向こう
視線が、隙間の縁の方向で、止まったまま。
身体を、少しだけ、隙間の方へ、傾ける。足は、動かさない。靴底の位置は、踏み台の前の床の、いつもの位置のまま。腰の角度だけが、わずかに、変わる。視線の角度も、それに合わせて、もう一段、深い側へ、寄る。
棚の脇の通路の薄い明かりの中に、空気の薄い粒が、見える。粒の数は、書架の中のいつもの明かりの中と、同じくらい。粒の大きさは、見える範囲の中で、ほぼ揃っている。
その粒の動きを、もう一度、確かめる。
粒は、ゆっくり、下へ向かって、降りている。降りる速度は、視線の角度の中で、ほぼ一定。降りる向きは、棚の脇の通路の長さの方向と、ほぼ平行。
粒の列の傾きは、棚板の縁の線とも、棚の側面の縦の線とも、ずれていない。床に対して、まっすぐ、下りている。
粒と粒の間隔は、見える範囲の中で、ほぼ揃っている。混み合った場所も、薄くなった場所も、ない。書架の中の空気が、いつもの通りに、ゆっくり、沈んでいる。
視線を、隙間の縁の側へ、寄せる。
隙間の縁の薄い明かりは、棚の脇の通路の薄い明かりよりも、もう一段、暗い。明かりの中の粒は、外の通路の粒よりも、もう一段、薄い。だが、粒の数は、まだ、見える。
隙間の縁の中の粒の動きは、棚の脇の通路の中の粒の動きとは、別の向きを持っていた。
粒は、下へ降りるのではない。横へ、薄く、動いている。横の動きの先は、隙間の中の暗さの方向。
粒は、隙間の縁を越えて、暗さの中へ、ゆっくり、薄く、吸い込まれていく。暗さの中で、粒の輪郭は、見えなくなる。
粒が消える深さは、隙間の縁から、指の半分の幅も入っていない。暗さの濃さは、その深さで、粒を一段で塗りつぶしている。
逆の向きの動きは、ない。隙間の中から外へ、出てくる粒は、視線の角度の中に、見えない。粒が、暗さの中から、湧いて出てくる場面も、ない。流れは、外から内へ、一方向のまま。
棚の脇の通路の薄い明かりの中の粒は、下へ。
隙間の縁の薄い明かりの中の粒は、隙間の中へ。
二つの動きの向きは、同じ書架の薄い明かりの中で、別の角度を持っている。
隙間の中の空気の、向きが、違った。
隙間の縁の手前、棚の脇の通路の床の上の薄い明かりの中も、もう一度、見る。
通路の床の上の粒も、下へ降りるだけではない。粒の一部は、薄く、隙間の方向へ、寄っている。寄っていく速度は、下へ降りる速度よりも、もう一段、遅い。だが、向きは、はっきり、隙間の方向。
棚の脇の通路の入り口の側、書架の間の通路の方向の薄い明かりの中の粒は、下へ降りるだけ。横へ動く粒は、見えない。粒の動きの向きが、棚の脇の通路の途中から、隙間の方向へ、寄り始めている。
寄り始める位置は、踏み台の前の二つの跡の位置の、もう一段、奥寄り。乱れの始まりの位置と、ほぼ揃っている。
寄り始めた粒の角度は、隙間に近づくほど、もう一段、深い。隙間の縁の手前、半歩分の位置で、粒の動きは、ほぼ横向きになる。隙間の縁では、粒の動きの全部が、隙間の方向へ揃っている。
粒の流れの幅は、隙間の縁の方向で、隙間の幅と、ほぼ同じ。隙間の縁から離れた位置の流れの幅は、隙間の幅よりも、もう一段、広い。粒は、扇の先が閉じていくように、隙間の縁へ、寄っている。
空気の流れは、棚の脇の通路の途中から、隙間の中へ向かって、薄く、収束していた。
収束の先は、隙間の中の暗さの中で、見えない。
視線を、書架の入り口の方向へ、戻す。書架の入り口の側の薄い明かりの中の粒の動きは、下へ降りるだけ。横へ寄る動きは、見えない。書架の列の間の薄い明かりの中の粒も、同じだった。
隙間だけが、別の流れを、抱えている。
空気が、その隙間に向かって、薄く、吸い込まれていく。空気が吸い込まれていく先には、空気を受け取る別の場所が、ある。棚の脇の通路の中だけでは、空気は、溜まる場所が、ない。隙間の中の暗さの先に、空気を抜く場所が、なければ、流れは、生まれない。
隙間の縁で消えた粒が、そこで止まっているのではなく、その先へ抜けているからこそ、外の粒も、同じ向きに寄っていく。
書架の中の他の場所の空気は、いつもの向きのまま、降りていた。隙間の縁の側の粒だけが、隙間の方向へ動いている。同じ書架の中で、流れの向きが、二つに分かれている。
エルナは、まだ振り返らない。エルナの足元の床の薄い明かりの中の粒も、下へ降りるだけ。エルナの位置から、隙間までの間の床の上の粒の動きは、隙間に近づくほど、薄く、隙間の方向へ、寄っていた。
エルナの肩のラインの脇の薄い明かりの中の粒も、下降のまま。エルナの位置の空気の流れは、隙間に向かって動いてはいない。
隙間の向こうに、別の場所が、あった。




