EP99 性悪
【従者ジーン】
コーデリア陛下の戴冠式典を執り行う日時も一年後に決まり、仮免チャールズさまも漸く人心地が吐ける様で、エドが淹れた熱い珈琲を久し振りにゆっくりと味わって飲んでいた。
母君の訃報よりも、元飼い主のアルバート5世陛下の崩御を嘆いていたチャールズさま。
俺もチャールズさまのヒステリックな母君は、申し訳ないが苦手だったのだけどね。
レスタード伯爵家では、彼女の視界に入らない様に、俺は極力気配を消していた。
俺はチャールズさまの弟妹って、皆が互いを緩く思い合って居て好きなんだよね。
あーいうのが家族って呼ばれるモノだとしたら、俺もいつかは作りたいって願ってしまって、将来の夢にしているくらいだからなあ。
クランベル伯爵家の家族は仲が悪くないけど、俺達とクランベル伯爵さまとの関係と余り変わらない気がする。
まあ上流階級の人達は感情を表に出すことを、はしたない事だと忌避しているから、レスタード家のようなノリは難しいのかもね。
執事のキース氏によると幼い頃から表情を作るコトを学ぶらしいし。
でも、アルバート5世陛下やコーデリア殿下は、比較的感情が判り易かった。
そんな所が仮免チャールズさまとアルバート5世陛下たちとの相性があった理由かな。
それともアルバート4世陛下とクランベル伯爵から、チャールズさまは賢き忠犬として躾けられてしまっていたからだろうか。
唐突なアルバート5世陛下の業務命令で、仮免チャールズさまは右往左往させられていたが、それでも懐いて仕舞えるのは、忠犬気質だからだろう。
どんなに遠くへ飼い主が棒を投げ飛ばしても、確りと棒を拾って来れるハイスペックぶりを発揮するチャールズさま。
チャールズさまの小器用な口先の才能が勿体ないような?
でも他に使い道も無いから仕方ないような?
チャールズさまは、詐欺師に成るには物欲が無さ過ぎるからね。
金になるのに勿体ない無駄スキルだと思える。
何故かいつもチャールズさまに残念感が漂うのは、ボヤいているワンフレーズが、「陛下のバーカバーカ。」って決まっているからかな。
そう言えば、クランベル伯爵さまが懸念していたカタベル大主教ダリウス・コーパスは、陛下の発案に依ってカタベル大主教職を終身で勤めるように成った。
下手に任を解いて自由を与えると、暇に飽かして何を仕出かすか分からないから、衆目に晒され続ける籠の鳥で居て貰うらしい。
そして信仰篤き人々をカタベル大主教職の傍に配する事に決まった。
俺は彼等の事をカタベル大聖堂ブラザーズと密かに読んでいる。
細かな雑用を熟す助祭や下男をアルバート5世陛下の基金から雇い派遣するという甥っ子のカタベル大主教ダリウス・コーパスへの手厚いフォローな訳だったりする。
決してカタベル大主教ダリウス・コーパスの監視とかではない、、、と、クランベル伯爵さまは嘘くさい笑顔で話されていた、ゴホゴホっ。
案外とエグイ罰を考え出すアルバート5世陛下であった。
余程、クランベル伯爵さまから提出されたルークの被害報告書に腹を立てたのだろう。
国教会を守る為に、カタベル大主教ダリウス・コーパスの罪を明らかにする訳にも行かないし、甥っ子を大主教へ任命したのはアルバート5世陛下でも在るからね。
それで甥っ子ダリウス・コーパスだけを終身てのも身贔屓が過ぎると言われるので、アルバート5世陛下により、此の時からカタベル大主教職は終身制と成った。
今年の3月の事で或る。
カタベル大主教の存在にビビり捲くっていた仮免チャールズさまだが、議会で聖職者議員からカタベル大主教職終身制の報告が為された後、クランベル伯爵さまから「ルーク少年へのお痛が過ぎるカタベル大主教のお仕置き」の説明を聞き、安堵したみたいだった。
「しかしチャールズさま。終身制と言ってもカタベル大主教って62歳ですから、直ぐにお迎えが来そうですよね。」
「いやいや、、、ジーン。憎まれっ子世に憚るの例えが或るだろ?ルークみたいな幼い少年を襲う大悪党は、しつこく長生きするモノだよ。あー、ヤダヤダ。」
チャールズさまは心底嫌そうな声を出し、整った顔を歪めて両の腕を自らの掌で摩擦して寒気を払い、首を竦めていた姿を俺は思い出していた。
