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EP98 弔鐘




【クランベル伯爵】





 ウエストカタリナ宮殿に或る深緑に彩色された寝所で、寝台に横たわる陛下の傍に侍医たち、周囲にはコーデリア殿下とカタベル大主教と彼の補佐もしている司祭、少し離れてレベット首相や陛下の友人でも或るハークリー枢密卿、レンフィール外務卿、アデル皇后と娘のエリザベス王女殿下、そして私が最期の別れを告げた。



 暫くすると、アルバート5世陛下の崩御を知らせるウエストカタリナ教会の鐘が鉛色の空の下で、ロドニアの街に響いた。






 陛下はコーデリア殿下の婚約式が終わった頃には、視力を失い、足にも浮腫が現れ歩けなくなり、侍医の話によると内臓の方も蜜香病の毒に冒され、鎮痛効果の高いイラドで採れる薬草の抽出液に頼り、執務の方は摂政と成ったコーデリア殿下に任されていた。



 弔鐘を聴きながら私は、63歳で皇帝として戴冠され、6年間の年月を陛下は重責に耐え努められたと深く感謝し、哀悼の意を捧げた。






 アルバート5世陛下がいらっしゃらなければ、アルバート4世が亡くなられた後に誇大妄想に囚われていたギボンズにノイザン公爵夫人は操られ、コーデリア殿下の摂政そして宰相となっていた事だろう。

 ギボンズが夢想していた通りに。



 ギボンズたちと権利意識の強い議会との軋轢は必至。



 議員達からギボンズは排除される事に成るだろうが、混乱した国政に摂政を置くことに成った王政などは不要だ、と多くの臣民から判断されてしまえば、クローム将軍の頃よりは流血が少ないと思うが、ブレイス帝国は共和政へと移行してしまうだろう。


 ミドル層から出て来た知識階級の者たちの共和政に対する憧憬が、今ですら胎動しているのを感じられるのに。



 当然、その混乱を他国が見逃す筈も無くブレイス帝国は惨憺たる国へと成ったと考えられる。

 そう思うと、私は静かに眠られているアルバート5世陛下へ畏敬の念が改めて沸き起こってくる。



 アルバート5世陛下は、将来にコーデリア殿下が皇位を継承された時、少しでも治政が行い易い様にと腐心されていた。


 私をコーデリア殿下の傍に付けるため、彼是(あれこれ)と理由を付けて自らの傍にチャーリーを置き、そして与党が変わってチャーリーをコーデリア殿下付きとした。

 何か問題が起きれば、私がチャーリーを助ける為に動いてしまう事を、迂闊な私の言葉で陛下に悟られてしまった。


 近衛兵を一部入れ替えると話す陛下に、チャーリーの友人であるフリップ・ピバート中将を私が推挙し、その後の陛下襲撃事件で殉職した事を知り、歎き哀しむチャーリーを想い私は焦って近衛に推挙した件の口止めを陛下へ頼んだことで、思わず察せられてしまったのだ。


 どうも私はチャーリーの事に成ると我を忘れてしまう傾向に或るようだ。



 アルバート5世陛下は、王侯貴族としては珍しく自分の想いを素直に表へ出される方だったので、私も油断してしまっていたと言うのも或るが。




 それにしても陛下には、アルバート4世の夢の後始末ばかりを背負って貰ってしまった。


 陛下は、国王の自分やコーデリア殿下の宮殿での側近を与党政府が決める事への危機感を覚え、アルバート4世が倒れられた頃、約2千万ポンド近く残って居た負債を国王襲撃事件前までに約100万ポンドにし、父親であるアルバート3世が議会に預けていた王室歳出入費の権限を取り戻し、王室家政と王室文民の人事権を返却させた。


 勿論、商才などに長けていたチャーリーの手腕がとても大きかったが。

 それとオルコット金融商会に肩代わりしてもらっている負債も含めて。



 陛下は、公式な晩餐会やパーティーは催されたが、王室主催のパーティー等は開かず済まされた所為で、上流階級のモノたちや商工会のミドルクラスのモノたちにも評判が芳しくなかった。

