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後編

 ケイティはその日お母さんの目を盗んでいつもより森の奥深くに入っていきました。森はとても広くて、奥まで行くのに何日かかるかわかりません。なのでベッドに「心配しないで」と書いた紙を残して置いてきました。ケイティは背負い袋を背負うと、身軽に木から木へと飛びうつる方法で奥へと進んでいきました。人の手が入っていない森の中を歩いていくよりはその方が早いと思ったからでした。

 どんどん進んでいくと広場のようなところに出ました。木の根っこがいっぱい出ている場所でしたが、不思議とそこだけ木がなくぽっかりとあいているように見えました。ケイティはそこで休むことにし、背負い袋から黒パンを取り出して食べ始めました。

 あと一、二口で食べ終わるかどうかという頃、ケイティは木の上からヘビが近づいてくるのに気づき急いで避けました。


「おや残念、気づかれてしまったか」


 ケイティは目を丸くしました。なんとヘビがしゃべっています。しかもそのヘビは木の中ほどの位置からあわれっぽい口調でこう言いました。


「三日前から何も食べてないんだ……どうかその食べ物を恵んではくれないか?」


 ケイティはヘビを上から下まで見ました。ふっくらとしていて、とても三日も物を食べていないようには見えません。すると他の木の上から笑い声がしました。


「あはははは! この森の中で三日も獲物を捕まえられないヘビなんているものか!」


 その途端足元の根っこが波打ちいっせいにヘビに向かって動いたのです。ケイティはあまりの驚きに逃げることもできずぺたん、とその場にしりもちをついてしまいました。

 幸い木の根っこはヘビ以外には興味を示しませんでした。ヘビは「チッ!」と舌打ちすると急いで木の上へと逃げていきました。木の根っこは少しの間ヘビが逃げていった木の上を窺っているようでしたが、やがてまた元あった場所に戻りました。


「……なにこれ……」


 呆然とケイティは呟きました。すると、木の上から先ほどの笑い声の主が声をかけてきました。


「やあお嬢さん、大丈夫かい?」

「ありがとう、大丈夫よ。私ケイティ、貴方はどなた?」

「んー……名前と呼べるほどのものはないんだ。君たちは僕らを”リス”と呼んでいるけどね」

「リスですって!?」


 驚いて叫んだケイティの頭の上になにかが降りてきた。


「あんまり大きな声を出さないでくれないか。耳がおかしくなってしまうよ」

「ごめんなさい」


 なにかは頭から肩を伝い、ケイティの手に乗りました。それは確かに森の入口付近でもよく見かけるシマリスでした。


「こんにちは、ケイティ。君はどうしてこんなところにいるんだい?」

「こんにちは、リスさん。おばあちゃんに会いに行くの。できれば逆さ虹を伝って」

「逆さ虹だって!?」


 今度はリスが大きな声を上げました。


「一番高い木のてっぺんに登ったって逆さ虹には手が届かないよ?」


 やっぱりどんなに高い木に登っても逆さ虹にはさわれないようです。わかってはいてもケイティはがっかりしました。


「そうよね。だから願いごとが叶うって言われている池を探しにきたの」

「ドングリ池のことかい?」

「ドングリ池っていうの? 本当にあるのね?」

「ああ、あるよ。ドングリを投げ込むと水の精が出てきて無理のない願いなら叶えてくれるんだ」


 得意げな顔でリスが答えました。本当に池はあったようです。


「無理のない願い、ね。逆さ虹に登るのはどうなのかな」

「さあね。お願いしてみたらわかるんじゃないかな。ケイティには恩があるから連れて行ってあげるよ」

「ありがとう!」


 リスの言う恩とは、リスが落としたドングリをケイティが以前何度か拾ってあげたことのようでした。そんなことで喜んでくれるならこれからもいくらでも拾ってあげようとケイティは思いました。

 リスとの行動なので基本は木の枝から枝を伝っての移動です。道中リスは先ほどの根っこがいっぱい出ていた広場の話をしてくれました。あそこは森の生き物たちには「根っこ広場」と呼ばれていて、あそこで嘘をつくと根っこに捕まってしまうのだそうです。あそこで出会ったヘビはとても食いしんぼうで、根っこ広場の話を忘れて食べ物を持っていたケイティに嘘をついたのだろうとリスは教えてくれました。

 木々を伝って移動することで森の中をいっぱい進むことはできましたが、さすがにドングリ池に着く前に夜になってしまいました。ケイティはこんなこともあろうかと背負い袋の中に毛布を持ってきていましたし、リスは大きな木の中ほどにあるちょうどいい大きさの穴に案内してくれました。ケイティはリスと同じ毛布にくるまって夜を過ごしたので少しも心細くありませんでした。

 翌朝水と黒パンを仲良く分けて食べると、ケイティとリスはまた森の奥を目指しました。


「クマ? クマは怖がりだから大丈夫だよ。それよりアライグマに気をつけた方がいいかな。見た目によらず暴れん坊なんだ」

「そうなんだ。ありがとう」


 休憩するたびにリスは森の生き物やどこになにがあるかなどケイティに教えてくれました。そのたびにケイティが感心したように礼を言うのでリスは嬉しかったようでした。昼を少し過ぎた頃、ようやく彼女たちは池のほとりに辿り着きました。途中でドングリをいっぱい拾ってきたのでケイティの服のポケットはどこもパンパンです。


