第十七話 ナオヤさんはスケルトンに恨みでもあるのでしょうか? 最初の頃に驚かせてしまったのがよくなかったのでしょうか?
「まあ基本はこんなところでいいだろ」
「お魚料理はいろいろあるんですね! さっと作れるのすごいです!」
俺が店長になってから26日目のアイヲンモール異世界店。
スーパー裏の調理場に、はしゃぐコレットの声が響く。あと頷くエプロン付きスケルトンのカタカタ音も響く。
漁港の元締めらしいイグアナに売ってもらった魚介類で、俺はいくつかの料理を試作した。
開いて塩焼き、三枚におろしてバター焼きに醤油焼きに幽庵焼き、長い尻尾に針がある巨大ヒラメっぽいものの煮付け。
貝はそのままグリルして醤油を垂らした浜焼き風、アジっぽいものフライにエビっぽいものフライ。
港町で食べたブイヤベースもどきの、元の世界バージョンも作ってみた。
コレットには褒められたけど、どれも特に難しい料理じゃない。
日本から持ち込まれた調味料の味さえ問題なければ、この辺は受け入れられるだろう。受け入れられるといいなあ。
「海まで二週間かかる立地を考えると、魚介類ってだけで売れる気もする。でも目玉もほしいんだよなあ」
「目玉!? た、食べられるんですか!?」
「いやそういう意味じゃなくて。目立つ商品、お客さまがそれを目当てに来店される商品って意味だ。前に説明、ってコレットはいなかったか」
「よ、よかったぁ。わたし、目玉を食べるのかと思っちゃいました」
「まあ食べられるけどな。好きって人もいる」
「へっ!?」
コレットの尻尾がぴんと立つ。スケルトンがガタッと直立する。
日本ではマグロの兜焼きや煮付けの目玉を食べる人もいるし、元の世界では羊の目玉を食べる国もあるって異文化コミュニケーションで習った。
あっちでも一般的じゃないかもしれないけど、こっちでも一般的ではないらしい。ちょっと安心した。
「ナオヤさん、私も見学していいですか? わあ、美味しそうな料理が並んでますね!」
「アンナさん? 休憩はいいんですか?」
「ええ、私は疲れを知らないアンデッドですから」
微妙な空気の調理場にアンナさんが入ってきた。
調理済みの魚料理の数々を見て目を輝かせる。
「来たのがアンナさんでよかったです。クロエかバルベラだとつまみ食いしちゃいそうですからね」
「ふふ、二人とも、止めればちゃんと言うことを聞いてくれますよ」
「だといいんですけど」
「ナオヤさん、こちらですべて完成ですか? でしたら運ぶのを手伝います」
「あー、ちょっと待ってください。もう何品か作りたいんです」
「ではおとなしく見学してますね。みんな、がんばって!」
エプロン付きスケルトンたちに声をかけて、アンナさんは壁際に移動した。
つまみ食いすることも邪魔することもないアイヲンモール異世界店従業員の鑑だ。
これが普通なんだけど従業員が普通じゃないからなあ……。
「よし、さっきの話じゃないけど、頭や中骨がもったいないし、あら汁作ってみるか」
「あら汁、ですか?」
「ちょっとクセがあるのと見た目がアレだから、受け入れてもらえるかわからないけどね」
「店長さんが作る料理はぜんぶ美味しいから、大丈夫だと思います!」
「コレットの信頼が怖い」
純粋なコレットの目から逃げるように、大きめのバットに入れておいた「あら」を手に取る。
ボウルがわりのデカくて深いバットでも、アイヲンモール異世界店の調理場のシンクに収まる。
「まず『あら』をしっかり洗います。ダジャレじゃなくてね、って通じないか翻訳指輪で訳されてるんだもんな」
「……え? これ、食べられるんですか?」
「ナオヤさん、まさか……ビーフシチューに続いて……」
「魚の旨味が出て美味しいぞ。血や骨はしっかり洗えば臭みは抜けるしな」
