エピローグ2
嘆いていると、ついと目の前に小さな袋が差し出された。
「これは?」
「コンラーディンから預かった」
「お兄様から?」
中からは、見たことのない銀のプレートが出てきた。
「其方の預金だそうだ。それを持って取引所に行けば引き出せる」
つまりこれは、キャッシュカード!
「其方の今までの予算に加え、今後入るプリザーブドフラワーのロイヤリティも、そこに入金し続けるとの事だった」
「……お兄様」
「それから、アンヌは私が貰い受けた」
―――アンヌ。
途端、ぎゅっと罪悪感が押し寄せてきた。
「……元気にしていますか?」
「アレは其方が生きておる事を知らぬからな。後を追おうとした」
「!」
「今は私の元で魔術を学んでいる。主に魔力の増やし方だな」
まさか後を追おうとするなんて。
アンヌに対するフォローをまるで怠っていた事を後悔する。
「返す返す、ありがとう存じます」
「其方は生きていると信じる事にしたらしい。いつか其方に再び会えた時は、噛み付いて離さない、と言っていたぞ」
仏頂面のまま離れないアンヌの姿が目に浮かんできた。
「ふふ。それだけ元気なら、もう大丈夫そうですね」
いつか生活の基盤が整ったら、迎えに来てもいいかもしれない。
もちろんアンヌが望めばではあるが。
そう考えて、頭を振って希望を追い払う。それは未練だ。
「後はフォルクハルトだが」
名前を聞いただけで、心臓が跳ねた。
思わず身を固くして、ぎゅっとスカートの端を握り込んだ。
最後にあった、森での姿が脳裏に蘇ってくる。
何も言わず、跪いた真っ直ぐな瞳。
立場もあっただろう。望みも、文句も沢山あった筈だ。
それなのに、全てを飲み込んで、ライラティーヌの背中を押してくれた。
「見てられぬ。連れて行く事は出来ぬか」
「……言わないで下さい」
フォルクハルトに平民の暮らしが出来るとは思えない。
彼は真の騎士なのだから。
今や平民に成り下がったライラティーヌが、独占して良い人ではないのだ。
「何故拒む。あやつも望んでいると思うが」
ゲルドゥヴォルを求めれば、高確率で法に触れる。ともすれば、光の中を歩けないような人生になるかもしれない。そんな未来にフォルクハルトを誘うなんて、断じて許されない。
押し黙っていると、ヴォルデマールはこめかみをトントンと叩き、じっと観察するような目を向けて来た。
「やはり目が離せんな」
とポツリと呟いた。
その声は小さく、ライラティーヌの耳にはきちんと届かなかった。
「……何ですか?」
「いや」
ヴォルデマールはグラスの中身を飲み干すと、頭を振った。
「ところで、帰りのジオルレイドは何処に置いているのだ。もう落ち着く先は決まったのか」
「えっと。いえ、まだ旅の途中です。ジオルレイドは安全な場所に置いてあるので心配いりません」
「そうか。旅はどうだ?」
ヴォルデマールにしては珍しい質問だった。
こんな感情を訊ねるような、正解のないような質問をする人ではなかったのに。
「……楽しいですよ。見る物全てが新鮮で、暫くは飽きそうにないです。もうずっと旅人でも良いかなって思う時もあります」
「そうか」
ヴォルデマールが優しく目を伏せた。
噛み締めるような、安心したかのような微笑みだった。
そんないつにない姿を見せられると、ついこちらも本音が溢れてしまう。
「まぁ、人寂しくはありますけど」
「……其方、まさか今日は恋しくなって来たのか?」
「う……。それもあります。けど、ちょっとだけですよ! 本命はゲルドゥヴォルです!」
―――流し目!
ヴォルデマールは満足げに笑うと、手を取ってライラティーヌをソファから立たせた。
「今日はここまでだ。続きが聞きたければ、また訪ねて参れ」
「そんな! まだ聞きたいことが山ほどあります!」
「だからだ」
短い言葉は、有無を言わせぬ響きが籠っていた。
不貞腐れていると、頬に手が当てられて、強引に上をむかされた。ドキリとするほど、冷たい手だった。
「また人恋しくなった時、ここに来る口実が必要であろう。故に全ては語らぬ」
心の内全てを見透かされているような気がした。それは不快な感覚ではなく、とても安心できるものだった。
「改めて言っておく。全身で甘えろ。余計な遠慮や矜持は不要だ」
熱い言葉だが、表情は至って無表情だ。その素っ気なさが、ヴォルデマールらしくて余計にグッとくる。
「そうします。わたくしだけ甘えていて、心苦しくはありますが」
「そうか?」
そんな事は気にするな、と言われると思っていたのに、ヴォルデマールは嬉しそうにそそくさとキャビネットに向かった。
持って来たのは大きな魔石だった。魔力を溜めておける魔石だ。
「では、これに可能な限り魔力を込めていけ。迷惑料だ」
「……研究用ですか?」
「無論だ。其方の魔力は研究し甲斐があるからな。まだまだ調べたりぬ」
―――くぅ。トキメキを返しやがれ! このマッドサイエンティスト!
魔石にドバドバ魔力を叩き込んでいると、なんだか、やられっぱなしなのも悔しくなってきた。
一矢報いてやりたい。
ライラティーヌは、ヴォルデマールが一番喰い付くネタを思いついた。
ふふん、と顔を逸らせて笑う。
「調べても意味がないと思いますよ。わたくしのそれ、ルイから貰った加護のせいだと思いますから」
「何?」
狙い通り、ヴォルデマールがぐっと眉間に皺を寄せて詰め寄って来た。
「聞いてないが」
「言ってませんでしたっけ?」
「聞いてない。詳しく話せ」
しめしめ。
やってやったぞ、と小さくガッツポーズをとる。
「今日はここまでです。続きが聞きたければ、わたくしを探してみて下さい」
「……大人しく話さなければ、何をするか分からぬぞ」
「わたくしが会いに来た時は、ヴォルデマールさんが話す。ヴォルデマールさんが会いに来た時は、わたくしが話す。そんな感じでどうでしょう?」
「却下だ」
ライラティーヌは帰り用のジオルレイドを起動させる。
「わたくしはこの国のどこかにいます。楽しみに待っていますわね」
「待てっ。まだ話は」
ライラティーヌの姿がかき消えた。
残ったのは勝ち誇った様な生意気な余韻と、ヴォルデマールの疲労感だけだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。




