縮まる距離 02
急ぎ到着した仕立屋は、手早くレイアの採寸を終えると、すぐに制作に取り掛かってくれた。
短い日数ではあったが、期日までにきっちり納品されたドレスをまとい、髪を結い上げてもらう。宝石と靴も新しいものを身に着けて、レイアはセルジュと一緒にジュリエットの結婚式に向かった。
ロッシュ家の広い庭園で、結婚式は行われることになっている。そこでは晩秋でも鮮やかな色をつける花がきちんと手入れされており、風は冷たくとも、高く澄んだ空の下、見惚れるほどの美しさだった。
久しぶりに顔を会わせると、レイアの父は、いかにも嬉しそうに破顔した。レイアの最近の暮らしぶりを聞こうとしたが、隣にいたジュリエットの母の視線に気が付くと、わざとらしく咳払いをして黙り込む。
形式的な挨拶ではあるが、ジュリエットの母も、出席したことへの礼は述べてくれた。ジュリエットの下には今年八歳になったばかりの弟もいて、母親の背中に隠れながら、レイアをちらちらと見つめていた。弟がいるということは、結局アシュレ夫妻はうまくやっているのだろう。父よりもむしろ、ジュリエットの母にこそレイアは敬服せずにはいられなかった。
挨拶を済ませて、レイアは一人、花嫁の控室へと足を運んだ。
「おめでとう、ジュリエット」
母親と同じ、柔らかいプラチナブロンドの巻き毛と、菫色の瞳をしたジュリエットは、花嫁衣装に身を包み、可憐で美しかった。
同じ父の子で、同じ年齢で、同じ学校にも通ったけれど、これまで親しく話したことはほとんどない。
「来てくれてありがとう、レイア」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう。お祝いが言えて、嬉しいよ」
「あなたの結婚式はなかったものね」
「……まあ、急だったし。いろいろあって」
「あなたは忙しいものね。聖女のお仕事、大変ね」
そう言ってジュリエットは、少し寂しそうな顔をした。
「……ごめんなさい。今まで、あなたとこうして話す機会さえ設けようとしなかった。ずっと気になっていたの。あなたは家で暮らすこともできなかった」
「大聖堂に行ったのは、私もそれを望んだから。聖女としては、申し分のない環境だったよ」
レイアは今日の主役である花嫁に、こんな風に悲しい顔をさせてしまうことを申し訳なく思っていた。
「……小さな頃から、私は子供らしさがなかったから。何を考えているか分からなくて、きっと怖かったよね」
「それは……。私やお母様がそうさせたんでしょう?」
「いや、そういうわけじゃない。生まれつきかな。だから気にしないで。私の方こそ、あなた達を気遣うことができなかったから」
「そんなこと……」
ジュリエットはふるふると首を横に振った。レイアは困ったように笑った。
「もうそんな顔はしないで。花嫁には笑顔が似合うよ」
「レイア……」
言葉を詰まらせながらもジュリエットは、ゆっくりとうなずいた。それから、なぜかいたずらっ子のような笑顔を見せた。
「あのね、私、妊娠しているの」
レイアはさすがに驚いた。見た目には分からないけれど、彼女がそう言うのならそうなのだろう。招待から式まであまり期間がなかったことにも納得がいく。
「おめでとう」
素直に口にすれば、ジュリエットはくすりと笑った。
「彼には、浮気は絶対に許さないって言っているの」
「……それがいいよ」
レイアも笑えば、ジュリエットは窓の外へ視線を向ける。つられてそちらを見れば、ちょうどセルジュが誰かと話している姿が見えた。愛想はないが、丁寧には対応しているようだ。
「セルジュ様って、噂には聞いていたけど、本当に素敵ね」
「そうだね」
「あなたとお似合いよ。レイアも、お幸せにね」
「……ありがとう。ジュリエット、本当におめでとう」
二人は一緒にほほえんだ。時間になって、ジュリエットとの会話はそれで終わった。
今日でなければ、こんな風にジュリエットと話す機会はなかっただろう。幸福が、彼女を優しくしたのかもしれない。そして、レイア自身もそれは同じだった。今更ながら、アシュレ家に無関心であったことを、レイアは申し訳なく思った。
式が始まって、フラワーシャワーの中にいる新郎新婦を眺めながら、隣にいるセルジュに、レイアはぽつりとこぼしていた。
「綺麗だね。……結婚式、すれば良かったかな」
「…………」
「でも、離婚することになるのに、皆に集まってもらうのは、悪いね」
今までなら、レイアは冗談めかして笑ってみせた。しかし、結婚して半年が過ぎ、その時が徐々に近づいてきたと思うと、それも上手くできなくなってしまっていることに気が付く。
思いがけず感傷的になってしまって、レイアは話題を変えようとした。が、レイアが言葉を発する前に、セルジュが口を開いた。
「君がしたいなら、二人でしてもいい」
レイアは驚いて隣のセルジュを見上げた。セルジュはこちらを見ず、真っすぐに前を向いている。
無表情な横顔だが、冷淡な印象はそこにはない。レイアは胸が苦しくなって、一瞬言葉を詰まらせた。
やがてレイアは、少しうつむきながら答えた。
「ううん、いい。もう、冬になるし」
「……分かった」
はじめの頃だったら、そうしていたかもしれない。でも今は、怖かった。多分、レイアはもっと、笑えなくなってしまうのだろう。
下を向いていたレイアは、一度目を閉じて心を落ち着かせた後、まぶたを開けて顔を上げた。せっかくの祝い事だ。気持ちを明るくしようと、いつもの調子を取り戻してセルジュに笑いかけた。
「でも、今日はせっかく夫婦で招待されたし、腕くらいは組んでいたいな」
するとセルジュはこちらを向いて、仕方がなさそうに小さく息をつく。それから肘を曲げ、手を差し入れる場所を作ってくれた。
レイアがそこに手を滑り込ませると、自然と二人の距離は縮まった。
「ありがとう、セルジュ。一緒に来てくれて」
「……夫婦だからな。今はまだ」
「うん。そうだね」
色とりどりの花弁が、幸せな二人を包む。その側にいる皆に笑顔があふれている。
この幸福な光景を、セルジュと一緒に見ることができて、本当に良かったとレイアは思った。




