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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
二つの貌を持つ男
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そして灯火は消える

今回で話が大きく動きます。文章力がついて行くよう頑張ります。

遠くでまた一つ、緑色の狼煙が上がる。

それが八班、つまりシュウの班の襲撃ポイントからのものと知ったとき、高所から街を見ていたセシリアは、知らず安堵の息を漏らしていた。


(よかった、無事だったのね)


これで緑色、つまり作戦完了の合図は五つ目。今までにそれ以外では黄色の狼煙が一度上がったが、そこからもしばらくすると、緑色の狼煙に変わった。おそらくユーリが上手く采配を下したのだろう。戦闘員として闘いつつ、戦況に応じて正しい指示を送る彼女に、セシリアは改めて仲間としての心強さを実感した。


「――ッ!」


その時だ。暴風に流されながらも、空に赤い狼煙が上がった。

どくん、と胸が一際大きく鼓動を打つ。遂に出番だ。セシリアは腰に据えた双剣に手を添えた。


「――今の狼煙、見えましたね?」


すると、おもむろにセシリアの横の空間に魔力が集中し、やがてそこにユーリが現れた。ファンタゴズマでも両手で数えるほどしか扱える者いない超級魔法、その一つである『空間転移(ワープドライブ)』で転移してきたのだ。


「ええ。遂に見つかったの?」


「はい。《嗤う(ラフ・シャドウ)》です。拘束しているシャドウアイ構成員の証言した特徴とも一致しています。現在は一班が交戦中です」


「ということは、今はララが戦っているってことね。分かった、すぐ行くわ」


「私の三班と兄さんの四班、そして六班も向かっています。二班と八班は損耗しているため待機させています。…それでは、現地で落ち合いましょう、セシリア」


最初の部分は指揮官として、最後は友達としてそう言うと、転移魔法であっという間に姿を消した。

セシリアは一度大きく深呼吸すると、目標地点を睨む。そして勢いよく床を蹴った。






「とおー!」


「くひっ」


ララの振り下ろした魔剣により、大地は大きく抉れた。しかし肝心の狙った相手は、とうに別地点に逃げている。嗤う影――ラフは飛び上がると黒衣を翻し、シルクハットを手で抑えると、ララに向かって手を伸ばした。


「『黒の魔弾(ガンド)』」


「ッ!」


数十という数の黒い魔力の弾はララのいた周辺に容赦なく降り注ぐ。

魔弾が炸裂した地面は穴でも掘ったかのように大きく陥没し、それがいくつも降り注いだ後のそこは、地形すらも変わってしまっていた。

ただ唯一、赤髪の少女の周りだけは、紅い半透明の壁により魔弾は無く、地面が周りより一際高くなっていた。


「ふむ。本当に厄介だねえ、魔剣と言うやつは」


「二百年前、当時最強と言われていた炎龍の牙を素材にした魔剣だからねー。これくらいなら躱すまでもないよ」


ラフの言葉に気負うことなくララは返す。すると彼女の後方に、突如魔力が集中するのを感じる。ユーリだ。


「――遅くなりました。現状を伝えたので、直に部隊長も来るでしょう」


「――なんだ、私たちは不要だったかな?」


「スク兄! もう、来るのおっそーい!」


やがてスクルドの班や、ユーリの班員たちも続々と集まり、ララは目に見えて心強さを取り戻した。


「…これは、少しマズイかもな」


それまで不気味に笑い余裕を見せていたラフは、ここにきて初めて口元から笑みが消える。

その言葉を聞いたユーリは小さくほほ笑んだ。


「…何が可笑しい?」


「いえ、あまりに楽観的だと思いまして。あなた、もう終わりですよ?」


「――『黒の魔弾(ガンド)』」


ユーリ達へ向け、漆黒の凶弾が迫る。その数は先ほどララに撃った数のおよそ二倍。しかし、彼女らは微動だにしない。まるで誰かが護ってくれるのを信じ切っているかのような…。

そこでラフも気づき、上空を見た。強風を掻き分け、風切り音が急速にこちらに迫っている。その速さは尋常ではない。

闇夜に細く鋭い何かが煌めいた。瞬間、魔弾の全てが悉く撃ち落とされる。


「なっ――!」


ラフには何が起きたのか何も分からなかった。いや、正確には分かったうえで理解するのを理性が拒んでいた。

ラフは闇魔法、強いては『黒の魔弾(ガンド)』の名手。最下級魔法ながら、術者の力量次第によっては上級魔法にさえ届くこの魔法だけを極め、シャドウアイでもそれで頭を張っていた。

その黒の魔弾(ガンド)を。あろうことか全て撃ち落としたのだ。事も無げに。

一発で家屋一つすら引き飛ばす威力を持つ魔弾は全てが霧散し、やがてそこには、妖しく光る双剣を携えた、桃色の髪の少女が立っていた。


セシリア・ヴァン・ファンタゴズマ。この国の皇女。


しかし、ラフにとって、今その少女は、死神以外の何者にも見えなかった。

可憐な死神は、次の瞬間、目にもとまらぬ速さで迫って来た――。






戦闘は終始一方的だった。いや、あれを戦闘と呼べたのかさえ謎だ。

ユーリやスクルドが加勢する間もなく、《嗤う(ラフ・シャドウ)》の制圧は終わった。

元々奇襲でララの班員を戦闘不能にし、サシでララと勝負をして互角だったのだ。ララより二回りは強いセシリアが戦って負ける道理は無かった。


「…本当に私が来る必要が無くなるとはな…」


「まあまあ、兄さん。被害が大きくなるよりよっぽど良かったじゃないですか」


「そうそう。スク兄が割と好戦的なのは知ってるけど、無益な争いを好むのは良くないぞ?」


「だ、誰が好戦的だ!」


ユーリとララにからかわれ、抗議の声を上げるスクルド。他の班員たちもどこか安堵したような表情を浮かべている。セシリアも、それを見てほっとするように息を吐こうとしたが。


