第三十一話 数量限定にして正解だったか。よしよし、やっぱり魚介は売れそうだ。イケる、イケるぞ
俺が店長になってから28日目のアイヲンモール異世界店。
まだ夜が明ける前の早朝、俺は一人、懐中電灯を手に店舗を見まわっていた。
「ふわあ。さすがに眠い」
「昨夜はお楽しみでしたものね」
「おわっ!? 急に声かけてこないでください! 心臓が止まるかと思いましたよ!」
「安心してください、心臓が止まっても問題ありません」
「あります! アンデッドじゃないんで! 死んでも働きたくはないんで!」
まだ心臓がバクバク言ってる。
背後の暗い通路から声をかけてきたのはアンナさんだ。
クスクス笑ってるあたり、アンデッドジョークだったらしい。笑えないですぅ。
「それに昨日の夜は楽しかったですけど、その言い方はちょっと」
昨日、バルベラの故郷の双龍島への出張から帰ってきたあと。
一緒にやってきたバルベラの両親と竜人族のクアーノさんを歓迎して、屋上で宴を開いた。
まあ驚かせないようにコレットとファンシーヌさん、行商人一家は起こさなかったけど。
終わってから業務日報書いて発注の修正して、就寝時間は遅くなった。
連日の短時間睡眠でさすがに眠い。
「俺、明後日のドラゴンセールが終わったら休みとるんだ……みんなにもとってもらうんだ……」
「ふふ、私にお休みは必要ありませんよ?」
「そうかもしれませんけど、店長としてはちゃんとお休みありのシフトを組まないと。鬼の指導が入りますから」
「そういうものですか」
アンナさんをはじめとしたアンデッドたちは、疲れ知らずで睡眠も不要らしい。
人がいない閉店後に夜通し清掃や警備をしてくれて、いまは従業員用アパートの建築もしてくれてる。
「そういえばアパートの建築状況ってどうですか?」
「すみません、まだ完成してないんです。このところセールの準備で手がまわらなくて……増やしますか?」
「いいんですいいんです、セールが優先って俺がお願いしましたから。あと増やさなくていいです。手もアンデッドも」
スケルトンやゴーストには助かってるけど、これ以上増えたら困る。
アイヲンモール異世界店がアンデッドだらけの墳墓系ダンジョンになりかねない。
リッチやドラゴンってボスっぽいのもいることだし。
「そうですか……必要になったら言ってくださいね? なんとかします!」
「なんとかって何するのかなあ。絶対頼まないです」
まだ暗いアイヲンモール異世界店の店内に、俺の決意が溶けていった。
…………どうしてもまわせなくなったら頼もうかな。
「いらっしゃいませ! 今日はすごいんですよ! お魚もあるんです!」
「あー、泥臭くてあんま好きじゃねえんだよなあ」
「ふっ、冒険者よ、それはこの辺りの川魚だろう? 今日はなんと! 海の魚をてすと販売しているのだ!」
「はあっ!? うわマジか! 懐かしい……」
「そういやお前、港町の出身だっけ。どれ、ちっと食ってみるか」
「よーし今日の仕事はやめだやめ! 依頼の期限はまだ先だしな、今日は飲んでくぞ!」
「コレットちゃーん! こっちに焼き魚の追加を頼む!」
「はいっ!」
アイヲンモール異世界店の正面入り口の前、イートインスペースをコレットがぱたぱた動きまわる。
クロエの売り込みも調子がいい。
俺が店長になって28日目、営業をはじめたアイヲンモール異世界店は盛況を見せていた。
昼前なのに、イートインスペースの客席はすでに満席だ。
「……運んできた」
「ありがとうバルベラ。そうだな、追加のテーブルとイスはあの辺に並べておいてくれ」
「……わかった」
「うむうむ、きちんと働けてえらいぞバルベラ! 小さくともさすが我が愛し子! どれ、我も手伝って——」
「ほらアナタ、落ち着いて。今日はバルベラちゃんの成長を見守る日ですよ」
