だ。みんな悪いアンデッドじゃないから。大丈夫だって信じてる!
俺が店長になってから41日目のアイヲンモール異世界店。
初めてテナントに興味を持ってくれた猫人族の二人は、いまのところ前向きに検討してくれてるようです。