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EP97 汚れちまった哀しみで





 イラド経由で、華龍帝国から高州≪花州≫からウィルソン・カステル議員とニューラン牧師からの待ちに待った2度目の報告が、3年ぶりにウエストカタリナ宮殿に或る議会堂へ東インド会社の職員に寄って齎された。

 母さんとカステル議員がロドニアを旅立たれてから、実に6年ぶりだ。


 俺は、妹のエルザが亡くなった報せを東アーリアへ行く商船へ頼み、その時は5年ぶりカステル議員からの返事が届いた。

 合間に停泊港や係留地の島々などをブレイスへ帰港する商船へ預けられた向こうの報告は受けてたけど、ブルーインクで認められたカステル議員の手紙には、俺達家族達にお悔やみの言葉を綴り、母へエルザの死を伝えれていない事の詫びも書かれていた。



 ブレイスから、片道2年~3年掛かる高州までの船旅を母達が無事に辿り着けた事を知れ、心配していた俺は喜んだものだ。


 幾度かウィルソン・カステル議員から、交易交渉の進捗状況を知らせる商船からの報告書は、陛下や議会へ届いていたけど中々に果々しいモノが無かった。


 しかし、今回やっと正式に高州での茶などの交易取引で、ブレイス東インド会社との独占契約が結ばれたようだ。

 正式な契約を結ぶ為、政府は商務担当官たちを含めた新たな外商条約を取り交わすメンバーを選び、政府はコーデリア殿下を含めて条約内容の擦り合わせを行っていた。



 ブレイス産の羊毛やシルクの布地などでは、今回も茶などの交易品の対価には成らず、カステル議員達の粘りで、支払いは銀だけどもブレイス東イラド会社に、茶の専売権は得る事が出来た。

 その報告を得て、ロドニア市に或る旧市街の金融商人たちは色めき立ったのは言うまでもない。



 一先ず、高州での取引国はブレイス帝国の東イラド会社のみとなった。



 でも確かランダル王国は、華龍帝国近海に或る別の島国で、昔から茶葉や銀、珍しい絹製品の交易を火薬や武器などを支払い、フロラルやエスニアなどの国々へ売って儲けていた気がする。

 ブレイスの東イラド会社も其の島国で交易しようとしたけど、ランダルの東イラド会社の罠に掛かって、其の島国とは交易禁止になって追い払われたのだった。




 

 ウィリアム・カステル議員は、華龍帝国との交渉が中々に上手く進まないコトで、議員の辞任届を俺への手紙と共に陛下と議会へ前回送って来ていたのだけども、ブレイス帝国の議員と言う公の立場で居た方が他の国々よりも重要視されるだろうと陛下達は判断し、辞任届は却下された。


 得てして辞めたい時に、辞められないモノなのだよな。


 俺は自分の過去を思い出し、遠い目でウエストカタリナ宮殿のクランベル伯爵の部屋に飾られた淡い桃色と白の薔薇の花たちを眺めた。






 現在、茶税は110%以上課されているので売れないと思いきや、金持ちの多いブレイス帝国では、それすらもステイタス・シンボルと見做されて輸入すればするだけ売れてしまう、と言う税収の宝庫と成って仕舞っていた。

 勿論珈琲豆も。

 現在、品質や産地にもよるけども平均1ポンド(約452g)=約20シリング前後だった。


 つうか、茶葉が足りないから東イラド会社や輸入会社へもっと仕入れろ、とエロい人達から矢の催促をされている状況。


 しかし、東イラド会社へ華龍帝国の独占専売権を貰って来たから、ウィリアム・カステル議員は他の貿易会社には恨まれそうだ。

 商人なんて基本は海賊と一緒だから、ウィリアム・カステル議員が襲われなきゃ良いけどって、俺は母さんのコトも考えて心配しちまった。

 でもよく考えたら、ニューラン牧師やウィリアム・カステル議員には護衛が就いてたよ。


 まあ、俺にすらコーデリア殿下とクランベル伯爵から寄こされた護衛が就いて居るのだから、親族が莫大な資産家で或るカステル議員に、護衛が就かない訳などないよな。



 ニューラン牧師やカステル議員の2人ともクリイム教布教の為、華龍帝国語や歴史、しきたり等も学んでいたので、東イラド会社の職員から通訳を頼まれたりもしているようだった。


