第1話 プロローグ
広い草原の真ん中で、のんびりと馬車を走らせる。
建物ひとつない、如何にもファンタジー世界といった広大な道だった。
「にゃー」
後ろの荷台から声をかけられ、肩越しに振り返る。
長く美しい銀髪の幼女が、むっつりとしたジト目でこちらを見ていた。
『にゃー』というのは俺の名前だ。いや厳密には違うが、少なくとも彼女からはそう呼ばれている。
「おん? どしたん、魔物?」
「おなかすいた」
「はいはい」
今の時間は朝と昼の、丁度中間くらいだ。
昼食には少し早い気もするが、彼女がそう言うのなら是非もない。
それから少し進んだところで、小高い丘の上に出た。
何も無いが見晴らしはよく、ずっと先には大きな山と、そして麓の森が見えた。
ちら、と後ろに視線を送れば、『はよ停めんかい』とばかりにそわそわしている幼女の姿が。
そんな彼女の様子に苦笑しつつ、丘のてっぺんで馬車を停めた。
草の瑞々しい香りに、僅かな湿気を含むひんやりとした空気。
見上げれば爽やかな青空と、優しく降り注ぐ陽の光。コンクリートに囲まれたあちらの世界では、そうお目にかかれないであろう最高のロケーションだった。
「はー、綺麗な場所だねぇ」
「ごはん、はよ」
「倦怠期の夫婦かな?」
単語だけで話す幼女にツッコミをいれつつ、しかし言われるがままに調理の準備を始める。
この見た目幼女の名前は、本人曰く『対◯◯用人型決戦兵器・C82-APOCALYPSE』というらしい。
名前というか型番では? と言いたくなるほど、まぁとにかく名前が長い。とても呼んではいられないので、省略して『ぷぅちゃん』と呼んでいる。
多少危ない気配はあるが、『黙示録』などという不穏な単語からは程遠い、とても可愛らしい呼び名ではないだろうか。
俺にとっては旅の相棒でもある彼女だが、その名前から分かるように人間ではない。
なんでも彼女は遥か昔、古代人が作った人型兵器なのだとか。名前のみならず、その生い立ちまで不穏な幼女である。なお長期間のスリープにより記憶に欠落が生じているらしく、『◯◯』の部分に何が入るのかはぷぅちゃん自身も思い出せないそうだ。
ぱっと見はただの可愛らしい女の子で、とてもそうは見えないことだろう。しかし俺は彼女と出会った際、既にこの目で色々と見てしまっている。ぷうちゃんは紛れもなく、この世界で最も危険な存在だった。噂に聞く魔王なんぞよりも、よほど危険な気すらする。
ともあれ、ただのなりゆきではあるが、俺とぷうちゃんは二人で旅をしている。
その目的は――――と、どうやらぷぅちゃんの腹がそろそろ限界らしい。可愛らしい外見とは裏腹に、彼女は非常に燃費が悪いのだ。
「ぷぅちゃん、何食べたい?」
「れいのやつ」
「好きだねぇ。簡単だからいいけどさ」
リクエストに答えるべく、早速準備にとりかかる。
といっても、そこらの石で小さな竈を作るだけだ。鍋や食材はぷぅちゃんが出してくれる。
殲滅兵器などという物騒な名称ではあるが、ぷぅちゃんは非常に多才(?)だ。
怪しい空間に様々なものを保存しておける、いわゆる『アイテムボックス』であったり。ある物質を別の物質へと変化させる、いわゆる『錬金魔法』であったり。およそ兵器には似つかわしくない便利魔法を彼女は多数所有しているのだ。なおこれらの魔法は古代魔法と呼ばれ、既に失われた技術とされている。現在行使出来るのは、恐らくぷぅちゃん唯一人である。そんな彼女がいればこそ、二人旅でも身軽に済んでいる。
そうして調理を勧めていたところで、ふと、ぷぅちゃんが空を見上げた。
「にゃー」
「ん? もうちょいかかるよ?」
「ちがう、まもの。うえからくる」
「えー……」
