第二十九話 はいやっぱりドラゴンへの変身でしたね! いやあ三体揃い踏みは迫力あるなあ! 双龍島じゃなくて三龍島になっちゃうなあ!
「んじゃちょっくら港町まで行ってくるわ!」
「はい、よろしくお願いします」
「……たくさん!」
「あいよ、お嬢!」
片方の前脚で小さなハットに触れると、イグアナは飛び立っていった。
イグアナこと、竜人族のクアーノさん自身が空を飛んだわけじゃない。
翼をはためかせて離陸したのは、体の一部にほんのり赤と青が入ったワイバーンだ。
クアーノさんはワイバーンの背にまたがってる。
「地上じゃ大きく見えたけど、空を飛ぶとワイバーンはけっこう細身に見える。俺は乗れないのも当然か」
「……乗る?」
「いや、まだ昼間だしいまはいいよ。見られたら騒ぎになっちゃうからね」
対抗意識を出したのか、それとも俺がワイバーンの飛行に興味を持ったと思ったのか。
ドラゴンモードに変身しようともぞもぞしだしたバルベラを止める。
「というか昼間に港町に向かうって。ワイバーンは本当に見られても大丈夫なんだなあ」
ぐんぐん小さくなっていくワイバーンを見ながらポツリと呟いた。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから27日目。
港町からアイヲンモール異世界店への魚介類の輸送は、ワイバーンをリースしてもらえることになった。
リース料はバルベラの両親に献上する料理だけで。安い。
イグアナのクアーノさんは、さっそく港町に魚介類を仕入れに行った。
港町の元締めとして、魚介の手配から輸送まで担当してくれるらしい。
アイヲンモール異世界店で俺が買い付ける形だ。
野菜に続いて、これで鮮魚も「産地直送」の手配が整った。
本当にワイバーンが昼間見られても平気なのかって、輸送問題はまだちょっと心配だけど。
「まあ大丈夫じゃなかったらクアーノさんが港町から帰ってこられないか。……大丈夫、アイヲンモール異世界店にも最寄りの街にも、こないだは港町にもワイバーンで移動したみたいだし大丈夫、大丈夫だ」
自分に言い聞かせる。
先日、港町で遭遇した時は、近場の岩礁にワイバーンを下ろして海の上を走ってきたらしい。
さすがに街中に直接ワイバーンは停められないそうで。そりゃそうだ。モンスターに侵入されたくないから外壁があるんだし。
「さて。バルベラ、夜まで休憩にしよう」
「……いいの?」
「おおっ、ニンゲンのくせに気が利くではないか!」
「ふふ、ひさしぶりに親子で過ごしましょうね、バルベラちゃん」
人里からもアイヲンモール異世界店からも離れた双龍島で、バルベラがやれることはない。
俺は店長なわけだし、いろいろ考えることもあるけど。
〈アイテムポーチ〉に入れてたメモ帳とペンで考え事するつもりだけど。
「ほら、こっちのことは気にしないで親子水入らずで過ごしてくるといい」
「水入らず? それは水妃龍たる私は入らないと?」
「そういうことじゃないです。どうなってんだ翻訳指輪。そういうことじゃないんで三人でゆっくり過ごしてください」
バルベラママさんにギロッと睨まれてあとずさる。
さすが伝説の紅古龍を尻に敷くだけあって迫力がヤバい。
「ではバルベラよ、たまの帰還だ、我が洞窟でキラキラの宝物を眺めるのはどうだ?」
「……泳ぐ!」
「ふふ、ほらアナタ、バルベラちゃんは水と戯れたいんですって。アレでしたらアナタは灼熱の洞窟で一人過ごしていてもいいのですよ?」
「なっ、それはならん! 我も泳ぐぞ! よーしバルベラ、パパとどっちが大きい魚を獲れるか競争だ!」
バルベラは両親の手を引いて、波打ち際に歩いていった。
微笑ましいなあ、と思ってたらバルベラがもぞもぞしてさっとワンピースを脱いだ。
「わざわざ脱いで泳ぐってまさか」
「とおー」
「あらあら。服のまま変化するコツを教えないといけないわね。クオオオオオンッ!」
「なに、小さなバルベラが成長すれば自然と覚えるであろう。グオオオオオンッ!」
「はいやっぱりドラゴンへの変身でしたね! いやあ三体揃い踏みは迫力あるなあ! 双龍島じゃなくて三龍島になっちゃうなあ!」
真紅の龍と、深青の龍と、二体と比べたら小さな赤い龍が湾内を駆ける。
ばっしゃばっしゃと水飛沫をあげて、海に潜っていった。
「あ、切り立った崖の下あたりに外海へつながる裂け目? 穴? があるんですね。へえ」
ポツリと呟いた俺の独り言に応える者はいない。
喋れるイグアナはいるけど。
「寝てた、か? 疲れが溜まってるのかな」
森の中の開けた空間。