 その代わり、ウエスト・カタリナ宮殿の1階の大広間やポール・ルームなどは、議会へと貸し出す許可を与えていた。


 王室が主催すると一回で1万ポンド以上の費用が掛かるのを抑える為なのだが、ウエストカタリナ宮殿で消費される支出で成り立っていた商工ギルドのモノ達から仕事を奪わないでくれ、と言う請願が出された故の対策である。


 私はアルバート4世が居られたウィンダム・ハウスでは体調を崩される迄、ウエストカタリナ宮殿より小規模であったが連日パーティーを催されていた事を思い出していた。



 アルバート4世の頃は気にしなかったが、陛下とチャーリーが王室支払長官を呼び支出の説明をさせていたので、私も意識するようになってしまった。

 執事のキースからは、「そう言う事は私共が考えますので」と、クランベル家当主らしからぬ私の発言を嗜めた。



 だが、夢を追っていたアルバート4世のお陰で王室御料地からの収入だけでなく、多くのロドニアや保養地からのロイヤル・エステートの収入も得れる様にも成っていた。


 アルバート4世は、自称では無くオーニアス=神聖ロマン帝国やエスニア帝国も認める本当の意味での帝国を作りたかったのだ。


 しかしブレイスは、神聖ロマン帝国からの選帝侯の立場を維持していたがロイセン王国や3つのサクセス公国、そして我がブレイスと同君連合で或るノーヴァ公国など旧教を脱し、新教徒王国として旧教徒支配域から独立していて、ロマン帝国と言う枠組みから外れていた。


 未だロマン教皇の権威は強いが、各国王へ婚姻や継承権に対して、マックス8世の頃のような口出しは出来なくなっている。

 今更、ロマン教皇から帝国だとヨーアン諸国へ回告を出して貰う意義を見出せない。

 第一にブレイスに対してロマン教皇が帝国として認める筈も無い。


 私は幾度かアルバート4世の建築熱を冷まさせるため、そう話してみたのだが彼の確固とした美意識は、揺らぐことが無かった。


 アーリア圏文化の建築様式は、今一つアルバート4世の美意識に賛同出来なかったが、彼のイメージしたヨーアン文化の美術・建築様式は、私も深く感銘を受けた。

 私と同じようにアルバート4世が作り出したモノからインスピレーションを得て、新たな芸術や建築物が出来て、ヨーアン諸国から受け入れるばかりだった文化がブレイス文化として輸出されるように成ったのは喜ばしい限りだ。


 

