とある寂れた教会の庭園②
残酷描写、若干あり
久々に街に出て、お気に入りのスイーツ屋さんでキラキラと輝くキースを眺める。
すると奥から膨よかな夫人がにこやかに顔を出した。
「まあ、ヘレンちゃんこんにちは!来てくれたのね」
「こんにちは、お元気ですか?」
「ええ、とても。ヘレンちゃんは?1人で大変じゃない?」
「ふふふ、元気です。教会の方もなんとかやっています」
「そうなの?やっぱり年頃の子が1人だと心配だわ、」
周りの人達は魔王様が教会にいることを知らない。
私には魔王様がいるから、大丈夫なんだけれど、心配されるのはなんだかあたたかくて擽ったい。
「大丈夫です、教会ですもの。神のご加護がありますわ。」
クスリと笑って、話しながら見つめていたキースを指差した。
「おばさま、バリエのキースと、チェコのキース1つずつ下さいな」
さて魔王様、すきになってくださるかしら。
***
教会についたとき、ふ、と嫌な臭いがくすぐった。
「…なに、」
ちらり正面のアーチを見れば巻き付く薔薇が黒く染まり、その棘がいつもより長く鋭く伸びている。
私の中から燃え上がるように何ががとぐろを巻いた。
「あぁ…侵入者ね」
明確な悪意を持ってこの教会に立ち入った人間がいた場合、このアーチの薔薇は黒く染まり、棘がその人間を追うように鋭く伸びる。
その棘の先が向く方にキースが入った箱を持ち直して、足早に歩き出す。
途端、
ガッシャアアアアン!!!
「っ、」
音の鳴る方、テラスの方に走り出した。
泥棒か何かだと思ってた、こんなに過激なことする人間がいるなんて。
ぐありぐあり、とぐろを巻いていた感情が溢れ出して、頭がぐらつく。
振り切るように走ってついたテラスに奴らはいた。
「なんだこの家!入れねェくせに壊れもしねェ!どうやってやがる!」
先ほどの音の根源であろうテラスの白いテーブルと椅子がバラバラになって散らばっている。その破片を蹴飛ばしながら奴らは汚らしい喚き声をあげた。
あぁ、あなたが今足を置いているのは、今朝魔王様が座っていた椅子だ。グラグラ視界がやれるように危険信号を鳴らす。
走ったせいできっと形を崩してしまったキースの箱をそっと地面に置いて、首を傾げた。
「ねえ」
「…ア?」
「おいおい、お前この教会のシスターかァ?」
2人組。長く太い木の棒を持っているのが1人、なにも持っていないのが1人。
体格も良いし、なにより細身の方は魔法を使って戦うタイプだろう。
「ねえ、何をしてるんですか?」
ニヤニヤニヤニヤ
男達はこの世の汚物を全てかき集めたかのような笑みを浮かべて、一歩近づく。世界は自分を中心に回っているとも言えるような傲慢さ。それが許されるのはこの世でただ1人だということも知らないで。愚かな、一等愚かな限りなく汚い廃棄物のようだ。
「ハハッ、お前も売りもんになりてェの?」
「かァわいそうなシスター様だなァあああ!逃げてれば助かったのによォ、なァ?」
「あーあぁ、震えちゃってェ、可愛いじゃねェの!おにぃさんたちが慰めてやろうか?」
「もちろん、身体でなァ!!ヒャハハッ!」
「えぇ、お願いできる?」
風が吹いた。全てさらい上げるような強い風。
反射で閉じた目を開いた男達が顔色を変える。
「、な、」
「っう、ぅあああああ!なんだ、お前!」
ビリビリと痺れるように魔力が全身に回る。頭がぐらつくように一瞬痛んで、きっといつものようにツノが出てしまっているのだろう。ズシャッと嫌な音とともに私の優雅に揺れる尻尾の棘が、体格のいい方に絡みついて喉を切り裂いていた。
爛々とする頭の中がなんだかおかしくて、笑った。
「ねえ、慰めてくれるんでしょう?ねえ、売り物にしたいのでしょう?なら捕まえてみなさいよ、ねえ、あなたにそれができるのかしら?」
「、ひ、ぁああバケモノッ!!!」
ニタリニタリ、あぁおかしい。
この男どもは私と魔王様の空間を汚した。殺してしかるべきだもの。だから殺すのよ。ダメなことなんて何もないじゃない、ねえこれがルールなんだもの。
「かァわいそうなのはどちら?ふふふ、ねえ、ここに来なければ生きていれたのに、ねえ?」
尻尾に囚われ息絶えた1人を後ろにそのまま投げ飛ばし、トドメに一発刺しておく。鮮やかとは言い難い赤が吹き出して、庭園を彩る。
薔薇が鳴いている気がした。
「お前がっ、まさか、悪魔か!!!」
逃げる場所もないというのに、後ずさり喚き散らす男を見て、おかしくておかしくて、心の底から憎い。
焦らすように微笑んで指を鳴らせば、左右の花壇から何万もの棘を纏った蔦が男に襲いかかる。
「っぅあああああああああ!!!!!」
私が悪魔だとか、あなたは人間だとか、助けてくれだとか何も盗らないだとか誰にも言わないだとか、そんなことはどうでもいい。どうでも、どうでもいいことなのだ。
「ねえ、これもう食べられないじゃない」
後ろの地面に置いたキースの箱を開ければ、やはりぐちゃぐちゃに崩れていて。食べられるケーキがなくなったということは、魔王様にスイーツをお届けできないということ。
それは、私が魔王様のことを知る機会を1つ失ったということで。
激情がまたぐありぐありと湧いてきて溢れて溢れて溢れて溢れて地面がぴきりとヒビ割れる。
くるり振り返って、蔦に捕まっている真っ青に震えた男を思うままに睨みつけた。
「…死んでしまえ、」
魔王様の空間を汚したことも、私の魔王様とのティータイムの時間を奪ったことも、魔王様のキースを食べる機会を奪ったことも、私が魔王様の好き嫌いを知る機会を奪ったことも魔王様がよく座られていた椅子を壊したことも、大きな声で魔王様のお耳を汚したことも、きっと何もかも見ていらっしゃる魔王様の目を汚したことも、魔王様が吸う空気を汚したこともお前たちがこの世に存在していることさえも全部全部全部全部全部全部ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜぇえええええええええんぶっ!!!!!
