第三十五話 さあ、アイヲンモール異世界店、3回目の『ドラゴンセール』スタートだ!
セールの準備は大変だけど、何度も行う定期的なセールとなればだいぶラクになる。
「準備おーけーです! いつもより多めに小銭も持ちました!」
「些少ではありますが、いまこそ私たちを救っていただいた恩をお返しする時です。命を燃やして働きましょう」
「えらいぞコレット、重いですファンシーヌさん。体調が悪くなったら言ってくださいね? コレットも無理するなよ?」
「ナオヤさん、調理も予定通り進行しているそうです。ただ、食材が足りないかもしれません」
「そこは仕方ないですね……。クアーノさんは昨日魚介を届けてくれましたし、元の世界と違ってお金を出せば手に入るわけでもありませんから」
最初は手探りでも、何度かやれば勝手がわかってくる。
俺が簡単な指示を出すだけで、アイヲンモール異世界店の従業員たちは、みんな理解して準備を進めてくれた。
なんなら俺が忘れてたことや思いつかなかったことの改善までしてる。
「ナオヤ! 『魚介あります』ののぼりも立てておいたぞ! これでさらにお客さまが増えるに違いない! 今日は何人だろうか、ひょっとして記録の387人を超え、超えて、390人も来てしまう可能性も……?」
「なんで刻んだクロエ。そこはもうちょっと増えるだろ。なにしろ今日は」
「……さかな!」
「そう、魚介類の販売を本格的にはじめるからな!って、運搬ありがとうバルベラ。あいかわらず力持ちですごいぞ」
稼働してない二階のフードコートから、追加のテーブルとイスを下ろしてきたバルベラの頭を撫でる。
無表情だけど興奮してるのか、額の両端から生えてるツノがほんのり温かい。尻尾はレンガ風の通路をびちびち叩いてる。
「くうっ、我が娘はなんと可愛いのか! この大陸で、いや、この世界で一番可愛いに違いあるまい!」
「あら、いま気づいたのですか? 私は卵の頃から知ってましたよ?」
俺が店長になってから30日目のアイヲンモール異世界店。
開店準備も、セールの準備も順調に進んでいる。
そう、セール。
今日は『とおか! はつーかさんじゅーにっちどらごーんせーるっ!』の日だ。
ところでこの国は大陸上にあるんですね。
その言い方だとこの世界にはほかにも大陸があるんでしょうか。
あとバルベラのパパさんママさんは今日も帰らないんでしょうか。
ドラゴンセールの目玉はドラゴンの肉とドラゴンステーキ、ドラゴンテイルスープなわけで……元はその世界一可愛い娘さんのお肉なわけで……。
「考えるな。感じるな。本人たちがOKだからOKなんだ。そうに違いない」
自分に言い聞かせる。
顔を上げると、アイヲンモール異世界店の街道を進む馬車が見えた。
行商人さんが御者を務める無料送迎馬車の、始発便だ。
馬車が見えるというか、馬車の列が見える。
今回も便乗組がいるらしい。ありがたいことです。
俺は大きく息を吸い込んで、宣言した。
「さあ、アイヲンモール異世界店、3回目の『ドラゴンセール』スタートだ!」
クロエとアンナさんとコレット、ファンシーヌさんが拍手で応えてくれる。
交通整理に出動した着ぐるみゴースト隊も、ぱほぱほ手を叩く。
アイヲンモール異世界店に拍手と——
「……がおー!」
「はは、ありがとうバルベラ。ドラゴンセールだからな、スタートの合図にいいかもな。叫び声がドラゴンっぽくないけど」
「グオオオオオオオンッ!」
「クオオオオオオオンッ!」
「だからってドラゴンの咆哮を求めたわけじゃないんですけどねえ! 大丈夫だ、人型のままだからドラゴンの声真似がうまい人たちってことでなんとか! ドラゴンセールに合わせてお願いしたんですってことでなんとか!」
——「火王龍と水妃龍」のユニゾン咆哮が響いた。
俺が店長になってから30日目のアイヲンモール異世界店。
三度目のドラゴンセールは、波乱含みのスタートになりました。
「姉ちゃん、こっちに塩焼き頼む!」
「おう、俺には魚のカツだ!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「獣人の嬢ちゃん、こっちはスープだ! 三人前くれ!」
「はいっ! たくさん食べたら元気になりますよ!」
「マジか、ひょっとしてこいつにもドラゴンの肉が」
「入ってねえよ。コレットちゃんのお母さんがな、体が弱くてあんまり食べられなかったんだと。だからああなったわけだ」
「泣かせるじゃねえかクソ。コレットちゃん、俺にもスープくれ!」
「はっ、ドラゴン肉を食わねえとはお前らほんとに冒険者かよ」
「あの人たちは朝から並んでもう食べたんですよ。こんなに出遅れるなんてアナタこそほんとに冒険者ですか?」
「んだコラァ!」
「落ち着いてくださいお客さま。当店の敷地内でケンカしたら大変なことになりますよ?」
オープン直後から盛況だったドラゴンセールは、お昼になるともっと混みはじめた。
お惣菜を担当してるアンナさんとコレットは忙しそうだ。
行商人さんの奥さんと娘さんも、イートインスペースでの販売や片付けを担当してくれてる。
最初から着ぐるみゴーストも配置して総動員だ。