 そういや母について行った侍女のサンドラも華龍帝国の日常会話を学んでいる、とカステル議員からの前の手紙で書いてあったなあ。

 サンドラも結構いい歳なのに、母へ就いて見知らぬ土地まで行って呉れたのには、感謝しかない。

 サンドラは、確かカステル議員と同じ歳で、52才だった気がする。


 50代でも未だ未だ向学心旺盛なサンドラに、俺は尊敬の念を抱いた。


 母さんもカステル議員からエルザの死を打ち明けられても、信仰の助けに寄り立ち直って呉れたならニューラン牧師やカステル議員について行き、熱心にクリイム教の伝道に励むる事だろう。


 父さんに負けず劣らず強い信仰心を持った人だから。



 まあ俺には、ちょっとついていけない熱いパッションで、思わず引いてしまう密度の詰った信仰心だけども。

 彼等のような人達が、或いは奇跡を起こしてしまうのかも知れないなあ。

 布教に懸命な彼等だから、信仰的な覚醒を得れてしまえるのかもね。




 クランベル伯爵への(よこしま)な想いで精神的にも汚れちまった俺には無理な話だよな。






 カステル議員から送られた以前の手紙で、俺や他の議員メンバーへばかりにウルダ人奴隷貿易廃止法案を任せっぱなしで或る事を詫びられて居たけど、俺の力不足で全く進展が無くて此方が却って申し訳なくなる。



 良い話なのか判断に困るけど、ブレイスから西プリメラ、イラド諸島、北カラメル大陸を結ぶ航路で、船の事故も意外に多く事故った時、船に積まれたウルダ人奴隷たちの所有者へ保険の保証が降りる様に成った。

 ウルダ人奴隷は所有者の物として。


 友人アンリの父親が遣ってるオルコット船舶保険組合も、ドイル船舶保険株式会社も、新たな保険商品として売り出しちゃったよ。

 全く俺には嫌な話だ。


 北カラメル大陸の北部に或る4州の植民地以外では、労働力不足を補う為、農場や鉱山などの肉体労働に従事させるウルダ人奴隷たちを欲しがる人の数は増えていた。

 てな訳で、価値は上がっている。




 北カラメル植民地13州で、現在ウルダ人奴隷を受け入れて無いのは、フロラルのカステラ植民地国境と隣接しているか所と近くに或る4州であった。


 初めに16世紀頃のジャスティン1世時代、北カラメル大陸に入植して来た純教徒達が住むニューブレイス植民地。

 そして17世紀に入って純教徒達と同じ様に国王へ忠誠を誓えず、ブレイス帝国を出て行ったクエーカーの人達が住むシルベニア植民地。


 まあニューブレイス州やシルベニア州に住む人達は、自分達の信仰に反しているので、現在は奴隷制自体へ反対していた。

 俺に取っては、有難いピュアな方々だけども。

 自分達の信じる新教のクリイム教国を作りたいと言う、信仰に置いて妥協を許さない厳しい人達だったりもする。


 純教徒たちには、何か他にも新たな会派も出来ていて俺には判別不能。


 クエーカー教徒のシルベニア州くらいでは無かろうか?

 信仰が違っても、互いに話し合って共存しようとか言っているのは。



 それでも、ウルダ人の奴隷貿易が始まった当初は両州も人手不足で購入したらしいのだけども、値段分の年期奉公が終わると解放奴隷として暮らし、お金が溜まれば土地を買う事も出来た。

 そう言う政策を取っていたので、自分達家族の子供達が大きく成り、手も足りて来ると自然と拒否反応の合った奴隷貿易から手を引いた。


 現在は、極僅かな解放されたウルダ人しか暮らして居ない。



 領主植民地シルベニア州へは、他で排除された信仰グループがヨーアン諸国からも集まって来て、人口は増えている。


 