「…! まだ作戦は終わりとはいかないようですね」


ユーリの言葉に、そこにいた全員が空を見上げる。

黄色の狼煙が上がっている。班員だけでは危険と判断された場合に使う合図。その方向は、三班の所だ。


「…どうする? 《嗤う影》は既に拘束したんだ。ここにいる全員とまではいかなくても、せめて半数くらいで向かってしまうか?」


スクルドが言った言葉に、妹は首を振る。


「いえ、二班もまだ作戦完了の狼煙を上げていません。三班と二班は真逆方向の拠点を襲撃していますし、どちらかに戦力を割くのは危険です。ここは当初の作戦通り、まずは私が転移魔法で状況を確認し、そのうえでこちらに戻ってきて指示を出します。まずは皆さんは待機していてください」


「…分かった。気を付けて行けよ」


スクルドにとって、ユーリは妹であるが、同時に自分に指示を出す立場である指揮官なのだ。

心配そうに声を低くしてそう言ったスクルドに、ユーリは分かっています、と少し表情を柔らかくした。


「じゃあ、ユーリ。お願いするわね」


「転移する場所を間違って壁に挟まったりしないように気をつけるんだよぉ」


「そんな事しませんっ! それでは皆さん、すぐ戻ってきます」


ララに茶化されたのを否定するユーリは、やっぱりスクルドに似ているなあ。

セシリアはそんなことを思いながら、転移空間に消えていくユーリを見て思った。


――それが、セシリアがユーリを見た最後の姿だった。






ユーリは、三班が襲撃する予定であった家屋に、無事転移した。

ここは昔は小さな教会であったそうで、ラフが潜んでいた街でも一際大きい建物と違い、何やらこじんまりとしていた。

転移した瞬間、偶然攻撃が直撃するのを避けるため、教会の中ではなく、入り口付近に転移したユーリは、勢いよく協会のドアを開ける。


「ユーリ・アイギスです! 状況を説明しなさい!」


ユーリの叫びは薄暗い教会内に木霊する。ガラスから伸びる月の紅い光は、教会中央で倒れる一人の少年を照らし出していて、その姿を見たユーリは驚きの声を上げた。


「シュウ・タチバナ!? 何故あなたがここに!」


周囲に敵がいないことを確認し、ユーリは慌ててシュウの元に駆け寄る。

シュウの纏う衣服には、所々に血が付着し、斑模様のようだった。

その痛々しい姿に、ユーリはこのときばかりはいつもの冷静さを失い、すぐに脈を測ろうとシュウの首元に手を伸ばした。

その手を、シュウは無造作に掴む。


「――ッ!?」


その怪我人とは思えない握力に、ユーリはびくりと驚いた。

やがて、シュウから掠れた声が漏れる。


「――このときを、ずっと…待っていた…」


「…え?」


シュウはまさに生き絶え絶えと言った様子で言葉を紡ぐが、その意味をユーリは理解できない。


「口では楓にあんな偉そうな事言ったのに…、やっぱり、俺もまだ…」


「…シュウ・タチバナ? さっきからどうしたのですか? 三班はどこに、そもそもあなたは何故ここにいるのですか!?」


ユーリは自分の疑問を口にしながらも、心のどこかに引っかかりを感じていた。

何かが変だ。どこかおかしい。漠然とした不安が、ユーリの心に渦巻き始める。


「…佐藤…桐生…、やっと、一人目だ…」


「シュウ…? さっきから一体どうした…ッ!?」


未だちぐはぐな会話に、遂にユーリが危機感を感じたその時だった。




――気づけば、シュウの右手が、ユーリの腹を刺し貫いていた。




「あ……? ッ……がはっ……!」


視線を下ろし、今の状況を察したユーリは、急にこみあげてきたものを、思わず吐き出す。

シュウの顔にも点々と付着したその飛沫は、紛れもない自分の血だった。

何故、どうして、答えの出ない疑問が頭をぐるぐると回るが、やがてそれも遠のき始める。


どさりと、どこか遠くで何かが落ちる音がした。それが自分の体が床に倒れた音だと、遠のき始めた意識の中、それだけは分かった。

体に力が入らず、狭まる視界の中、ふと視界に、先ほどまで伏していた男の顔が見えた。

口を開き何かを喋っているが、既にユーリの耳には何も聞こえない。


ただ一つ、彼の口元が吊り上がっているのを見て、ユーリは全てを察した。


(ああ…全てはそういう事だったのですか…。セシリア…兄さん…ララ。どうか気を付けて…。本当の敵は、ほんのすぐ傍に…)




そこで、ユーリ・アイギスの意識は完全に途切れた。その心に、親友たちの身を案じる気持ちだけを残して。




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