私が理想の悪役令嬢!
少し早めの断罪から数ヶ月。
噂によれば、ルミナス王女はみるみる健やかに回復しているらしい。
最近は護衛二人を連れて城内を散歩しているそうな。
行先に、見違えるほどに美しくなった銀髪を見つけ、慣れないヒールで転ばぬように気をつけながら速度を早める。
「あらぁ、ご機嫌麗しゅう、王女殿下。あまりにも小さいから、思わず踏んづけちゃいそうでしたあ」
悪役令嬢アルストロメリアである私は、本分を全うするべくルミナス王女の周りをぶんぶんしている。
こうすると、使用人たちの間でルミナス王女が悪女に虐められているという噂になり、護衛たちが間に入って仲裁する事で信憑性が増すのだ。
「こんなところで呑気にお散歩なんて優雅ですこと。魔法学園に入学すれば、あなたと私の実力差がはっきりしますわ。殿下のお顔を立てる為にも、手を抜いて差し上げねば!」
扇を開いてオホホと高笑いすれば、護衛たちが露骨にピリピリし出した。
それらを制して、ルミナス王女は花の妖精のように可憐な顔を綻ばせ、優雅に淑女の礼を一つ。
「ご忠告、痛み入ります、アルストロメリア公爵閣下。学友となって高め合える日々が待ち遠しいです」
「……あなたと友達ごっこする気はなくってよ!」
「うふふ」
「勉学がありますので、失礼いたしますわ!」
逃げるようにその場から立ち去る。
悪役令嬢アルストロメリアの最近の悩みのタネは、ルミナス王女から向けられる生暖かい眼差しである。
私の日々のルーティンは、ひたすら経営学や宮廷儀礼、歴史のお勉強に魔法の練習の繰り返し。
ルミナス王女がいるとはいえ、数少ない王血の持ち主なので、スペアとして品質を高めなければならないのだ。
ルミナス王女を貶める声は減りつつあるが、やはり一部の貴族、それも旧エドワード公爵の派閥が熱心に素質を疑い続けている。
歴史ある名家も何人かいるので、露骨に邪険にできない、というのが正直なところだ。一代限りとはいえ、国王から陞爵を受けた事実が彼らを調子に乗らせている。
彼らが私に求めているのは、やはり実父エドワードと同じくルミナス王女の排除。
魔法学園で成績による優劣を元に、彼らはなんとしても王女を排除しようとするだろう。そして、私の配偶者に自分の息がかかった連中を送り込んで傀儡にする。
これだから貴族政治はよお!
国王も、この動きを警戒してルミナス王女の護衛に辺境伯の令息アルフォンスと魔導伯の令息ザックを配置した。まだ発表はされてないが、恐らく内々では王配候補として扱われている。
学園入学前、王太女に選ばれたルミナス王女の強い希望で、二人とも王配となり、二人で女王の即位に向けて頑張る事になる。
学園でやらかしを重ねた末に、悪役令嬢アルストロメリアはザックに処刑されるのだが……
国の為に頑張るとは言ったが、まだ死にたくはないです。
前世は交通事故、今世は処刑とか嫌すぎる。
なので、本編での戦犯の代わりに、悪役令嬢っぽいムーブをかましつつ、程よくざまあされて退散するオリジナルのチャート『理想の悪役令嬢』でクリアまで走り抜けるしかない。
そう思って、アドリブを続けていたのだが……
「────王女殿下から、直筆の手紙でお茶会への招待状?」
虐めていた相手を、初めてのお茶会に招待しちゃう頭がお花畑のヒロインをどう扱えばいいのか、前世の記憶と『月光女王は愛されてる』の知識を持ってしてもわからない。
ちょっと記憶は曖昧だけど、書き留めておいたメモによればアルフォンスやザックと仲良くなるついでに、お茶会のマナーを練習する、というイベントのはずだ。
なんで、いじめっ子を招待する必要があるんだ?
「ハッ!? プチ断罪か!」
天才的な私の頭脳は閃く。
ゲームやアニメだと尺の都合でカットされるが、原作ではアルストロメリアがいかに悪役令嬢であるかを表現する為に、たびたび彼女のやらかしが描写される。
今回は、お茶会で失態し、プチ断罪されるとみた。
まさか国王の目を盗んでお茶会を開くとは思えないし、アルフォンスやザックの監視もあるはず。
お茶会についてまとめた手書きのノートを取り出して、マナーやルールをおさらい。ぶっちゃけ、参加するだけなら、招待された身分なのでその場に行って、じっとしているだけでいい。
だが、私は悪役令嬢アルストロメリア。
ルミナス王女御一行に嫌われ、
踏み台にならねばならぬ。
それこそが悪役令嬢。
ヒロインの行手を阻まず、仲良くしていたら、それはただの親派令嬢でしてよ。
頭がお花畑のヒロインから確実に嫌われる為の小芝居と準備、させてもらいますわ。
「お〜ほっほっほ! ……ちょっと違うなあ」
部屋に設けた壁掛けの姿見の前で、ちゃんとポージングと顔の練習も欠かさない。
「あ〜はっはっ! これか。これだな」
悪役令嬢は、一日にして成らず、なのだ。