そして光陰矢の如しで、後、一週間もすれば今年も終わり新たな年が明ける。
今年は、チャールズさまの母君と元上司(アルバート5世陛下)の弔事が続いた所為も或るが、イラド問題や北カラメル報告や増税案の上に、コーデリア陛下とフランシス殿下との婚約の裏準備などなど、チャールズさまへ就いて動いている俺も相変わらず忙しかった。
フリップ中将が亡くなられてから、自分に残った数少ない友人だと溜息を吐きつつ、チャールズさまが俺にアンリ・オルコット氏の事を語った。
チャールズさまは此の所、トール党寄りの新聞社を経営しているアンリ・オルコット氏と良く会うようになっていた。
アンリ・オルコット氏は、ウィング城からダイヤ島までコーデリア陛下たちの馬車を追い掛けて行き、フランシス殿下とバカンスを過ごした件でチャールズさまを脅迫してきたり、自分が担当から外れた途端に郵便局がパブリック・インテリジェンサー化して他国で稼ぎまくっている事を嘆かれているのチャールズさまを尻目に、そのパブリック・インテリジェンサーと言う名の海外で駐在していた郵便馬車の御者チームを買収したりするユニークなチャールズさまの友人である。
チャールズさま。
それってホントに友人て呼んでいいのか?
「法廷弁護士資格も持っている新聞屋の経営者ってある意味最強な気もするよな、ジーン。」
チャールズさまが忙しい最中アンリ・オルコット氏に会っている理由は、フランシス殿下の印象アップを狙ったさり気ない一言を新聞記事へ紛れ込ませて貰ったり、アベイ・ガーデンで行われているフランシス殿下とコーデリア陛下の恋物語を題材にした演劇の論評を良くしてもらう為で或る。
そして、遥か昔のノルディック王国の歴史を紹介する文章をアンリ・オルコット氏へ依頼して記して貰ったりしている。
如何やらチャールズさまとアンリ・オルコット氏は、クロック・カレッジ時代にノルディック王国の歴史を研究していたらしい。
「あの頃のアンリは純粋だったのに、すっかり銭ゲバに成っちまって。まあ俺も人の事は言えないけどさ。でも人見知りの俺に出来た貴重な友人だし、憎めないよなあ。」
チャールズさまは遠い目をして懐かしそうな声で話していた。
俺からすれば、チャールズさまは全く人見知りしているように見えないが、本人が人見知りと言うのなら、きっとそうなのだろう。
それに同意して呉れるのは、恐らくクランベル伯爵さまぐらいだろうと推測される。
今まで知り合った方々の半数以上はチャールズさまを友人認定していた筈なのだが。
まあ、チャールズさまの美形の基準は筋肉量に比例する、と言う可笑しな思い込みには反論するのを俺も諦めているが、友人カテゴリーの括り方はちょっと違う気もする。
使用人の俺が口を出す問題ではないけどね。
「あっ、でも俺はジーンも友人だと思ってるけどさ。迷惑だろうけども。」
「、、、。」
真っ直ぐに俺の目を潤んだ金色の瞳で捉えてから、チャールズさまは照れたように視線を逸らした。
俺は仮免チャールズさまに、つくづく思うんだよ。
『此の性悪め。』
俺は、背後でエドと従者見習いのライリーが僅かに動いた気配を感じて、きっと後で2人に揶揄われるのだろうなと思ったが、そう悪い気もしていない自分に気が付いて、密かに『チッ』と舌打ちをした。
※※※※※※※※※※
ローゼブル宮殿に或るピアノ・ノビーレの書斎で俺はコーデリア陛下からの話を聴いていた。
コーデリア陛下は、フランシス殿下から贈られる愛の力で頬を薔薇色に染められ、益々愛らしく成長されていた。
来月からコーデリア殿下は戴冠式の準備で、ウエストカタリナ寺院と同じ敷地内に或るウエストカタリナ宮殿へ移られる。
戴冠式典を11月17日のノア・フォート火祭りに成った事で賛否両論あったけども、暦読み官たちの強い推挙で決まった。
コーデリア殿下も、「旧教徒を恐れる祭りを続けるよりも国王の健康を願う祝祭である方が望ましい。」と判断された。
ただでさえノア・フォート人形(藁で作った雑なモノ)を火あぶりにし、焚火を燃やして興奮している所で酒を飲むから、野郎どもの喧嘩が絶えないヒャッハーな祭りだったのだ。
