第三十話 乗り降りは屋上限定にしましょうか。いまもそうですけど、屋上はしっかり『関係者以外立ち入り禁止』にして
俺が店長になってから27日目のアイヲンモール異世界店。
いや、そろそろ日付が変わって28日目になってるかもしれない。
出張から帰ってきた俺は、アイヲンモール異世界店の屋上にいた。
「ふぅははは! では我が最高の肉を食べさせてやろう! グオオオオンッ!」
「ちょっ、深夜で人もいないから変身してもいいですけど静かに、静かにしてください。咆哮はナシで」
「おおっ、紅古龍の実物をこれほど間近に見られるとは! 里のみんなに自慢しなくては!」
「気持ちはわかるけど家出してきたんじゃなかったのかクロエ」
「では根元からズッパリいきますね。歯を食いしばってください、アナタ」
「えっ。そこまでいかなくてもいいのではないか? 先っちょ、先っちょだけで」
「巨体ですしほんと少しだけでいいと思いますよ。余っても販売できませんし」
「……パパのステーキ、おいしい」
「ああうん、それだと『パパが焼いたステーキ』に聞こえちゃうかなバルベラ。そっちだったら微笑ましかったんだけどなあ」
「みんな、護衛は要りませんよ。『火王龍と水妃龍』はバルベラちゃんのご両親なのですから」
「ふうーっ」
「あんぎゃあ!」
ドラゴンに戻ったバルベラパパさんの尻尾が、なかほどで断ち切られてゴロンと転がる。
水龍系のバルベラママさんのブレスは切断力もあるらしい。
夜中に帰ってきた俺たちを、アンナさんとクロエが迎えてくれた。
バルベラの両親の魔力を感じて屋上に出てきてくれたらしい。
騒ぎにならないように、コレットとファンシーヌさん、行商人一家はアンナさんの魔法で眠らせてきたとか。
気遣いありがたいです。親切な「死者の王」ってなんなんだろ。
「こ、この光景が日常なのか……アイヲンモール異世界店はすげえとこだな店長さん……」
「いやさすがに日常じゃありませ——たまにバルベラがドラゴンに戻るな。調理販売用にクロエがバルベラの尻尾を斬り落としたりしてるな」
屋上にいるのはクロエとアンナさんと、戻ってきた俺とバルベラ、だけじゃない。
魚介類を卸しに来てくれたイグアナ、もとい、竜人族のクアーノさんもいる。
港町からアイヲンモール異世界店の交通手段として借り受けたワイバーンもいる。
ちなみにワイバーンは屋上の隅でおとなしく海蛇の切れ端をかじってる。
あとアンナさんを守ろうと思ったのか、スケルトン隊長と鎧スケルトンが何体か屋上に来てる。
「……ナオヤ、焼いて?」
「あー、調理場は閉めちゃったしなあ。味付けはするから、今日はブレスで焼いたらどうだ?」
「……それ! パパ、お願い」
「うむ! 愛しの我が子の頼みだ、我が全力で『美味しく』焼いてみせよう!」
「まわりに被害が出ないようにお願いしますね。当たったら俺なんて一瞬で死ぬでしょうしクロエもワイバーンもクアーノさんも危ないですから」
「ナオヤさん、エンシェントドラゴンのブレスに攻撃されたら私や隊長でも死んでしまいますよ? もう死んでますけど」
「へえ死んでても死ぬんですね。さすが最強のドラゴン。あとアンデッドジョーク笑えないです」
「はっ! ナオヤは『ブレスに当たりたくなかったら、わかってるな?』などとドラゴンの威を借りて私を脅し! むっ、無理やりに! くっ、殺せ!」
「やらないし殺せって求められても困る。いいからほら避難しろ。そっちに吐くみたいだから」
射線上に誰もいないことを確認して、バルベラパパがブレスを放つ。
近くにいるけど熱は感じない。
「望んだ結果」だけもたらすドラゴンのブレスは、周囲に影響を及ぼさないこともできるらしい。幻想種すごい。異世界意味わからない。
「ほら、問題なかったでしょう? 心配しすぎですよ、隊長」