「許されることではないのよ…っ」
私と魔王様の邪魔をするなら、それは償うべき罪なのだ。
***
気付けばズタズタの赤い塊があった。
やけに疲れた手を見れば鋭く伸びたつま先が真っ赤に染まっていた。汚い。汚れてしまった。なんだか服も砂埃を被ってしまって、ムズムズしてしまう。
じわり、じわりと地面に落ちている赤い塊に薔薇の蔦が忍び寄る。ちらり視線を向ければ、伺うようにピクリと止まった。
「この地面も綺麗にしてくれる?」
蔦はしゅるり肯定するように赤い塊に巻きついて、花の茂みに戻っていった。この庭園の栄養源になるのなら、彼らにとって本望だろう。
ぱちん、と指を鳴らせばツノ、尻尾、長い爪は消え、汚れた私だけが残る。
「キース、どうしよう、」
とりあえず処理しようと箱を持って玄関の扉を開ける。
一旦テーブルに置いて、汚れを落とすためにシャワーを浴びにいき、戻ってくる。と、
「…魔王様。」
魔王様が椅子に座っていた。
何もなかったように優雅に肘掛に肘を置き、手を組んでこちらを見つめる。
「魔王様、あの、スイーツ、甘味のことなのですが、」
魔王様はもしかして私が帰ってきたタイミングで、ここで待っていてくださったのだろうか。
そのお心に応えることができなかったのが悲しくて、目を伏せる。悲しい、悲しい、悔しい。
「途中で形が崩れてしまって、明日また買いに行ってまいります、」
なぜか、とんでもない裏切りをしてしまったように思えて、指が震える。悲しい、悲しい。
一緒に、食べたかったなあ。
「…そこにあるではないか」
「…へ」
「その箱の中身が甘味であろう?」、
「は、はい。ですがこれは、」
「我輩は特別食べたい訳ではない。拘りもない。」
「、はい、」
「形が崩れていようが、なんだろうが、構わぬ。貸せ。」
クイ、と魔王様が呼び寄せるように指を曲げる。
途端どこからともなく小皿とフォークが出てきて、空中で形の悪いケーキが小皿に乗り、魔王様の元に運ばれる。
「っ、魔王様、」
「座らぬのか」
「す、座ります」
そっと魔王様の正面に座ると、同じタイミングでキースが運ばれた。私のキースは、バリエのキース。
私がフォークを取ったのを見てから、魔王様もそっとチェコのキースを口に運んだ。
「ど、…どうですか?」
現状に訳がわからないまま、反射のように聞いた問いに、魔王様は目を伏せて、それから私を見据える。その王の目になんの感情も見えないけれど。
「…悪くはない」
あぁ、あぁ、なんて。魔王様。
こんなにお心優しい方はいない。こんなに暖かくてこんなに、こんなに、こんなに私の心を捉えて離さない方はいない。
だから、だからこんなにも憎くて辛いのだ。
「…(何千年振りの甘味であろうか)」
「おいしいですね、魔王様。(好き好き好き好きすきすきすきすき大好き大好き愛してる愛してる愛してるその目も口も鼻もツノも肌も髪も体もぜんぶぜんぶぜんぶ私が私が私が私が私のものになればいい、だって愛してるんだもの魔王様はやくわたしのものになってわたしだけのものになったらずっとずっとずっとずっとずううううううううううっと、いっしょ。)」
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キース:ケーキのこと
バリエ:イチゴ
チェコ:チョコレート
ヘレンちゃん大暴れ