そして俺の妹デイジーも女官としてコーデリア陛下へと就いてウエストカタリナ宮殿へと行く。
コーデリア陛下は確りと王室人事も決め、恙なく『恐らく?凡そ?多分?』執務を熟して居た。
大なり小なり揉め事ってのは起きるモノだし、その為に俺達がいるのだしね。
また逝去されたアルバート5世陛下の死を哀しみ、妻だったアデル皇后陛下はロドニアから、かなり遠い北東に或る王領アシドウィア地方のタイン・パレスで幼いサラ第二王女殿下と共に喪に服される。
アルバート5世陛下の今年7歳に成られるエリザベス第一王女殿下は、グレース公爵夫人達と共に、今は懐かしいコーデリア陛下が住んでいたグリンジット・ハウスへ移られていた。
コーデリア陛下が御子を出産なさるまでは、エリザベス王女殿下が王位継承者第一位で或る。
うん。
宮廷や議会内をややこしくしない為にもコーデリア陛下には、山ほど子供を出産して頂こう。
そして俺は、明確に自分の想いと性癖を理解してから開き直って生きていくコトにした。
ロドニアで暮らして居てもカタベル大主教から何かされるかも?って、恐怖で身を竦ませる必要も無くなったし。
意外にね。
少年期のトラウマって大きいモノなんだよな。
心の奥底へ封印措置して埋めて於いた記憶にいつまで経っても悩まされていたからなあ。
新たな被害者だったルーク少年は、極悪人カタベル大主教から襲われ「飽きたから。」つうて北カラメル植民地へと売られそうになっていたけど、現在クランベル伯爵家でクールビューティな下男として働いている。
カタベル大主教の被害者だったルーク少年のお陰で、俺の精神の安寧が得れたと思うと非常に複雑な気持ちに成るけども、互いに変えられない過去を想い患うより、俺はルーク少年の此れからが幸多きモノと成る様に感謝を込めて応援して行くつもりだ。
まあ国教会や王族の威信の問題があるので、大悪党のカタベル大主教ダリウス・コーパスの性悪ぶりは、秘される事と成ったけども。
そして実効性は少ないだろうけど、各教区に或る捨て子院で保護された者達を強制的に、国外へ販売したら駄目、って法案が通った。
大きな教会が或る港町に救貧院や捨て子院が設けられているのだけど、区域を管理している地主や事業者や商店主たちへ治安判事達が決めた救貧税とかを各地区の国教会で徴取して貰ってるけども、余り集まらないから、何処もジリ貧なんだよね。
各自治体の治安判事の元へ、救貧税に対してのクレームも来るし。
つうか問題解決の為に、治安判事が商人へ売ってたりしていたからなあ。
ロドニアの中心部は割かし寄付も集まるし、クランベル伯爵家の様に貴族としての義務で捨て子院を創設されたりしている地区も或るから、他の市街よりもマシだと思う。
「捨て子院は国で作るべきだ」と言う議員も居るけども、フシダラな人間たちの後始末を税金でするなんて飛んでもない、って意見の選挙民が大半だったりする。
コーデリア陛下も国で捨て子院を作ろうとしたけど、試算された予算金額と継続的に支払う費用の多さに「ぐぬぬっ。」と小さく丸いピンクの唇を噛み締めていた。
それにロドニアの場合は、救貧所で収容されている人数が半端ないので、余計に難しい。
寡婦や老人、病人が多いので帆船へ乗せて植民地へ運ぶ訳にも行かないしな。
とても子供にまで手(金)を回せない状況だったりする。
「そうだわ、チャーリー。私は戴冠式に国の呼び方を変えることにしました。」
「えーと、フランシス殿下のアイデアですか?コーデリア陛下。」
「えっ、ええ。まあ。少しだけフランシス様から。ホントに少しだけよ?チャーリー。」
「はい。それで?」
そういや昔、アルバート4世陛下から暦を変えたいとか魂消た相談をされた事があるなあー、と俺は思いつつ、フランシス殿下の影響を頑張って否定しているコーデリア陛下を微笑ましく想い眺めた。
「フランクが言うには、現在ブレイス帝国と併合されているの国はエールスとクローバーだけで、ノーヴァ公国はカタベル大主教の兄君の嫡男であるフレデリック・ルート公が君主と成ったでしょう?
