皇子様と魔女の恋②
ケイがエイミーと付き合いだしたという噂は、あっという間に広まった。職員たちの間で出る話といえば、そのことばかり。
「ねえ、ケイ~? あたしともデートしましょうよ」
研究室で成分の数値を取っていたケイは、すり寄ってきた女性魔術師に申し訳なさそうな顔を向けた。
「ごめんね。僕はエイミー一筋だから……」
「ええ~」
目の前の女性魔術師は口を尖らせ、不満を表わした。
(交際宣言でこういうのは減ると思ったんだけどな……まあ、いい。こういう子のほうが扱いやすいからね。まだ利用価値があるかもしれないし)
ケイは不満そうな女性魔術師に笑顔を作ると、顔を近付けて囁いた。
「でも、気持ちは嬉しいよ。二人きりで出掛けるのは無理だけど……みんなでならどうかな? 留学中はチームの一員として仲良くしたいし」
「ケイ……!」
女性魔術師はそれでもいいと目をハートにして頷いた。
(他の子ならこんなに簡単なのにな)
その場を離れていく女性魔術師に手を振りながら考える。
(エイミーとは恋人までこぎつけたけど……)
エイミーがケイを好きなのは明らかだ。しかしどうしても一線引かれたような感覚が拭えない。
(僕を見つめる瞳は恋する女の子そのものなのに……なんなんだよ)
エイミーを完全に自分に落として、情報を引き出す。計画は上手く進んでいるはずだ。それなのに、手に入れた感覚がしない。このイラつく感情はなんなのか。ケイはそのイラつきを出さずに、研究へと戻る。
ここには他の魔術師たちもいるから、完璧な皇子様の顔を崩すわけにはいかないのだ。
(まあ、今日も会えるだろうし。今度はどうしようかな)
エイミーはケイのホスト役だ。この研究の時間が終われば迎えにくる。
交際宣言をしてからもカフェで薬の話はしているが、ケイは攻め続けていた。移動するときは常に手を繋ぐし、カフェも奥の席で向かい合うのではなく、二人掛けのソファを使うようになった。そこで横並びに座り、身体を密着させて語らうのだ。
そんなケイの行動にエイミーがいちいち赤くなるので、ケイは可愛いなと思っていた。薬の話になるとたちまち興奮した様子で人が変わるのも、愛しいなと思ってしまう。
(……! 僕が絆されてどうする……!)
エイミーのことを考えているうちに、思考が逸れてしまった。ケイはこれからの計画を練るべく、目を閉じて精神統一をする。
(そういえば、最近は頭がすっきりしているな)
エイミーから情報を引き出すことばかりに頭を割いていたため、ケイはすっかり忘れていた。エイミーから薬をもらった日に熟睡できたことを。
あれから続けて飲んでいたが、今は薬がなくても眠れている。
(あの薬…………)
ケイはエイミーが作った薬の成分を調べたが、エイミーの言う通りの薬草でしか作られておらず、苦いだけで特に特別なものではなかった。それでも眠らせるだけでなく、ケイの自律神経をも整えてしまった薬には驚いていた。
(睡眠薬は副作用も出やすいものだが……)
実際、帝国で扱われている睡眠薬は、最初は眠れても多用するほどに逆に不眠へと陥るものだ。
(僕の自律神経を壊さないように穏やかに効くって言っていたな。配合だけでそんなことが可能なのか?)
薬は薬草の掛け合わせと配合だけでは作れない。最後に魔術師の魔法が必要なのだ。
(エイミーは緑の魔術師らしいから、製薬魔法には向いている……でも魔力が少ないんだよな?)