「ほねを、あらう」
コレットはくりんとした瞳で俺の調理を興味深そうに覗き込む。
スケルトンはビクッとして半歩離れる。
アンナさんの乾いた声が聞こえる。
「よく洗ったら水気をしっかり切って、塩を振ります。身や骨にもまんべんなく」
「ほねに、しおを」
「ほんとは10分から30分ぐらい時間を置くんだけど……とりあえず、この隙にお湯を沸かしておくか」
「みんなしっかり! アレは魚の骨ですよ! みんなには塩も効きません!」
なんだか騒いでるスケルトンとアンナさんを置いて、小鍋に水を入れて火にかける。
魔導コンロの火力は強く、あっと言う間にお湯になる。
「時短でいこう。さっき塩を振った『あら』、頭や中骨やヒレを、沸騰直前ぐらいのお湯にくぐらせます」
「ほねを、おゆに」
「ここでもうひと手間、取り逃がしたウロコや血の気を取り除きます。中骨や大きい骨は折っちゃったほうが食べやすいかも」
「ほねを、おる」
「『あら』と水、酒、だしの素、臭み取りの野菜を入れて、沸いたら弱火にかける」
「ほねを、ひに」
準備しておいた鍋に「あら」や野菜を入れて火をつける。
デカい魚だけに「あら」もデカい。
使ったのは寸胴鍋だ。
シンクも調理器具もオーブンも、業務用仕様で助かってます。
「その、ナオヤさんはスケルトンに恨みでもあるのでしょうか? 最初の頃に驚かせてしまったのがよくなかったのでしょうか?」
「アンナさん?」
アクを取る手を止めて顔をあげると、スケルトンたちがアンナさんの背後でカタカタ震えていた。
なんかこの光景、前に見たことある気がする。
「ああそっか! いやでもコレは魚の骨ですから! スケルトンじゃありませんから!」
「そ、そうですよね、この子たちは煮込みませんもんね——ひっ」
「店長さん、それはなんですか? なんだかいい匂いがします!」
話しながらあら汁に入れる調味料を取り出すと、アンナさんは後ずさった。スケルトンが壁に挟まれる。
コレットはスンスン鼻を鳴らして尻尾を振る。
「ああ、これは『味噌』だ。プロじゃないからうしお汁だと臭みは出ちゃうだろうからね。味噌味にしようかと」
作ってる量が量だから、おたまでガッと味噌を取る。
スケルトンどころかアンナさんまでガタガタ震えだした。
「ほねに、そんな、いえ、食べ物に、それを、入れ、いれ」
寸胴鍋に味噌を溶かす。
独特の香りでダメな人もいるらしいけどコレットは大丈夫そうだ。ちょっと口が開いてヨダレ垂れそうになってる。
「あーそっか、アンナさん、味噌の匂いダメでしたか?」
「臭いの問題ではなく! 申し訳ありませんでしたナオヤさんスケルトンもみんなも二度と夜に近づけませんからどうかそれだけは!」
「え? どうしました? もう慣れてきましたし、暗くなければ夜でも平気で」
「泥水をすすったこともあります、木の根をかじったことも、樹皮を食べたこともあります。けれどその——」
「過去が重すぎる。え、そんなに味噌がイヤでしたか? どうして、あっ」
気づいた。
そういえば異文化コミュニケーションで習った。
お米が炊ける匂いや味噌の香りを嫌がる人もいるって。
あと味噌はそれだけじゃなく——
「私もみんなも、排泄物は、食べられません……その、この世界の人はだいたいそうだと思います……」
……。
…………。
「いや違いますから! これは大豆を発酵させたものでソレじゃありませんから!」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから26日目。
ひさしぶりの異世界ギャップです。
元の世界の人だってソレは食べませんから! せいぜい肥料か、乾燥させて燃料にするぐらいです!