「じゃあ、投げるよー」


 そう言ってケイティはポケット一つ分のドングリを池に投げ入れました。ぽちゃ、ぽちゃんっとドングリが池に落ちる音が辺りに響きました。ケイティとリスがじっと池の水面を見つめて待っていると、


「こんにちは」


 透き通るような声がして、髪の長い全身水色の人が池から現れました。どうやらこの人が水の精のようです。


「こんにちは」


 ケイティは目を丸くしながらも挨拶をしました。すると水の精はにっこりと笑み、


「願い事はなんですか?」


 とケイティに尋ねました。


「逆さ虹の上に乗せてください!」


 ケイティは迷わずこう答えました。


「なぜ逆さ虹に乗りたいのですか?」

「虹を伝って、雲に上って、おばあちゃんに会いたいからです!」


 水の精はほんの少しだけ困ったような表情をしました。


「ほんの少しの間だけ虹に乗せてあげましょう。雲には乗れません。虹の上から一歩も動いてはいけません。おばあさんに会えるかどうかはあなたしだいです。虹に乗せられる時間が過ぎたらあなたは一番高い木のてっぺんに下りていきます。木にしっかりつかまってください。落ち着いたら家に帰りなさい」

「はい!」


 返事をするかしないかのうちにケイティはもう逆さ虹の上にいました。そこは下から見ると逆さ虹の膨らんだ部分で、おそるおそる下を見るとはるか下に森が見えました。一番高い木のてっぺんに登ってもやはり届かなかっただろうということがわかり、ケイティはやっぱりがっかりしました。

 そうして今度は虹を見ました。上に行くほど色が薄くなっているようで、雲まで伝っていけるようには見えませんでした。一番近い雲はときょろきょろしていると、平たいパンのような雲が近づいてきました。天使が見えるかなと思いましたが残念ながら見えませんでした。

 ケイティは水の精の言う通りに虹の上から動きませんでした。いくつかの雲が上空を通り過ぎていきました。なんとなく人の姿が見えたような気がする雲もありましたがやっぱり天使は見えませんでした。


「天使も、おばあちゃんもいないのかな」


 ケイティは哀しくなりました。おばあちゃんに会って何かしようと思ったわけではありません。ただ彼女はもう会えないだろうおばあちゃんの姿を一目見たいと思っていただけなのです。ケイティの目からぽつり、と涙が落ちました。その涙はまっすぐ池に落ち、蒸発して天に昇っていきました。

 いつまでそうしていたでしょうか。お日さまが少し西に移動しはじめています。夕方になれば逆さ虹はもっと高いところにいってしまうでしょう。そろそろ時間なのかなと思った時、上空に大きな雲が現れました。

 そして。


「天使?」


 雲の上に真っ白な羽が生えた人が何人もいるのが見えました。けれどそれだけではなく。


「おばーちゃん!!」


 真っ白い髪をしたケイティのおばあちゃんが雲の上から下を覗いていました。ケイティは必死で手を振りました。おばあちゃんもまたケイティに気づいたようで、にっこりと微笑みました。そして、あっちへお行きというように手を振りました。


「おばーちゃん?」


 おばあちゃんは何度も何度もケイティを地上へ帰すように手を振りました。いつのまにか足元にあった虹が上へ上へとのぼっていきます。ケイティは逆さ虹に乗れる時間が終ったことに気づいてゆっくりと高い木のてっぺんに降り立ちました。しっかりと木にしがみつき空を見上げると、もうおばあちゃんがいた雲はなくなっていました。

 ケイティは大きく頷きました。


「どうだった?」


 下からリスの声がしました。ケイティを心配して待ってくれていたようです。彼女はにっこりしました。


「リスさんありがとう。私、家に帰ることにするわ」

「そう。じゃあ途中まで送っていくよ」


 ケイティの満足そうな表情を見てリスも頷きました。

 リスの案内でケイティは無事森の入口まで戻ることができました。もちろん家族や心配してくれた村の人たちにはたくさん怒られ、もう二度と森の奥にはいかないことを約束しましたが木登りはやめませんでした。

 時々やってくるリスともケイティはこっそり遊んだりしています。リスはもう人の言葉をしゃべりませんでしたがケイティはかまいませんでした。

 急におしゃべりではなくなった妹に兄のダムンは首を傾げましたが、冒険をして少し落ち着いたのだろうと思うことにしました。


「ケイティ、まだ逆さ虹に上ろうと思っているのかい?」

「上れたら上りたいわ。でもきっと無理ね」


 逆さ虹をまぶしそうに見るケイティの言葉にダムンは目を見開きました。

 虹に乗ったこと、雲の上には天使がいること。

 そして雲の上に行くのは魂だけになってからなのだということ。

 言葉にできないなにかをケイティは学んだようでした。


 逆さ虹は今日も鮮やかに森の上を彩っています。



おしまい。

参加表明をしてどんな話を書こうかと考えていました。そうしてぎりぎりになってしまいました。

楽しんでいただけたでしょうか? 感想などいただけると嬉しいです。

今回もお付き合いありがとうございました!


2019/3/28 一部修正しました

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