バルベラお気に入りの場所でアイヲンモール異世界店の今後の展開を考えてるうちに、いつの間にか寝てたらしい。
連日の深夜飛行で睡眠時間も削られてたせいだろう。
「次の『ドラゴンセール』が終わったら、交代で休みを取ろうかなあ」
背もたれ代わりにしてた切り株から身を離して立ち上がる。
伸びをすると、体からバキバキ音がした。
「おう、起きたか店長さん」
「あっクアーノさん。待たせちゃいましたか?」
「なあに、ちょうどいま帰ってきたところだ。コイツにたっぷり魚介類を詰めてな」
「ありがとうございます。うーん、アンナさんと話してみてだけど、今後はクアーノさんに大容量の〈アイテムポーチ〉を貸した方がいいかなあ」
「そしたら港のヤツらに言ってがんがん漁をしてもらわねえとなあ。しっかし、いいのか店長さん? そんなに俺を信用してよ」
「クアーノさんなら持ち逃げすることもないでしょうしね」
「はっ、違えねえ。お嬢に助けられた身だ、裏切るぐれえなら野垂れ死んで干物になってやンぜ。一族まるごとな」
「死生観がわからない。竜人族怖い」
「おっ、ほら店長さん、お嬢たちのお帰りだぞ」
イグアナ、もとい、竜人族の価値観に頭をひねってると、森の向こうから音が聞こえてきた。
ずしゃっという着地音と、バキバキ木が折れる音だ。
「まだ夕方にもなってないし、もうちょっと遅い帰りでも……は?」
日が沈んでからじゃないとバルベラの背に乗って飛んでもらうことはできない。できるけど騒ぎになる。
だからもう少しひさしぶりの親子の団らんをしてていいのに、と思ったところで。
固まった。
先頭を歩くバルベラは、見た目10歳のいつもの格好だ。
出る時はドラゴンに戻ってたのに、人化して帰ってきた。ちゃんと服も着てる。えらい。教え込んでくれてありがとうアンナさん。
けど、続いてきたバルベラパパさんとママさんはドラゴンのままだった。
住処にしてる島なのに、気にすることなく森を進んで木をへし折ってる。
それよりも。
「どうだ! これほど大きな海蛇は見たことなかろう! この程度の狩りなど我の手にかかれば簡単なことだ!」
「大きさよりも味の方が大事なのですよ、アナタ。ほらナオヤ、さっきよりも美味しそうなイッカクを仕留めてきたわよ」
二体のドラゴンは、二体とも口に巨大な水棲モンスターをくわえていた。
「それどうやって喋ってるんですかね幻想種ヤバい。なるほど運ぶのに大変だから人化しなかったと。なるほどなるほど」
現実を見たくなくてボヤく。
バルベラがタタタッと走ってくる。
俺の前で止まって見上げてくる。
尻尾がゆらゆら揺れて、尻尾の先の火が激しく燃えている。
「……ナオヤ。料理してほしい」
「ですよねえ。わかってました」
「せっかく我が狩ってきたのだ! 美味しい料理を作るのだぞニンゲンよ!」
「あらあら、そんなに大きな海蛇は料理に向かないのではないかしら? さあナオヤ、こっちはさっきの料理をお願いね。バルベラちゃんのお気に入りだもの」
森の開けた場所に、ぺいっと魚介が放り投げられる。
魚介、というか海蛇とイッカク、立派なモンスターが。
どっちもデカい。
「これ調味料足りるかなあ。その前に今日帰れるかなあ」
「な、なあに、心配すんな店長さん! 俺もみんなも、一族総出で手助けするからよ!」
「……わたしも手伝う!」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから27日目。
あとは帰るはずなのに、最後に難題が降りかかりました。
手伝いを申し出てくれてありがとうバルベラ。力仕事は任せるからな。
クアーノさんの協力はありがたいんですけどイグアナに何かできますかね。あと手助けってそれ脚じゃないでしょうか。
……今日もがんばろう。27連勤もアイヲン社員じゃよくあることだ。がんばろう。がんばります。
* * * * * * * * * * * * * * *
業務日報
2019年5月27日
アイヲンモール異世界店
店長/谷口直也
日間売上/389,000円
日間客数/154人
月間累計売上/11,607,000円
月間累計客数/3,695人
報告事項/
本日も帰宅は深夜になりました。
が、その甲斐あって魚介の仕入れ、配送ともにルートを確保しました。
明日から鮮魚の安定供給が可能です。
まずはテスト販売を行い、うまくいけば三日後に迫ったドラゴンセールで大々的に販売を開始します。
発注を修正しましたので、間に合えばそちらに対応よろしくお願いします。
発注も入荷も間に合うことを祈っています!
* * * * * * * * * * * * * * *