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一般区画の黄昏時

僕はマーク、14歳。家名はない。一般区画に住む、ただの庶民だ。

暮らしているのは交易都市ビスカ。

商業で栄え、多くの人が行き交う街だ。

他の街を知らないから比較はできないけれど

ここが都会であることは確かだろう。

父は商会に雇われているが、商人なのかと言われればよくわからない。

母は家事の合間に、知り合いの店の手伝いをしている。

兄は二つ上だ。家にはいない。公立騎士学校に寄宿している。

兄のことが嫌いというわけではない。

ただ、あの近寄りがたい雰囲気が苦手で

いないことをどこか気楽に感じているのも事実だ。


6月のビスカは蒸し暑い。

張り巡らされた水路のせいか、湿った空気が肌にまとわりつく。

学校で学び、友人と広場でボールを追いかけ

汗と泥にまみれて夕方に帰宅する。

そんな当たり前の日常も、7月に控えた15歳の誕生日──

「成人の儀」が終われば終わりを迎える。

大人として、進路を決めなければならないのだ。


帰宅し、水で身体を洗い、着替えて食卓につく。

父の帰りはいつも遅い。

父の休日以外、夕食は母と二人きりだ。

母が料理を並べ、静かに口を開く。

「来月にはマークも成人よ。もう将来のことを考えないと。

今からでは遅いくらいなんだから」

その話題が出ると、マークは決まって不機嫌になる。

「わかってるよ。でも、わからないんだ。将来なんて。

僕は頭がいいわけでも、力が強いわけでもない。

兄さんみたいに才能があったら別だけど

何に向いているのかさっぱりだよ」

「だったら、職人なんてどう?

修行して一人前になれば、独立もできるわ」

「しんどそうだよ。

それに、手が汚れるのは嫌だ。洗っても取れなさそうだし」

「そうね。でも、それが生きるということだと私は思うわ。

一生懸命に努力した手は、汚れていてもとても美しいものよ」

「わけわかんないよ。汚れて美しいわけないだろ」

「ずっとここで暮らすつもり?

お嫁さんももらえないし、お兄ちゃんにも怒られるわよ」

兄の顔がよぎり、胸が締め付けられる。母は言葉を続ける。

「父さんも母さんも、マークがここに居続けることは大歓迎よ。

でもね、それではマーク自身が生きづらさを感じてしまうと思うの」

「……そっか。肩身が狭くなるよな。考えてみるよ」

それ以上、母は何も言わなかった。ただ、優しく微笑むだけだった。


夕食後、2階にある自分の部屋へ戻り、窓を開ける。

通りには家路を急ぐ人影がまばらに見えた。

黄昏の空を見上げ、空想にふける。

(騎士、商人、職人、農民、大工、土木、木こり、狩人、役人……)

思いついては「僕には無理だ」と可能性を削ぎ落としていく。

豊かな街と言われるビスカだが、仕事に就くのは容易ではない。

専門学校は高額だし

公的な学校へ入るには、才能や成績、有力者の推薦が不可欠だ。

一般的な職に就くにも組合への所属が必要で

そのためには誰かの弟子となり、一人前と認められねばならない。


「僕には、努力する才能もないからな……」

兄は優秀で、剣の才能もあり、魔法も使える。

何より、兄は「努力の人」だ。

そのことを知っているからこそ、僕はより強く絶望してしまう。

かつて兄の部屋で見せてもらった魔法書は

難解な魔法言語で埋め尽くされていた。

魔法を極めし賢者は、想像だけで魔法を操るという。

このままでは、この街で一生を終えてしまう。

そんな不安が頭をかすめたが、答えは見つからない。


「……冒険者は、どうだろうか」


ふと、その言葉が浮かんだ。一攫千金を夢見る職業。

知識はない。迷宮で魔物を倒し

宝箱から秘宝を手に入れる──そんな断片的なイメージしかない。

(冒険者といえば、あのお姉さんだ)

広場のベンチでよく食事をしている女性。

友人が蹴ったボールが偶然彼女のもとへ転がり

それを拾ってくれた縁でたまに話すようになった。

お菓子を分け与えてくれる優しい人だった。

(エルフだったっけ。よくわからないけど

いつもキラキラしてて、お金持ちそうだった)

今度、相談してみよう。

そう決意すると、少しだけ心が軽くなった。

鏡で自分の顔を映す。

「黒髪の英雄は多いって聞いたし。

僕にも何か、眠っている才能があるかも」

若さゆえの根拠なき期待に、少しだけ胸が高鳴る。


冒険者は誰でもなれる。しかし、華やかな成功者の影には

異常なまでの死亡率と、稼ぐことの厳しさが隠されている。

マークの選択は、人生を切り拓く鍵となるのか

それともより困難な道へと自分を追い込むのか。

それは、彼の今後の覚悟次第なのかもしれなかった。

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― 新着の感想 ―
中世風作品ですか。 リアルの中世欧州でも、次男以下はもう領地を告げないのは多いから、十字軍遠征とかそういうのに出ていましたし、ファンタジー欧州系世界なら冒険者を選ぶのもあり得ますね。
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