 アルバート5世陛下に足りないモノがあるとすれば、目に見える新たな文化を生み出す機会が減った事くらいだろうか。



 しかし陛下は繋ぎである事を自覚しつつ、出来るだけコーデリア殿下にフリーハンドで歩める道を整備していた生真面目で堅実な方であった。


 その事の偉大さをコーデリア殿下が実感出来るまで、私が生きて居られたらチャーリーと過ごす時間を減らして迄も動いた甲斐が或るのだが。




 そして、アルバート4世も陛下も立場故、心から愛する人とは婚姻が出来なかった。


 だからアルバート4世は、幼かったコーデリア殿下のチャーリーへの恋心が本気に成る前にチャーリーを婚姻させ、少々乱暴な方法で諦めさせた。

 アルバート4世は、誰にもメイ・フェアード様を魂の伴侶として認められず祝福されない事の苦しみを知っていたから。


 陛下も皇位継承第一位に決まってから20年余り連れ添った方と別れなければ成らなかった。

 あの方と婚姻したくとも、直系男子の王族として内縁関係で堪えられて、兄であるアルバート4世に跡継ぎが産まれる事を心待ちに為さっていたのに。


 だからノルディック王国のフランシス殿下へコーデリア殿下が好意を示された事を知ると、陛下は全力で後押しをされたのだ。


 あの頃、既に陛下は衰弱されていたのに、残った力を振り絞り貴族院の方々へ2人の事を頼まれていた。



 アルバート4世も陛下も愛する方と共に、復活の日まで永遠(ながい)の眠りに就きたかったが、王家の墓所へ彼女たちが収められる事は無い。


 その哀しみをコーデリア殿下に味合わせたくなかったのだ。

 陛下は、コーデリア殿下が好意を持った相手が王族であった事を、心底喜ばれていた。

 陛下の両親で或るアルバート3世・皇后陛下の様に隣で眠れることの幸いを語り、少し寂し気な笑みを浮かべて私へ自身の切った髪を渡し、あの方が逝かれた時は棺へ入れて欲しいと私へと頼まれたのだった。




 アルバート4世も陛下も、とても愛情深い方であった。


 我ら貴族の者たちの方が役割として婚姻するという事をドライに考えていると言うのに。



 私も復活の日まで永遠(ながき)の眠りにつくなら、チャーリーが傍に居て欲しいモノだ。

 私は、『無理で或るな』、と思いながらも、遺言としてチャーリーへ頼んで居れば、彼の事だからなんとか私の希望を叶えようとしてくれるのではないか、と微かな期待をしてしまう。


 『甘いだろうか。』




 

 陛下とは様々な事を決めて来たが、コーデリア殿下の婚姻とカタベル大主教との事とコーデリア殿下に託された思いの他に、陛下の資金を投じて作ったモノが或る。


 未だポータス軍港と軍港の見える丘陵にしか無いのだが、軍港の敷地内へ海兵の診療基金を作り、丘陵には軍艦で亡くなった水夫達の名を刻んだ石碑を置くメモリアル・パークを作った。


 陛下が若い頃から、身内に恵まれない水夫たちの事が気になって居た事らしく、海で水葬にした者たちの名を石碑に刻み残す事にした。

 またブレイス帝国の為に戦闘で怪我などをした水兵たちの治療の援助を基金で手助けしようとした。


 他にも自分がアドミラル時代に巡った北カラメルやイラド諸島などの植民地で貧しくても優秀な子弟が学べる場の創設基金も作った。

 此れのシステムとマニュアル作成も陛下からチャーリーへと任されていた。




 陛下は、兄のアルバート4世から王権強化を遺言で頼まれていたが、私は心情的には庶民的な啓蒙思想へ向いていたように思えた。

 12~13歳から帆船に乗り、水兵や下士官たちとの付き合いが長かったからかも知れないが。

 陛下自身も仰っていたが、宮殿で社交を学ぶ前に船で喧嘩の仕方を学んだそうなので、私達とは違うモノを見て成長されたのだろう。






 武骨な軍人の侭で逝かれた陛下。

 

 陛下の名を冠した威風漂う戦艦が、青く広い海原を風を切り勢いよく走る姿が私の脳裏を過った。




 弔鐘の残響が私の耳に残った。













       ※※※※※※※※※※








 俺は、曇天の空模様をローゼブル宮殿の窓から見上げていると、耳の奥に残って居たアルバート5世陛下への弔鐘の音が蘇って来た。




 不思議なモノで我が家の近くに或るハーマー教会で、母さんを弔って貰った時には出なかった涙が、こうして俺の瞳を滲ませる。









 俺達は、華龍帝国の高州で眠る母さんの肉体の代わりに、部屋に在ったスロン製の小さなダイヤのネックレスと聖書を棺に入れ、途方も無い金額を教会へ支払い、墓地で父さんの隣に棺を置いて貰った。


 多忙を言い訳に、慌しく弔いをしてしまった俺の不手際を父さんから叱られそうだ。

 フリップやエルザは「仕方ないな。」と苦笑いをしてそうだけども。



 そう言えば、てっきりデイジーは「勿体ない。」と言ってダイヤのネックレスを棺へ入れる事に反対すると思ったのだけども、母さんが良く身に着けていたダイヤのネックレスに静かに触れているだけだった。