「うむっ、これで美味しく焼けたであろう! うん? その骨はなんだ? バルベラのオヤツか?」
「……違う。お店の警備」
「ほう、バルベラが暮らすこの地の警備をしておるのか。むう、骨にしてはなかなかの強者であるようだが、ふむ」
パッと光ってバルベラパパが人化する。
バルベラと違って、人の姿になった時から服を着てる。バルベラにも早いとこできるようになってもらいたい。変身するたびに裸になるのはなあ。
「ニンゲンは鱗と骨は食べられまい。残った部位は自由に使うといい」
「よろしいのでしょうか?」
「うむ、遠慮するなアンナよ。そのかわりしっかり我が愛し子を守るのだぞ!」
「はい、ありがとうございます」
「そうよアンナ。もしバルベラちゃんに何かあったらこのあたり一帯を消しとばしますからね」
「な、なあナオヤ、大丈夫だろうか。私はドラゴンセールのたびにバルベラの尻尾を斬り落としているのだが大丈夫だろうか」
「し、心配するなクロエ。ほらご両親にドラゴンステーキとドラゴンテイルスープを食べてもらったこともあるんだし。こうして自分の肉を提供するぐらいだし」
かしこまるアンナさんと隊長とスケルトン部隊をよそに怯える俺とクロエ。
バルベラはブレスで焼けた肉に目が釘付けだ。
ちょいちょい俺に視線を向けてくる。
早く早く、とでも言いたいのだろう。
「尻尾には大小の鱗があります。加工をよそに頼むわけにはいきませんから、鱗を張った大盾とスケイルアーマーぐらいでしょうか。けれど防御力は大幅に、魔法陣を転写すれば」
ブツブツ言い出したアンナさんを放置して、バルベラパパさんの肉を切り分ける。
ドラゴンの鱗は価値が高いらしいけど、お客さまには見られないようにしてもらってるスケルトン部隊の装備に使う分には問題ないだろう。問題ないといいなあ。
「そういえば……ワイバーンは見られてもいいけど、襲われたら反撃するからトラブルになる」
「乗り手として俺も気をつけるけどよ、反撃は止めらンねえだろうな」
「じゃあ乗り降りは屋上限定にしましょうか。いまもそうですけど、屋上はしっかり『関係者以外立ち入り禁止』にして」
「ああ、それがいいだろうな。港町は『双龍島』のワイバーンの存在は知ってっから手ェ出さねえけどよ、この辺はそうでもねえだろ」
そんな会話をしながらも、クアーノさんの視線はドラゴンステーキに釘付けだ。
そういえばドラゴンの肉は「魔力が高まり強くなる」はずで、イグアナが食べても大丈夫なんだろうか。
前にバルベラパパさんの肉を食べた時は失神したけど俺も大丈夫なんだろうか。
「ほどほどに、美味しくてもほどほどにしよう。あ、ありがとう」
いつの間にか屋上にあがってきてたエプロン付きスケルトンから陶器の皿を受け取る。
エンシェントドラゴンステーキを皿に取り分ける。
エプロン付きスケルトンに差し出された市販品のステーキソースも受け取る。
少し垂らす。
「よし! 鮮魚販売のメドが立ったのとバルベラパパさんママさんの訪問とお肉の提供に感謝して、いただこうか!」
俺が言うと、待ってました! とばかりにみんなが料理を持っていった。
手を合わせる。
「いただきます!」
「……いただきます」
「うむ、美味い! さすが最強たる我が肉、我がブレス!」
「ほらほら、人間形態なのですからきちんと食器を使ってください、アナタ。はしたないですよ」
「う、うめえ……これが先生の、エンシェントドラゴンの肉か……なんだこれうますぎる……」
俺が店長になってから27日目、日付変わって28日目のアイヲンモール異世界店。
ほどほどに終わらせるはずが、帰還と歓迎の宴は深夜まで続いた。
エンシェントドラゴンの肉が美味しすぎたのが悪い。あ、今回は倒れませんでした。