実際に飲んだ効果の高い薬と、エイミーの評判に違和感を感じる。
研究の手を止めて考えていると、終業を知らせるベルが鳴った。エイミーが迎えに来るな、と片付けをしてから出口に向かうと、そこにエイミーはいなかった。
「エイミーは?」
不満げな顔で迎えに来たであろう人物に訊ねる。
「今日は俺が送っていく。が、その前にちょっと付き合え」
ふてぶてしい表情で顎を突き出すバーナードに、ケイは大きな溜息をついた。
「どういうつもりだ?」
ケイはバーナードに人気のない研究室の裏手まで連れてこられた。
やっぱりその話かと溜息をついてバーナードを見る。
「前も言ったけど、君はただの候補だよね? なんでそんなにエイミーに干渉するの?」
苦虫を潰したかのようなバーナードの表情に、ケイは思わず口元を緩めてしまう。
(本当にわかりやすいな。バーナードを攻略したほうが早いんじゃないかってくらい)
右手で口元を押さえれば、ぎらりと鋭い目を向けられた。王国が誇る騎士団の騎士だけあって凄みがあるが、ケイは動じない。
「あいつは恋愛ごっこがしたいだけだ。お前みたいな上級者が相手にする女じゃない」
ケイは目をぱちくりと瞬いた。
バーナードは何を言っているのだろう。エイミーがケイに好意を持っているのは明らかなのに。
「……それならちょうどいいじゃないか。僕もあの子と恋愛がしてみたいんだから。留学中の思い出作りだよ」
とりあえず合わせる形で返せば、バーナードはなぜか勝ち誇ったように言った。
「あいつに本気なら泣くなよ?」
「泣かせるな、じゃなくて?」
おかしなことを言うなと笑えば、バーナードは笑みのままふんっと鼻を鳴らす。
ケイはバーナードが悔し紛れでそんなことを言っているのだと考えた。
「君も素直になればいいのに」
「……は?」
バーナードの笑顔が途端に崩れる。本当にわかりやすい男だ。
「これまでエイミーがいいなって思った相手、なんですぐに噂になるんだろうね?」
「……何が言いたい」
眉を吊り上げたバーナードにケイは笑みを崩さずに続けた。
「その噂、君がわざと流しているんだろう?」
「…………!」
「君は本当に顔に出るね」
口を真横に結び、固い表情をするバーナードにケイは眉尻を下げて見つめる。
「エイミーが他の男に目を向けるのが、そんなに嫌?」
ケイはもちろんエイミーが恋多き魔女だと噂されているのを知っていた。だからこそ、自身の魅力で落とせると思ったのだ。しかし、エイミーが自ら男たちに言い寄っているのではないと、話せばすぐにわかった。そこでケイは女性魔術師たちから集めた情報を整理して、バーナードこそが噂の根源だと仮定した。その証拠に、ケイがエイミーをデートに誘った話は、事実を曲げられて噂になった。バーナードはまさかケイがエイミーと付き合うとまで言い出すと予想していなかったのだろう。
「……あいつは俺のものだ」
「本音が出たね」
ケイの問いにバーナードが牽制をしてきたので、思わずふっと笑みが漏れる。
(まだ候補だから、他の男を近付けないようにしていたんだろうな。でもなんで候補のままなんだ?)
今まで深く考えてこなかったが、侯爵家の長男で騎士団のエリートでもあるバーナードが、なぜ平凡な彼女の婚約者候補のままなのだろうか。考えてもわからない。
「あいつに関わるな」
「エイミーが君のもとに必ず戻るという自信があるのなら、少しの間楽しんでもいいだろう?」
ケイの挑発に、めずらしくバーナードは乗ってこなかった。
「本気じゃないんだな?」
「……僕は帝国に帰るんだよ?」
肩をすくめてみせれば、バーナードは苛立ちを示すように大きく息を吐いた。
「お前と恋愛ごっこをすれば、あいつも満足するだろう」
棘のある言いかただ。まるでエイミーは絶対に本気にならないとでも言いたげに。
「いいか、手は出すなよ」
釘を刺すようにバーナードがひとさし指を突き付けてくる。
(まあ、キスくらいはするだろうけどね)
ケイはバーナードに頷きながら、クスリと笑った。