 流石にデイジーでも、父さんから貰った母さんのお気に入りのネックレスを取り込む気には、成らなかったのかも知れない。

 母さんの部屋に或る他の装飾品などは、改めて見定めに戻ると話していたけどさ。


 俺は勿論の事だけど、ケビン達3人も強いて憂う事もなく淡々とハーマー教会で葬儀を済ませて、家路に着いた。



 ケビンやデイジーたアランと葬儀の前に話したけど、母さんに息苦しさと罪悪感を覚えて居たのは、俺だけじゃなかったみたいだ。


 ホント、父さん、母さん。

 親不孝な子供達で御免。








 鮮やかな色どりの秋が終わる頃には、アルバート5世陛下の別れの時を身近にいた者は覚悟していた。


 そして、ローゼブル宮殿の執務室で過ごして居ると、慌しくコーデリア殿下へウエストカタリナ宮殿から迎えが来た。

 慌しく立ち去ったコーデリア殿下を見送り、俺はジーンと共に着替えの為、部屋へと戻って行った。





 

 やがてウエストカタリナ寺院から、アルバート5世陛下の旅立ちを知らせる重く物悲しい弔鐘が鳴り響き出すと、ローゼブル宮殿にいるもの達は即位式の準備へと動き始めた。



 本来なら葬儀を済ませた後で、戴冠式を終えカタベル大主教たちの前で宣誓して皇帝に成られるのだが、コーデリア殿下はアルバート5世陛下の即位式を正式なモノにして置きたいと仰って、戴冠の儀を一度ブッチして即位式だけしたのを見習ったのだ。


 でも、あの時は内乱状態でも在ったし、「戴冠式など時間の無駄だ。」つって外交の事も在ったしで、取り敢えず玉座の間でアルバート5世陛下が座せる形式を取りたかっただけだしな。


 宮内大臣たちや儀仗官や儀仗隊も、まさかあの即位式だけで済ませるとか思って居なかったから、アルバート5世陛下が本気で戴冠式をヤル気がない事を知って大騒ぎしていた。

 その後、なんとか説得してアルバート5世陛下に戴冠の儀を行って貰ったんだけどね。



 コーデリア殿下は、「此れからブレイス帝国は戴冠式の前に即位式をする事にします。」って、貴族院で宣言しちゃったのだよね。


 まあ、コーデリア殿下から此のコトの相談をされて、「コーデリア殿下の遣りたい儘に。」って、俺は答えたんだけどな。



 「伯父さまの為さったコトをとんでもない失態だったと思わ続けたく無いの。だから私も行う事によって正しい遣り方であったと肯定させたいの。どう思う?チャーリー。」


 俺は、あの陛下がそんな事を気にするとは思えなかったけど、コーデリア殿下が公に発して臣下を動かす第一歩のテストケースとして丁度いいかなと思ったり。

 面倒を掛けるのは、宮内と宮廷に勤める官僚達と議員や士官たち位だし、まあアルバート5世陛下みたいに戴冠式をキャンセルするって訳でも無いしね。



 つう訳で、コーデリア殿下は、さっくり貴族議員達や庶民議員達の前で即位式を遣り、アルバート5世陛下の葬儀を厳かに執り行った。



 「陛下の逝去に伴い総選挙を遣るべきだ」とか騒いでいる議員も居たけども、以前の選挙から未だ2年も経って無いってのに、予算的にも無駄過ぎると言う事で、2名の亡くなられた議員の補欠選挙で済ませる事にした。





 執務室に飾られた大きな置時計が14時を告げた。


 『さて、もう直ぐコーデリア陛下がいらっしゃる頃だ。』


 俺はワーキングデスクに置かれた書類を確認し、姿勢を正してコーデリア陛下の訪れを待った。




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