スケルトンと入れ物なしゴーストとそのほか見られちゃマズいアンデッドは表に出してないけど、それは別として。
「まあなあ、ケンカしたら大変なことになるのは間違いない。クロエとバルベラはともかく、ウチにはアンナさんがいて、今日はバルベラのご両親もいるわけで……」
チラッと後方を見る。
バルベラパパさんとママさんは、店舗外にあるベンチに座ってる。
特に何か食べることもなく、ニコニコと満足そうだ。
働く娘の姿を眺めてるだけでお腹いっぱいらしい。親バカか。親バカドラゴンかあ。ケンカしてバルベラに被害がいったら大変なことになりそう。
「本当だ、本当に、港町から遠いこの地で、鮮魚が買えるのか…………」
「〈アイテムポーチ〉に入れて運んできたのでしょう。けれどこの新鮮さは」
「購入者には小袋一つ分の氷がついてくる。なるほどのう、氷魔法使いが裏にいるわけじゃな」
「箱の内側が冷たい? このような魔道具は見たことがありません。どなたが開発したものか」
「どいたどいた! アタシたち庶民だって買っていいって言われてんだからね!」
魚介のお惣菜も、本格的に売りはじめた鮮魚コーナーも好評だ。
冷蔵ケース前には商人と行商人の人だかりができてる。ところを、最寄りの街から来たらしいおばちゃんが割っていった。たくましい。
おばちゃんが作った突破口を、平民っぽい人たちが続いて広げていく。
街の中で暮らす平民の多くは、外壁に囲まれた街から出ないんだという。
外はモンスターがはびこる危険な場所だし、護衛を雇うお金はないからと。
けど、今日この日ばかりは連れ立って外に来ていた。
なにしろ無料の送迎馬車が走り、冒険者や護衛つきの商人が、街とアイヲンモール異世界店の間の道に群れをなしている。
道中で襲われる危険性は少ない。
「ほんとにその値段でいいのかい?」
「これは来た甲斐があったねえ」
「ほらあんた! もう安全なんだからその剣をしまいな! おっかなびっくりでこっちがケガしちまうよ!」
「け、けどおまえ」
道中の無料送迎馬車や過去二回のドラゴンセールでは、モンスターの被害を出していない。
実績が信頼に繋がって、来てくれるお客さまが増えたんだろう。
街の人も「ドラゴンセール」を知ってくれたんだろう。
あと案外顔が広いクロエとアンナさんへの信頼も。
「さ、さあさあお立ち会い! ここでしか食べられない新しい料理だぞ! な、なな、なんと! 魚をナマで食べる料理だ!」
陶器の平皿を大量に並べたワゴンを押して、クロエが登場する。
冒険者も商人も街の人もざわついて、ワゴンに道を開ける。
「ナマでも問題ないんだぞ! わ、私もナオヤに説得されてナマで——」
「言い方言い方ァ! ナマの魚な! お刺身とカルパッチョを食べてみただけな! ほら説明した通り魔法を頼む!」
「はっ、そ、そうだった! 『浄化』! 『浄化』! 人に害なす悪しきものよ消え失せろ! 『浄化』! 『浄化』!」
「さあ、聖騎士であるクロエが何度も『浄化』したばかりのお刺身とカルパッチョですよ! 腹を壊さず、美味しく珍しい鮮魚を食べるチャンスですよ!」
クロエを遮って呼びかける。
けどみんなドン引きだ。
クロエのエロ妄想、じゃなくて「生魚をそのまま食べる」ことに。
これは刺身やカルパッチョの販売は無理かなあ、炙るか、すっぱり諦めて、と思ったところで。
「おや珍しい。ではいただきましょうか」
一人の冒険者が前に出た。
「うおー、マジかアイツ」
「ほれ、前も変なの食べてたろ? お貴族様あがりの『ゲテモノ喰い』だよ」
「ああ、二日酔いスープも具入りで食ってたもんなあ」
「アイツ、魚の目玉も食ってたぜ? やばくねえ?」
「というかそんな料理ばっか出してるこの店やばくねえ?」
「けっ、美味けりゃいいんだよ美味けりゃ」
まわりの冒険者がヒソヒソ話してるのが聞こえてくる。
俺が店長になってから30日目のアイヲンモール異世界店。
お刺身の命運は、一人の冒険者に託されたようです。
いやまあダメなら大人しく焼いて売るだけなんだけど。
元の世界だって、日本以外でお刺身やお寿司が定着したのって流通と冷蔵・冷凍の進歩のおかげだし。
次話は11/15(金)18時更新予定です!
【宣伝】
『アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン』、2巻出ます!!!
GCノベルズさまより、12月26日発売です!!!
一部ネットストアや書店さんでは予約もはじまっているようですよ、
「コミックライド」さまにて、コミカライズ6話の無料配信はじまりました!
商人ギルド長がいいキャラすぎる……そして数少ないナオヤの活躍シーン!
なお、連載中のコミカライズは
『アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン! THE COMIC 1 』として、
12月26日にライドコミックスさまから発売されます!
あわせてよろしくお願いします!!!
※なお、この物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません