第九話 俺はアイヲンモール異世界店の店長なんだ。スーパー部門も俺の管轄で、魚介類の仕入れも俺の担当なんだ。食べないわけにはいかない
ゲテモノ注意回です
一部地域や海外では食べるモノですけども……
苦手な方は飛ばしてください!
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから25日目。
目の前の大皿を前に箸が止まる。いや使ってるのはスプーンとフォークだけど。手が止まる。
皿のフチに頭を乗せたエイリアンもどき、もといワラスボっぽい魚と目が合う。反応はない。
「そりゃな、反応があるわけないよな、もう死んでるんだから。調理済みなんだから。ははっ」
やけに乾いた声が出た。
浜焼きの魚や貝は美味しかった。
ブイヤベースはちょっと物足りなかったけど、まあ悪くなかった。
「どど、どうしたナオヤ、食べないのか? 食べないなら私から食べるぞ? 見た目はコレでも大事なのは中身なのだ。つまりコレは美味しいはずなのだ」
「無理するなクロエ手が震えてるぞ」
「干した魚でダシを取って、魚醤で味つけているようですね。具材はぷよぷよした魚の身と……ああ、魚の中身ですね。なるほどだからクロエさんは『中身が大事だ』と」
「中身を内臓って解釈しないでください。そういうことじゃないと思いますよアンナさん」
おばちゃん店員が置いた大皿を前に手が止まる。
クロエもアンナさんも、口をつけようとしない。
提供されたごった煮スープのビジュアルは、異世界でもキツイものらしい。そんでちょっといい匂いなのが腹立たしい。
「……いくか。俺はアイヲンモール異世界店の店長なんだ。スーパー部門も俺の管轄で、魚介類の仕入れも俺の担当なんだ。食べないわけにはいかない。いくか。いくぞ」
勇気を振り絞ってすくう。
木のスプーンの上で、ゼラチン質の巨大怪魚の身がぷるんと揺れる。
皿のフチに頭が乗ってる干しワラスボがじっと俺を見つめてる。気がする。
覚悟を決めて、口に入れた。
味わう。
咀嚼する。
目を丸くする。
「ウッソだろ……美味い……」
「しょ、正気かナオヤ!? 見た目がコレな食べ物が美味しいわけないだろう!?」
「いやお前さっき見た目より中身が大事って言ってたろクロエ」
「先ほどの『ぶいやべーす』よりも美味しいです。まるであの子たちからこぼれ出る内臓みたいなのに。ひょっとして」
「その先は想像しないでくださいアンナさん。ひょっとしないです。いつもより笑えないです」
「……おいしい!」
「あら、悪くないわ。ニンゲンもやるものね」
「あーはい、ドラゴンはイケますよね。肉も魚も生でイケるぐらいですもんね」
見た目グロテスクなごった煮スープは美味しかった。
素材の味を生かした浜焼きよりも美味しかった。
いまのところこの食堂で食べた料理の中で一番だ。
「けどさすがにコレはなあ。運送の問題をクリアしたとしても売れないよなあ」
一度食べたら抵抗感が薄れたのか、みんなが大皿にスプーンを突っ込む。
俺のスプーンの上には目玉が乗っていた。無理です。抵抗あります。
ためらってたら、横からバクッとバルベラが噛み付いて食べてくれた。
アンナさんに「お行儀が悪いですよ」ってたしなめられてるけど助かった。ありがとうバルベラ。おいしかったらしくて本人、もとい本ドラゴンは喜んでる。すごいぞバルベラ。
「あらやるじゃない兄ちゃんたち! んじゃコレもイケるかね?」
けど、試練の時は終わらなかった。
舞い戻ってきたおばちゃん店員がテーブルに一つの料理を乗せた。
「これは? よそ者への嫌がらせか?」
「なーに言ってんだい! お刺身は兄ちゃんたちが買ってきたヤツだよ! 食べたかったんだろ?」
一つは、いわゆる「お造り」、それも「姿造り」だ。
それはいい、日本の港近くの食堂やちょっとこだわったお店でも提供されるご馳走だ。
問題は「姿」だった。
さっき魚市場の片隅でうごめいていた、ピンク色の細長い生き物どもだ。
先端の口だけ切り落とされて、平らな板の上で細長い胴体を輪切りにされている。