 そして、領主植民地ノバポルテは、ブレイス帝国から旧教徒で或る事を理由に虐げら、逃れて来たクローバー民が住んでいる。


 ノバポルテ州の北東に或るノルディアランド自治領植民地は、ブレイス王国からギルバート2世が亡命した頃に逃れて来たノルディック民たちが住んでいる。



 ノバポルテ領主植民地とノルディアランド自治領植民地は、折角ブレイスの圧政から逃れて新たな地で暮らしているのに、他の人種を入れて揉めたくないと考えてウルダ人奴隷を受け入れていない。

 それにノバポルテへ移って来たクローバー民は10万人以上居るし、此れから未だ増えそうだしね。


 ノルディアランド州では、カルメラ原住民達やフロラル系の人達と暮らして居て、現状で労働人口は何とか成っているっぽい。

 


 ウルダ人奴隷の値段も上がっていて、まあ保険が出来る位なので、所有者の資産の1つには成っている。


 ラム酒やブランデー等の樽酒、マスケット銃、木綿織物、貝幣金8オンスなど等でウルダ人1人と交換。

 ブレイスでの通貨に直すと64年の今は約35ポンドくらいかな。

 女性奴隷は、もう少し安い。


 1ポンド=銀120gで庶民の年収が約30~60ポンド位なのだけども。


 奴隷商人達は、ウルダ人奴隷の子供を産ませて、資産を増やす事を考えたらしい。



 

 なんかさ、クリイム教が富を蓄財する事を禁じていたのが分かるわ。



 人は神と富の二つのモノを奉じる事は出来ない。

 神を頂く者は幸いである。


 てな言葉で始まる旧教の聖書を思い出した。


 クリイム教って、マジでシツコイくらいに富への欲望を禁じているからなー。

 その所為で貴族や聖職者は、商人や金貸しを下賤なモノ達として見る様に成っていたけども、宗教改革が起こり新教が出来てからは、蓄財も商行為も赦されてヨーアン大陸の方では、貴族よりも資産有る商人や金融屋が現れる始末。


 今でも其の名残で貴族はプライドを持って自ら労働はしないけどね。

 議員や治安判事を遣るのも飽く迄も対価が発生しないボランティアだからなあ。

 モテる者の義務とかナンチャラ。



 ちゃっかり政策で利益誘導をしているけども、大人は見ない振りをするモノなのだ。



 ブレイスだと嫡男男子一括相続のお陰でヨーアン大陸の貴族たちと違い、未だ大領を持つ貴族の方が商人よりも資産家であるけどね。




 クリイム教を初期に広げた人たちには、人の富に対する欲求が際限ない事を体験して知っていたのかも知れないな。


 俺が、カタベル大主教から碌でも無い目に遭っても信仰を捨て切れないのは、聖書の教えには納得出来るモノが多いし、ブレイス国教会の方が新教徒の教えよりも旧教よりで未だ納得出来るモノだからだ。


 今はブレイス国教会も可成り新教寄りへ変容しているけども。




 我ら人類の原罪を背負い、贖う為に血を流されたクリイムさま。


 故に、罪を告白し真摯に祈れば、赦されると説く旧教。


 此れ一枚あれば罪が一個赦されると、ロマン教皇が発行していた赦免状の値段が適正であれば、新教が作られるのも、もう少し先へ伸びていたかもしれない。

 懺悔をする祈りの時間短縮に、役立つ便利グッズだとは思うけども。



 無謬の神は、予め赦される魂を選んでいる為、懺悔や赦免状など意味がない。

 現世で富が蓄えれているのは、自分の魂が既に救われている証左だから、赦されている魂の自分は神の与えて下さった天職を頑張るぞ、って粛々と働いていく新教徒の皆さん。


 その考えが最も先鋭化しているのが純教徒たち。



 旧教の赦免状は兎も角も、ウルダ人奴隷貿易などで稼いでる様を見聞して居ると、物欲と言うか資産増産欲求のエゲツ無さに、世も末と俺はザワリと鳥肌が立ってしまう。


 確かに奴隷貿易を遣っているのは、ブレイス帝国だけでなく旧教徒国も新教徒国も競い合うような商売をしているけども、でもまあ貴族議員を増やすという裏技まで使ってウルダ人奴隷貿易法を通したのは、我がブレイス帝国議会だと思うと遣り切れなくなる。