「おう、いい売れ行きじゃねえか店長さん。運んでこれるならやっぱ売れンだなあ」
「それはそうですよクアーノさん。近くの街じゃ海の魚は珍しいですから」
魚介類の仕入れのメドは立ったし運送手段も確保したけど、売れなかったら意味がない。
今日は一般のお客さまに、魚介と干物と乾物、それにお惣菜のテスト販売をはじめていた。
売れ行きは好調だ。
ただバルベラパパさんとママさんが見学しててちょっとやりづらいです。
「おう姉ちゃん、この草はなんなんだ? 焚きつけか?」
「お姉ちゃんだなんて、私はもういい歳のおばさんですよ。こちらは干した海藻です。料理の味わいを深める『出汁』を取るものですね」
「んじゃこっちの四角いのもそうなのか?」
「そちらは体を洗う際に使うものです。石鹸と一緒に使うと泡立ちがいいそうですよ」
「はっ、お貴族様向けの高級品かよ。ほれ行くぞ、雑貨よりメシだメシ! どうせおめえも料理しねえだろ!」
いつもと同じで、イートインスペースの横には特設スペースを作っている。
ファンシーヌさんが担当するブースに並べてるのは、港町から運んできた乾物や雑貨だ。
物珍しさから人は集まってるけど、こっちの売れ行きはそうでもない。
あとテスト販売の新商品なのにあっさり覚えて説明するファンシーヌさんすごい。
「お待たせしました。ブイヤベースを三つでしたね」
「こっちは焼き魚だ! 小骨に気をつけるんだぞ! もし刺さっても特別に治してやろう! 聖騎士の! この私が!」
もちろんお惣菜もテスト販売してる。
シンプルに塩焼き、切り身をソテーしたものを何種類か、それにブイヤベースとあら汁だ。
塩釜焼きの評判はよかったけど、テスト販売するには手間がかかるもので。あと刺身も提供してない。
けど——
「かーっ、うめえ! まさか海の魚がこんな場所で食えるとはなぁ!」
「くそっ、なんでこの店は酒を売ってねえんだよ。酒、酒が飲みてえ」
「この鮮度、そしてふんだんに塩を使って……信じられません」
「俺ァ焼き魚よりこっちのスープの方が好みだな。コイツが飲めれば野営も歓迎なのによ」
「お、おい、見てみろアイツ。あんなゲテモノ食ってやがる……」
「マジだ。やっぱ魔法使いは変人ばっかだな……」
「この『あら汁』は素晴らしいですね! 深いコク、部位ごとに違う食感、味わったことのない調味料。見た目で敬遠してこれほど美味なスープを食さないとは。冒険者の勇気もたいしたことありませんね」
「はあ!? 食えばいいんだろ食えば! おうアンナちゃん、俺にもあの泥を溶かしたスープ一つ!」
——イートインスペースは満席で、笑顔であふれていた。
馬車まわしにはいっぱいに馬車が停まってる。
「……ダメ。一人三個まで」
「ふむ、やはりこれも買い占めを防ぐか。では儂の護衛の分も購入しよう。多めに連れてきて正解だったのう」
「くっ、さすが大商会の財力はちげえな。バルベラちゃん、こっちは三個頼む」
「運搬用に小袋いっぱいの氷をいただける、ですと? 氷魔法使いがいるのでしょうか……」
「はっ、聖騎士さまが働く店で何をいまさら!」
冷蔵ケースとストッカーを並べた場所では、バルベラと行商人の奥さん、娘さんが魚介を販売している。
ここには街道を通りかかった行商人や、早くも噂を聞きつけてやってきた最寄りの街の商人が集っていた。
「数量限定にして正解だったか。よしよし、やっぱり魚介は売れそうだ。イケる、イケるぞ」
こっそり拳を握って噛みしめる。
アイヲンモールの基本である「スーパー部門」を充実させる方針は、間違ってなかったみたいだ。
不安だらけの初店長業務だけど、お客さまの笑顔は自信になる。
俺は一人、今後の営業とドラゴンセールに向けて気合を入れ直した。
……もっとも、月間売上1億円の目標にはこれでもまだはるかに届かないだろうけど。