神聖ロマン皇帝選帝侯国は、男子にしか継承権が無いから、女の私ではノーヴァ公国との同君連合を継続出来なかった。それにノルディック王国はチャーリーも知っての通り独立したでしょう?」
「ええ、そうですね。コーデリア陛下。」
「此れを帝国と呼んでも良いのかしら?チャーリーは如何思う?」
「うーん。そうですね。実際ヨーアン諸国からは帝国とは思われていませんし、呼ばれていませんね。かなり強引にノルディック王国を押えた時、ブレイス帝国と名称を変えましたから。国教徒で或るブレイスには業腹でしょうが、帝国や王国・大公国と承認されるにはロマン教皇の許しが必要ですしね。」
「ええ、アルバート4世伯父さまは実質的な帝国にしたいと仰ってましたモノね。でも私は王国に戻したいと思っているのです。」
「そうですか。ブレイス王国へ戻す事を反対する方は、少ないと思います。但し、懸念事項はフランシス殿下のアイデアだ、と言うことでしょうか?コーデリア陛下。」
「はあ、失敗しました。チャーリーにフランクのアドバイスだとバレないようにする心算だったのに。でもチャーリーに誤解して欲しくないのは、フランクがノルディック王国側の意見で私にアドバイスした訳では無い事なの。フロラル王国で育って来られて、強国フロラルですら王国としてプライドを保っているのだから、ブレイスも実情に合わせた方が良いのでは?と話して呉れたのよ。」
「まあ、俺はフランシス殿下がそんな事を考えているとは思っていませんけど、一応は念の為ですよ。でもコーデリア陛下、そう思う人間が出て来るでしょうから、施策に関してはフランシス殿下のアイデアだと言わない方が宜しいかと。コーデリア陛下もフランシス殿下に対して周囲から無用な疑念を持たれたく無いでしょう?」
「ええ。だからチャーリーからのアドバイスってコトにするわ。よろしくね?チャーリー。」
「ええー!!クランベル伯爵か枢密院議長へ相談してからにして下さいよ。コーデリア陛下。」
「ふふっ。判ってますよ、チャーリー。それとチャーリーにお願いが或るの?」
「コーデリア殿下は、未だ何か企まれているんですか?」
「そうよ。、、、あのね、チャーリーは、ずっと私の近くで支えて欲しいの。アルバート5世伯父さまも私にずっと言い聞かせて呉れていたの。なんでもチャーリーに相談しなさいって。チャーリーは信頼に値する臣下だからと。だからチャーリーは私の傍に居ると約束して欲しいの。」
淡いアクアブル―の瞳を向けて、コーデリア陛下は真剣な表情でじっと俺を見つめていた。
俺は、、、。
まあ実際俺は、、、こうなる運命だったのだろうと、少し不安を覗かせて幼かった頃の表情をする青い瞳のちっこいコーデリア陛下を見た。
アルバート4世陛下からは、コーデリア陛下の婚姻相手を見つけて欲しいと頼まれて、
アルバート5世陛下からは、「くれぐれも儂の代わりにコーデリアを頼む。」と懇願され続け、
クランベル伯爵は、強いてなにも言わないけども、俺がコーデリア陛下の助けに成る事を期待されている。
そして、俺はクランベル伯爵の傍を離れたくなかった事を自覚しちまった。
そのクランベル伯爵は王家を守るために生きている。
もうさ、俺はコーデリア陛下の傍で仕えて行くしかないじゃん。
選択の余地なんて無いよ。
俺は覚悟を決めて改めてコーデリア陛下を見つめ直した。
何処かでフリップが苦笑している気がした。
「はい。コーデリア陛下。」
其れを聞いたコーデリア陛下は、花が綻んだような艶やかな笑みを俺へと向けた。
アデュー、俺の夢見た北カラメルの大地よ。
俺は、此のロドニアでレスタード伯爵として、生きて行く決心をした。