「かつてこれほど食欲をそそらない『姿造り』を見たことがあっただろうか。いや、ない」
「これを……生で……? エ、エルフと人間の味覚は違うかもしれないからな! ここはナオヤが食べるといい!」
「怯えすぎて真っ当になってるぞクロエ」
「そういえば先ほどナオヤさんは『魚介類の仕入れも俺の担当なんだ。食べないわけにはいかない』と言ってましたね」
「わあ記憶力いいですねアンナさん、さすが頭脳派アンデッド」
このフナクイムシみたいなピンク色の細長い生物は、生のまま魚醤をつけてつるんとイクらしい。マジか。最初に食べようと思ったヤツどうかしてるだろ。
「…………よし。クロエ、『浄化』を頼む。念入りに。いつもより念入りにな」
「た、食べる決意を固めたのだな! うむ、任せておけ! ナオヤの勇気に応えよう! 『浄化』『浄化』『浄化』!」
「そういえばコレ自体も寄生虫なのに『浄化』で排除できないんですね」
「はい。『浄化』は、あくまでも『術者より弱い悪しきモノ』を払う魔法ですから。死んでいて害を為さないなら効果はありません。アンデッドは別ですが」
「そのわりにアンナさんは光が当たってもなんともないような……まあ長き時を生きるリッチですもんね」
「いえ、私は21歳ですよ?」
「へえそれ続いてるんだ。過去話聞いた気がしますけど」
「うむっ、これでいい! さあナオヤ、準備はできたぞ!」
クロエの顔が引きつってる。
俺の顔も引きつってる。
アンナさんはいつもと変わらない微笑みで、ドラゴン親子は見たことない食べ物に興味津々だ。異世界の強者が強すぎる。
「いく。いくぞ。俺はアイヲンモール異世界店の店長なんだ。スーパー部門も俺の管轄で、魚介類の仕入れも俺の担当なんだ。食べないわけにはいかない」
さっき自分で言った言葉を繰り返す。言い聞かせる。
いける。いけるはずだ。
元の世界のアイヲンモールだって、海外展開の際は現地のいろんな食べ物を口にするんだ。
仕入れる野菜の安全性を確かめるために土を口に入れることもあるって聞いたことある。
クロエの『浄化』で安全は確保されてて、この世界には回復魔法だってあるわけで。
むしろ元の世界の海外の食べ物より安全だ。安全なはずだ。
フォークで刺す。
ぬるっとした触感が勇気を削ぐ。
魚醤に浸す。
口に近づける。
目を閉じる。
口に放り込む。
噛みしめる。
コリコリした。
食感以外は魚醤の味しかしない。
「だだ大丈夫かナオヤ!? どうするいちおう回復の魔法をかけるか!? アンナと二人がかりならたいていの傷は」
「あーうん。たぶん大丈夫だクロエ。まあ、うん。マズくはない。けど美味しくもない。『貴重な生食』以外のメリットはないかなあ」
「……へんな味」
「そうね、食べてる気はしないわねえ。これならシーサーペントの方が美味しいかしら」
「大丈夫、大丈夫です。もしお腹を食い破られたとしても復活するのです。私も食べてみます——そうですね、ナオヤさんの言う通り、稀少性以外の優位点は感じられません」
グロテスクな魚? の姿造りは、食感が面白いけどそれだけだ。
特に美味しくもなくマズくもなく、アンナさんもバルベラもバルベラママさんも評価は低かった。
「ええい、みながイケるのなら私も食べるぞ! 女は度胸! エルフは根性!」
「エルフと根性って相性悪そうだぞってこれ前も言ったな」
勇気を振り絞って食べてみたクロエの感想も良くはなかった。
生で食べられる稀少な珍味は、珍味でしかないらしい。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから25日目。
魚市場に続いて食堂の視察と試食で、ドッと疲れた気がする。
次は本命の漁港の視察なんだけど、気力が保つだろうか。
とりあえず。
現地の食べ物はなんでも食べてみる、株式会社アイヲンの海外進出グループはすごい。就活で「海外もいいですね」って気軽に言った俺をぶん殴ってやりたい。結果異世界ですけども……。





