第83話:無限の迷宮と、悪魔のエコシステム
第83話:無限の迷宮と、悪魔のエコシステム
神話の古代魔物たちを迎え入れ、第7層に『理不尽なる神話階層』を創り上げてから、数ヶ月の時が流れた。
『深緑の無名奈落』は、まさに黄金時代とも呼ぶべき圧倒的な豊かさと平穏を謳歌していた。
「——マスター! 大変です! DPの貯蔵庫がパンパンで、もう溢れそうです!」
迷宮第6層のマスターズ・チェンバー。
受肉して人間の姿となったルリが、抱えきれないほどの書類(の形をした魔力報告書)を両手に持ち、嬉し悲鳴を上げながら円卓に駆け込んできた。
「またか。いくらなんでも貯まるペースが早すぎないか?」
シンが苦笑いしながら書類を受け取ると、そこには国家予算を何十回もひっくり返せるほどの、天文学的な数字が並んでいた。
「仕方ありませんよ」と、内務卿のガストンがホクホク顔で髭を撫でる。
「住民は増え続け、皆が安全で美味しいものを食べて幸福を感じています。それに加え、第7層にいるイグニス殿たち『神話の三柱』が、毎日楽しそうに酒を飲んで大騒ぎしているため、彼らの放つ超絶的な魔力すらもDPとして還元されているのです。……現在、新たに数階層を丸ごと創り出せるほどのDPが余り腐っております」
「最高のエコシステムだな。よし、せっかくの資産だ。眠らせておくのはもったいない。ダンジョン大改修の方針会議を始めるぞ」
シンの号令で、レオンハルト、ザイード、ファウスト、ミラージュら幹部たちが一斉に居住まいを正した。
「まず、防衛方針の転換についてだ。第7層が『絶対に誰も突破できない神域』になったことで、それより上の階層で侵入者を『無理に殺す』必要がなくなった」
シンは円卓にダンジョンの立体マップを投影し、第1層(入り口)と第2層の間を指差した。
「そこで、この1層と2層の間に、空間拡張魔法を限界まで施した『ただただ無駄に広いだけの迷路階層』を新設する」
「……迷路、ですか? 即死トラップや強力な魔物を配置するのではなく?」
レオンハルトが不思議そうに首を傾げる。
「ああ。空間を歪ませて、歩いても歩いても同じような通路が続く、出口のない無限迷路だ。水も食料もない。……侵入してきた軍隊や冒険者を、生かさず殺さず、ひたすらそこに長期間閉じ込める」
シンは両手を組み、極めて腹黒い、悪魔のような笑みを浮かべた。
「人間ってのは、暗い迷路を当てもなく彷徨うと、恐怖、焦燥感、疲労、そして仲間への疑心暗鬼で精神をすり減らしていく。その極限状態から漏れ出す『負の感情と魔力』を、迷宮のシステムで根こそぎ吸収するんだ。……つまり、侵入者どもを使い捨ての『簡易魔力(DP)バッテリー』にする」
——ゾワッ。
その身の毛もよだつような「完璧な悪党の発想」に、幹部たちは一斉に背筋を凍らせた。
「悪魔だ……ここに本物の悪魔がおるぞ……」ガストンが震える声で呟く。
「殺すよりエグいぜ、マスター。自腹で迷宮にやってきて、勝手に迷って俺たちのエネルギー(養分)になってくれるなんて、究極のエコシステムじゃねえか」
ザイードは呆れを通り越して大爆笑した。
「ふははは! 素晴らしい! それならば我が師よ!」
ファウストが片眼鏡を光らせて身を乗り出した。
「その迷路の空調システムに、極微量の『幻覚作用のあるガス』を混ぜておきましょう! 体力よりも先に精神を削ることで、より効率よく魔力を抽出できますぞ!」
「いいですね。ならば私の情報網と心理学の観点からも一つ提案を」
ミラージュが淡々とした口調で続く。
「ただ迷わせるだけでは、人間はすぐに心を折って衰弱死してしまいます。迷路の所々に『偽の出口』や『枯れたオアシス』、あるいは『開かない宝箱』を設置しましょう。一度希望を与えてから絶望に叩き落とすことで、感情の起伏が激しくなり、DPの産出量が爆発的に跳ね上がります」
「キキッ! なら壁自体を動くようにして、侵入者を分断させようぜ! で、間引きが必要になった時や、エネルギーを吸い尽くした連中のところへだけ、俺たち暗殺部隊や魔物を送り込んで一方的に狩るって寸法だ!」
クロウも楽しそうに牙を剥いて笑う。
「お前ら……俺の提案をさらに凶悪にブラッシュアップするなよ」
シンは幹部たちの(性格の悪い)有能さに苦笑しつつ、迷路階層のプランを確定させた。
これで、シンの迷宮は「攻め込めば攻め込むほど、ダンジョン側が豊かになる」という、侵略者にとっての完全な悪夢へと進化したのである。
「よし、バッテリー階層の件はこれで決まりだ。次は、俺たちの生活空間の拡張についてだ。ガストン」
「はっ」
ガストンが別の図面を広げる。
「現在、第6層の都市区画は居住区としては完璧ですが、移住者の増加に伴い、商店、工房、歓楽街などの『商業スペース』が手狭になってきております。ドラン殿の鍛冶場も、フル稼働で音が鳴り止まぬ状態です」
「ならば、第6層を『二段構え』にする」
シンは立体マップの第6層の下に、さらにもう一つの巨大な空間を付け足した。
「現在の第6層を、住居や行政、学校などが集まる『居住・行政区画』とする。そしてその直下に、新たに『第6.5層(商業・娯楽区画)』を丸ごと創設する。そこには巨大な市場、ドワーフたちの工業地帯、大浴場や劇場なんかの娯楽施設をすべて詰め込むんだ」
「おおっ! 生活と娯楽を完全に分けるのですね!」レオンハルトが感嘆する。
「そうだ。市民が働き、遊び、休む。そのサイクルを完璧にすることで、生活の質が上がり、結果としてルリに還元される【幸福のDP】もさらにブーストされる」
侵入者からは恐怖を搾り取り、身内には極上の娯楽と幸福を与える。
アメとムチのスケールが国家レベル、いや世界レベルに到達したシンの政策に、幹部たちはもはや反論の余地など微塵もなかった。
「ルリ、DPの出力準備はいいか?」
『はいマスター! いつでもいけます!』
「よし! 工事開始だ! 俺たちの国を、大陸で一番豊かで、一番性悪な最高の世界に創り変えてやるぞ!」
シンの号令と共に、莫大なDPが消費され、迷宮の大地が再び産声を上げる。
終わることのない進化を続ける『深緑の無名奈落』は、外敵を養分として啜りながら、内部には黄金の理想郷を広げていく、絶対不可侵のメガロポリスへとさらなる飛躍を遂げるのであった。