 俺は、父さんが亡くなるまで精魂を傾けていたウルダ人奴隷貿易廃止法案が、手詰まりになって仕舞って、クリイム教の是々非々まで遂、考えてしまう羽目に陥った。




 クランベル家の使用人から、出されていた冷めた珈琲へ俺は口を付けて、ウエストカタリナ宮殿へ呼び出した問題の(ぬし)を待っていた。

 陛下からの呼び出しって成って居たけど、呼び出し先はウエストカタリナ宮殿のクランベル伯爵の部屋だったので、問題の主はクランベル伯爵だろう。



 俺は気を取り直して背筋を伸ばして居ると、沈痛な面持ちでクランベル伯爵が従者のアールと補佐のヒューイと共に入室し、俺の座るソファーの隣へと腰を下ろした。


 普段クランベル伯爵は、明るい翠の瞳をしているのに、今日は僅かに顔を伏せている所為か、深い翠色の瞳を陰らして、俺へと巻き直された手紙を渡した。


 俺は緊張した侭、クランベル伯爵から渡された手紙へと視線を走らせた。



 色々と書かれていたが、カステル議員が機会を見付け姉エルザの死を母さんに告げると其のまま伏してしまい、3年前に母さんは呼吸器不全で亡くなったそうだ。


 母さんに就いていたサンドラは1人で帰国するのも心細いので、此方からの外商官たちが高州へ着いたら、ウィリアム・カステル議員達と共に帰国するそうだ。





 最期、母さんは安らかな表情で永き眠りに着かれた、と濃いブルー・インクで綴られていた。





 結局、俺は父さんにも母さんにも、生きている間に親孝行をして上げられなかった。

 特に俺は母さんを怒らせてばかりで、ホント駄目な息子だった。

 オマケに、俺は母さんが居ない間に離婚はするし、大恩人で或るクランベル伯爵を好きだってコトに気付いて仕舞うし、、、。


 


 母さんがいつも言っていた様に、俺は救われない咎人(とがびと)へ成っちまったみたいだよ。


 案外と、父さんは俺の件で愛する母さんを此れ以上悲しませない様、美しいと言われている天原の庭へと迎えに来たのかも知れないな。





 母さんの死の報せに俺は涙も流せず、クランベル伯爵へ気遣って貰った礼を告げ、用意されていた馬車でジーンと共に、ウエストカタリナ宮殿から実家が或るハーマー通りへと向かわせた。



 鮮やかな緑に萌えるプラタナスの街路樹を俺は箱馬車の窓から眺めていた。



 父さんが亡くなってから母さんは、俺と顔を会わせる度、いつも怒っていた。

 目を閉じれば、厳しい表情の母さんの顔しか想い出せなかった。




 そして、俺は何処かで安堵している自分に気付いてしまい、自分の手前勝手な冷酷さに心底、嫌悪した。





 此の砂地へ飲まれて行くような乾いた哀しみは、、、。

 どうしようもなく罪深い息子を持った母さんの悲哀のような気がした。



 此の汚れちまった哀しみで、、、俺は母を失い嘆く子のフリが出来ない。



 きっと鋭い末弟のアランや執事のカールソンには、母さんの死を何処かでホッとしている俺の気持ちなんて見透かしてしまうだろう。


 3男のケビンは、気付くかどうか分からないけども。



 子供が産まれたばかりのデイジーには、後から俺が知らせに向かおう。

 俺は、カラカラに乾いている口の渇きに気付かぬ侭、流れゆく風景や人々を馬車の窓から瞳に映し、青く眩い空を見た。



 『此の地から母さんの眠る高州は遠過ぎる。』



 俺は、声に出さずにそう呟いた。







 


 母さんの亡骸は高州の墓地で眠らせて居るとウィルソン・カステル議員の手紙には在った。



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