記憶
視線の角度は、そのまま。
擦れの色だけを、見続ける。
擦れの中の薄い膜の濃さ、中ほどの色の集まり方、上下の端の薄い縁を、もう一度、視線で、確かめる。色の家族の中での位置も、同じ視線の角度の中で、見えている。
棚の側面の木目の色、棚板の縁の色、書架の壁の縦の継ぎ目の色。それらは、書架の中の色の家族の、いつもの色のまま、視線の道筋の中に並んでいる。
擦れの色は、そのどれの中にも、入らない。家族の外にある色。
目の中で、色の見え方を、もう一段、深く、止める。
擦れの色の家族の外にあること、書架の中のいつもの色の家族と並べた近さの位置、上下の端の薄さの幅。視線の角度の中で、その色の場所を、もう一度、確かめる。
擦れの中の色は、ただの暗い色ではない。書架の薄い明かりの中で、わずかに、温度のある側へ寄っている。木目の色のような乾いた色でも、棚板の縁の色のような重い色でもない。何かが薄く溶けて、紙の上の濃さのまま、縦に滑り抜けた、その通り道の色。
家族の外にある色を、目の中の記憶の中で、探す。
書架の中の色の家族の外。学園の通路の薄い明かりの中の色の家族の外、寮の廊下の薄い明かりの中の色の家族の外にも、その色は、ない。
目の中の記憶の中に、その色に似た色が、薄く、ある。
その色は、見たことのある色。場所は、まだ、はっきり、判らない。だが、記憶の中で、その色は、別の場所と、薄く、結びついている。
書架の中の色の家族の外、学園の中の色の家族の外、寮の中の色の家族の外。その三つの外にある色を、目の中の記憶の中で、もう一度、確かめる。
はっきりとは、まだ判らない。だが、視線の中の色を、内的に、知っている。
どこかで、見た色だった。
記憶の中の色の場所を、もう一段、絞る。
学園の中の通路ではない。寮の中の廊下でもない。書架の中の他の棚でもない。
学園の建物の中の、もう一段、奥の場所。寮の建物の中の、もう一段、奥の場所。
自室の場所に、視線が、止まる。
自室の中の、机の上。机の上に、白い紙が、置いたままになっている。
紙の中央に、薄い文字が、縦に並んでいる。
文字の色を、目の中の記憶の中で、もう一度、見る。
縦書きの並びの中で、最初の文字、二つ目の文字、その続きの文字、最後の文字。それぞれの色の濃さは、いつもの位置のまま、揃っている。
文字の色の濃さ、上下の縦書きの並びの中の、それぞれの文字の色の揃い方。中ほどの濃さの集まり方も、目の中の記憶の中で、輪郭のあるまま残っている。文字の縁の最も薄い場所と、文字の中の最も濃い場所の濃度の差も、いつもの位置のまま、見える。
文字の色の家族は、書架の中の色の家族の外にある。学園の通路の色の家族とも、寮の廊下の色の家族とも、別の家族の中に、置かれている。
文字の色の家族と、擦れの色の家族を、目の中の記憶の中で、並べる。
擦れの色の中ほどの濃さの集まり方と、文字の色の中ほどの濃さの集まり方は、近い。上下の端の薄い縁の幅も、近い。色の家族の中での位置も、近い。
文字の中の最も濃い場所の色と、擦れの中ほどの最も濃い場所の色は、目の中の記憶の中で、ほぼ並ぶ。文字の縁の最も薄い場所の色と、擦れの上下の端の最も薄い場所の色も、同じくらい、薄い側に寄っている。
色の濃淡の幅も、近い。一番濃い側から一番薄い側までの広がりが、文字も擦れも、同じくらいの距離。書架の中の他の色の家族では、その距離は、もう一段、短い。擦れと文字は、その距離が、長い側に揃っている。
同じ色とは、まだ、断定できない。視線の中の色と、目の中の記憶の中の色を、並べて重ねる方法は、ない。色の比較は、内的記憶の中だけ。
だが、二つの色の家族は、別の家族の中ではない。
書架の中の色の家族の外にある色を、もう一度、見る。学園の中の色の家族の外にも、寮の廊下の色の家族の外にも、その色は、同じく、ある。その色の家族の中に、擦れの色と、文字の色が、両方とも、入っている。
擦れの色の中ほどの濃さは、文字の色の中ほどの濃さに近い。擦れの色の上下の端の薄さは、文字の縦書きの上下の端の薄さに近い。中ほどの色の集まり方の角度も、近い。
色の濃さの位置、薄さの場所、中ほどの集まり方が、近い側に、並んでいる。色の温度の寄り方も、近い側。乾いた色でも、重い色でもない、薄く溶けた色。その色の家族の中の、近い位置に、両方が、ある。
エルナの上着の白の色の家族、紺の色の家族、袖の手首の縁の白の色の家族を、視線の角度の中で、もう一度、確かめる。どの家族も、擦れの色の家族とも、文字の色の家族とも、別の家族の中に、入っている。
書架の中の他の棚の色の家族も、その別の家族の中に、入っている。
擦れの色の家族と、文字の色の家族だけが、書架の中のどの色の家族とも、エルナの上着のどの色の家族とも、別の家族の中で、薄く、並んでいる。
エルナは、まだ振り返らない。エルナの肩のラインは、いつもの位置のまま。エルナの上着の色は、視線の角度の中で、擦れの色からも、文字の色からも、別の家族の中で、揃っている。
擦れの色は、紙の上の文字の色と、似ていた。




