第十八話 満腹にならないように気をつけてねってことです。さすがアンナさんはお腹開いても生きてるんですねえ。生きてるのか?
「おおおおおっ! なんだコレは! コレはなんなのだナオヤ! 里で食べた魚より、港町で食べた魚より数段美味しいぞ!」
「ただの塩焼きだけど……下処理の問題かなあ。丁寧にやらないと臭みが残るからな」
「たしかに臭みはないがそれだけではない! そうか、この塩か! 塩が特別なのだな!?」
「日本から持ち込まれた塩を使ったし、それはあるかも。普通の塩でこれなら、今度ハーブ入りのクレイジーソル○でも使ってみるか?」
「く、くれいじーだと!? まままさかナオヤは私に白い粉を舐めさせておかしくさせて『ほらいい感じにトんできただろ?』などと無法な責めをっ! くっ、そんなことは許さんぞ!」
「おいやめろどこで学んだそんなの、人聞きが悪すぎる。あとクレイジーソ○トってつづり違うだろどうなってんだ翻訳指輪」
俺が店長になってから26日目のアイヲンモール異世界店。
午前中から昼間にかけて魚料理を試作した俺は、従業員と試食をはじめていた。
場所はいつものフードコート、じゃない。屋上だ。
「くうっ、知ってる料理なのに比べもンにならねえぐらいうめえ! やるじゃねえか店長さん!」
なにしろ試食会のゲストに、魚介類を販売してくれたイグアナがいたもので。
いくら仕入れ先になるかもしれないって言っても、まだお客さまに開放してないエリアは見せない方がいいだろう。
誰も使ってないけどいちおう存在するスロープを使えば、店内を通らず屋上にあがれるんだし。
「ありがとうございます。けどお腹はあけておいてくださいね? 試食用の料理はまだありますから」
「おう、任しとけ!」
「お腹を開ける……開腹するんですか? ナオヤさん、私じゃないと死んでしまいますよ?」
「満腹にならないように気をつけてねってことです。さすがアンナさんはお腹開いても生きてるんですねえ。生きてるのか?」
バルベラが運んでくれたフードコートのお子様用イスの上で、イグアナはくいっと片手をあげた。
アンナさんのアンデッドジョークはみんなスルー、というか料理に夢中になって聞いてない。
魚料理の試食会は、従業員全員が参加してるわけじゃない。
ありがたいことに、最近はアイドルタイムでもちらほらとお客さまが来店される。
切り株イスに座ってテーブルを囲んでるのは、俺とクロエとアンナさん、コレットとファンシーヌさん、それにお子様用イスに乗ったイグアナだ。 営業してるスーパー部門は、行商人さんの奥さんと娘さんが担当してくれてる。
無料送迎馬車の御者を務める行商人さんの分も含めて、おすそ分けはちゃんと別に取ってある。
「バルベラ、そんなに火に近づいて熱くないか?」
「……平気」
「ハハッ、店長さん、お嬢はドラゴンだぜ? この程度の火じゃなんともならねえよ」
「あーまあそりゃそうか。けど見た目10歳なわけで、ちょっと離れてくれた方が安心できるんだけど」
「……いい。焼きたてがおいしい」
バルベラはイスに座らずに、俺が用意したキャンプ用の大型グリル前に陣取っていた。
しゃがみこんで、網の上で焼ける魚や貝をかぶりつきで眺めている。
あ、ぱかっと開いた貝をひょいっと手づかみしてかぶりついた。
「……おいしい!」
「炭火で焼いただけだけどな。バルベラ、せっかくなら醤油を垂らしてみたらどうだ?」
「……これ?」
また一つ口を開けた、ハマグリみたいな貝に醤油を垂らす。
じゅうっと音がして香ばしい匂いが立ち昇る。バルベラのよだれが垂れる。クロエのよだれも垂れる。
「よし。ほら、熱いから気をつけ——」
皿に取ろうとしたら、バルベラはパカッと口を開けた。
ちょっとだけ迷う。
なにしろ焼けた貝は熱々だし、そもそも殻がついてる。
けどまあさっきも殻ごと食べてたわけで。
けっきょく、俺はそのままバルベラの口に放り込んだ。
バリバリと噛み砕く音がする。
ゴクッと飲み込む音もする。
尻尾の先の火がボッと勢いを増した。
「……おいしい! ぜんぶコレ付けて食べる!」
「醤油を気に入ってくれたのはうれしいけど、ぜんぶ食べるのはやめてほしいかな。せっかくいろんな種族が揃ってるんだし、みんなの意見を聞きたい」
「……ざんねん」
「おう店長さん! お嬢がこう言ってるんだ、なんとかなんねえのか!?」
「はあ、魚介類があるならなんとでもなりますけど」
「手持ちはアレでぜんぶなんだよ! くっ、もっとデカい〈アイテムポーチ〉がありゃあなあ!」
昔バルベラに助けられたってイグアナが天を仰ぐ。
日向ぼっこにしか見えないけど嘆いているらしい。
バルベラがシュンとしたのは一瞬で、すぐ俺をキラキラした目で見つめてきた。
「……ほかは?」
「ははっ、バルベラの方がわかってるな。ちょっと待ってろ、いまいくつか新しい料理を持ってくる」
立ち上がって、エスカレーターのある建屋に向かう。
エスカレーターは動かしてないから階段がわりに使うだけだけど。
「深いコクがあって、具は旨みが染み込んでふっくらしています。港町で食べた魚介のスープよりはるかに美味しい……これは、同じ料理なのでしょうか……」
「おいしい! このお魚、お乳の香りがしておいしいね、おかーさん!」
「ふふ、そうねコレット。ナオヤさんに感謝を捧げましょう。こちらは、魚の切り身に香草をまぶしているのですね。けれどこの辺りでは嗅いだことのない種類の」
アンナさんもコレットもファンシーヌさんも、魚料理を気に入ってくれたみたいだ。
それぞれブイヤベース、バター焼き、香草焼きだろう。
自分が作った料理を褒められるのはやっぱりうれしい。
あとファンシーヌさん鼻が良すぎませんか? 獣人じゃなくて人族なんですよね?
ニヤけ顔を隠して、俺は建屋に逃げ込んだ。
下って調理場に向かう。
「醤油を使った焼きモノが受け入れられたのは意外だったけど……塩焼きもブイヤベースも、切り身のバター焼きや香草焼きも、予想通り好評だった」
好評だったけど、食べて感動するほどじゃない。
でもそれは予想通りだ。
港町に存在する料理の改良版で、受け入れられやすいはずだから。
「集客にはもっとインパクトのある目玉商品がほしい。だから、本番はここからだ」
俺が店長になってから26日目のアイヲンモール異世界店。
手に入れた魚介を使った料理の試食は続く。
目標の月間売上一億円を達成するための、責任者としての挑戦も続く。
あとたぶん、見たことのない新料理を食べる従業員の挑戦も続く。続けさせる。仕事。これも仕事なんで! 作ってるうちに悪ノリしたわけじゃないんで許してくれみんな! いまから謝っておきます!