二の想い
本格的に夏の猛暑が襲ってきた頃。
毎日届く文を読み、思わず笑みを零した。
──志乃へ
そろそろ暑くなってきた。外に出るときは気をつけるように。
夏場は食料が腐りやすくて困る。昨夜食べた飯は糸を引いていた。
そろそろ食料も考え時か。
そんなくだらない文に思わず彼が戦地にいるという事も忘れて、女房達と大笑いした。
志乃は長嗣から毎日届く文を、志乃は一通も捨てずにしまってある。
これは長嗣の命のかけらで、これが届くかぎり、長嗣が死ぬことはない。
「もう誰も失いたくない」
***
志乃はこの利賀領地と隣り合った山模という所の領主の娘だった。
しかし、戦で父や兄達を失い、その悲しみから母までもが病にかかって儚くなった。残されたのは大きな山模の屋敷だったが、立派すぎて一人で仕切る事ができずに苦労した。
しかし、使用人達に教えをこい、ようやく何とかうまく屋敷を回せるようになった頃、橋田長嗣と名乗る男が現れた。
「橋田家ご当主の、橋田長嗣様?」
はい、と返事をする彼は、長身に硬い体つきを持っていて、髪を上部に上げてまとめた髪型をしている、少し若い感じの男だ。
二十当たりの年齢だろう。
橋田と言えば隣の利賀領主の名前も橋田だ。
若干十五歳の少年が弱輩領地だった橋田を、次々と各領地を攻め、今では
利賀はかなり広くなってきた。
「何かご用でしょうか」
領地は小さいが、山模の屋敷の広さはどこにも劣らない。
その中でもひときわ広い部屋で向かい合って座る橋田に、慎重に尋ねた。
使用人は払う給金が難しく、もうわずかしか残っていない。そのために、この部屋には二人だけだった。
冬を越えた春先。
桃色の花びらがはらはらと散った花びらが綺麗に庭を、開け離れた戸からよく見える。少し肌寒い風が部屋を通り、さわさわと髪がほのかに揺れる。
長嗣はゆっくりした調子で切り出した。
「あなたを、頂きに上がりました」
「……は?」
「あなたを妻として娶りたいのです。この山模の屋敷を本邸にして、利賀の領地に迎えたいと思います」
そう言う長嗣は、志乃を娶る事で山模を手に入れようとしているのだろう。
俯いて、まだ新しい畳を見つめ、断ったら武力で攻めてくるのだろうな、と思って顔を上げ──真っ赤にして思いっきり照れている長嗣の顔を見た。
「あ、えっと、山模が欲しいからあなたを手に入れたいわけではなく……、いやもちろん山模が欲しくないかと言われれば嘘になるのだが……、とにかく、あなたが、その……」
赤面してしどろもどろになる長嗣を呆けて見つめていた志乃は、思わず心の中の呟きを外に吐き出してしまった。
「……恥ずかしい方」
思わず出た声は、自分が想像していたものより冷ややかなものだった。
失態してしまった事を悔いた志乃だが、深呼吸をして心を落ち着かせ、言葉を紡いだ。
「この山模は、わたしが治めるのはもう難しいのです。手に入れたいのなら回りくどい言い方などせず、そうおっしゃって下さい」
相手がこちらに好意を抱いているはずがない。
そんな期待を持たすのはやめてほしいのだ。しかし、そう言うと、長嗣はぽかんと呆けて、やがて大きな声で笑い出した。
「な、なにがおかしいのですか?」
「いや、もう妙な話し方は止めよう。慣れない事をすると恥ずかしくて仕方ない」
いきなり変わったぞんざいな話し方に驚いていると、彼は更に続けた。
「山模はもちろん頂く。だが、お前はもっと欲しい」
「わたしが?」
「山模先代当主とは親しくさせてもらっていた。お前の話もよく聞き、何度か見かけたし、お前の人となりも聞いた。俺はお前を好いている」
ぶっきらぼうな調子で好意を表す彼に、志乃は固まってしまう。
つまり、好きだから嫁に来いと、そういう話か。
「わたしなんて特別きれいなわけもなく、あるのはこの山模だけ。そんなわたしが好きだと? 山模抜きでも?」
「たとえ山模の領主の娘ではなく、普通の町娘でも、お前ならどんな身分だろうと気にしない」
話し方を変えただけで、態度も堂々としたものに変わった。
花びらが、ひらひらと待って庭先の池の水面に乗ったのを見て、志乃は温かになっていく気持ちで、柔らかく微笑みながら答えた。
「そんなふうに思ってくれるあなたとなら、幸せになれそうです」