旅につきものの問題はいくつもあるが、そのひとつがコレだった。
街中であれば問題ないが、森や草原といった場所には魔物が生息しているのだ。
香ばしい匂いにでもつられてきたのだろうか。この世界は地球と異なり、屋外での活動はそれだけで一定のリスクを孕んでいる。
ぷぅちゃんが気配を察知してから、ものの数秒もしないうちにそれは現れた。
鋭い嘴と爪。三メートルはあろうかという獅子の巨体に、体躯の数倍はあろう大きな翼。
ぷぅちゃんの炒飯に釣られてきたのは、グリフォンと呼ばれる飛行型の魔物であった。
「えぇ……高ランクパーティが必死こいて倒すやつじゃん……」
ダンジョンの奥地か、あるいは険しい渓谷などに生息している魔物だ。断じて、こんな長閑な癒し空間に姿を見せるような魔物ではなかった。その素材は高く取引されているが、当然ながら討伐難度も相当に高い。
しかし、だ。
うちには古代の決戦兵器こと、最強幼女のぷぅさんがいらっしゃるのだ。
グリフォン如きなにするものぞ、である。
「ほろぼしていい?」
「殺意高すぎなんだよなぁ。でもお願いします」
「ん」
自らの食料が狙われているとあってか、普段は無気力なぷぅさんもやる気満々といったご様子。
ゆっくりと下降してくるグリフォンの下へ、トコトコと無防備に歩いてゆく。その堂々たる姿ときたら、まるで王者の行進とでも言うべき頼もしさであった。
そうしてグリフォンの眼前まで歩み出たぷぅちゃんは、そのままスムーズに服の襟口を咥えられ————あっという間に天高く舞い上がっていった。
「うおお」
「いや、うおおではなく」
よくよく考えてみれば、今のぷぅちゃんはガス欠状態だ。
本来、活動状態を維持するだけならぷぅちゃんに食事は必要ない。彼女が食事を行うのは魔力を補充するためである。如何に最強の殲滅兵器と言えど、腹が減っては戦は出来ないわけで。
俺は慌てて火を消し、包丁を片手にグリフォンを追いかけ始める。
未だ上昇中ということもあり、距離自体はそれほど離れてはいなかった。
全力で走りながらポケットに右手をつっこみ、くしゃくしゃになったソフトケースの煙草を取り出す。
「よかった、ラスト一本残ってた」
くたびれた煙草を口に咥え、初級の魔法で火をつける。
そうして煙を肺に送り込むと同時、身体が急激に覚醒していくのを感じる。
「せーの……ッ!」
裂帛の気合とともに、グリフォンに向かって包丁を投擲する。
空気を切り裂いて飛翔する包丁はまるで弾丸の様。音すらもあっさり置き去りにしたそれは狙い過たずにグリフォンの翼、その根本を捉えた。
蒼空に舞い散る幾多の羽と血、断末魔の声と、そしてぷぅちゃん。
直立不動の無表情で落ちてくるぷうちゃんをキャッチ————したりはしない。
そんな事をすれば、まず間違いなく俺が死ぬからだ。ああ見えてぷぅちゃんは死ぬほど重い。
数秒後、凄まじい爆音と塵埃が大地を揺らした。
もうもうと立ち込める煙の中、何事もなかったかの様に地面から顔を出すぷぅちゃんを見つける。
「たのしい」
「さいですか」
足の先から首元まで、ほぼほぼ全身が地面に突き刺さったぷぅちゃんは、しかし当然のように無傷であった。
「おなかすいた」
そんな俺達のすぐ傍へと、今しがた撃ち落としたグリフォンの巨体が墜落してくる。流石は高ランクの魔物というべきか。絶命こそしているものの、あの高さから落ちてなお形を保ったままであった。とはいえ瀕死は瀕死、ものの数分もしないうちに息絶える。そうして出来上がったグリフォンの亡骸へ、眠そうな瞳をじっとりと向けるぷぅちゃん。
「おいしそう」
「いやまぁ、言うと思ったよ」
俺は空になった煙草のケースをポケットにねじ込みつつ、ぷぅちゃんを地面から引っこ抜いた。




