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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
二つの貌を持つ男
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戦いの狼煙

「よお、その様子じゃあもう吹っ切れたみたいだな」


「シュウ…、ええ、おかげ様で。シュウが励ましてくれたからね」


セシリアも配置に付くべく移動しようとしたところでシュウが声を掛けてきた。

彼から話しかけてくるなんて珍しいな。セシリアがそんなことを思うとシュウもそれを察したのか、若干気まずそうに話す。


「…いきなり隊長に任命されたうえにお前も忙しそうだったからな。ただ、もう逢えなくなるかもって考えたら少し話しとこうと思ってな…」


「ッ! シュウ、あなた曲がりなりにも隊長なのよ? そういう発言は慎んで」


「わかってる。アンタの前だとつい口が滑っちまったんだよ、忘れてくれ」


シュウがそういうとしばし二人の間に気まずげな空気が流れる。いや、シュウにとってこの空気が気まずいのかは分からないので、正確にはセシリアにとって気まずい空気が流れた。


「…呼び止めて悪かったな。そろそろ俺も配置場所に移動するわ」


「あっ…」


これ以上話すことはないと判断したのか、シュウは踵を返す。

セシリアは両手を胸の前で組み、迷うそぶりを見せたが、やがて意を決すると、遠ざかるその背中に声を掛けた。


「シュウッ!お互い生きて、またあの酒場で打ち上げをしましょう!!」


その予想外に大きな声は、近くを移動していたデイティクラウドのメンバーから一瞬胡乱気な顔で見られるが、その声の主がセシリアと知るや否や驚きの表情を浮かべ、声の先へと皆振り向いた。

ここで話さずに後悔したくない、その想いを一心にセシリアが叫んだ言葉に対し、少年は振り向くとこういった。


「――セシリア、アンタがあの時入隊を推してくれたから今の俺が在る。――もう、信じてくれるよな?」


「――ッ!」


その言葉には覚えがあった。

それは今から数週間前、入隊試験でシュウがスクルドと闘う時に言った台詞だ。

あの時シュウは「信じろとまでは言わない」とセシリアに言ったが、今は信じろという。その変化の理由はセシリア本人が一番分かっていることだった。


(シュウ、あなたはもう信じあえる“仲間”よ)


「――ええ、勿論!」


「…」


セシリアの肯定の返事を聞いたシュウは、一瞬何故か複雑そうな表情を見せると、再び背を向ける。そのあとは、二度とこちらを振り向くことは無かった。


「シュウ…、――――――」


セシリアが最後につぶやいた言葉の後半は、風の唸るような音に紛れ、誰の耳にも届くことは無かった。






「揃っているな」


「…アンタ以外とっくに揃ってたよ…」


俺たち八班の持ち場に到着すると俺以外の班員は既に到着していた。

時間を合わせて配布された懐中時計を見ると、今は九時五十分。作戦開始まであと十分あった。


「それじゃあフォーメーションの最終確認を行う。全員聞け」


アンの真剣な目、レイジの胡乱気な目、アリサの好奇の目がそれぞれ俺に向けられる。


「作戦が開始した瞬間に、まずアリサの『獄炎の(ヘル・フレイムピラー)』で敵拠点に先制攻撃。それと同時に正面玄関からレイジとアンが突入。そのとき一応武装放棄を喚起しろ。それでも武器を持ち、抵抗する者がいた場合はまとめて鎮圧。その際加減は必要ない。抵抗する者は、最悪殺してもかまわん」


「…ッ!」


アンが真剣な顔でごくりと喉を鳴らす。


「質問。あなたはどうするの?」


アリサが小さく挙手して質問する。


「…それは昨日話したはずだ。あと、作戦中は班長と呼べ。俺とアリサは裏口に回って、脱走を試みた奴らをまとめて処分する。敵拠点の裏口は三か所。そのうち二ヶ所は俺が受け持つからアリサは正面入り口に近い一ヶ所を任せる」


「了解。任された」


「…その役割分担じゃ、班長の負担が大きいので、アリサに二ヶ所任せた方がいいんじゃないでしょうか?」


すると今度はレイジが挙手も無しに無遠慮に問うてきた。

一応敬語を使ってはいるがそれは形だけで、言っている内容も「お前じゃ信用出来ないからアリサにもっと回せ」ということだ。

俺は嘆息する。何故俺の班にはこう協調性がない者が集まったのか。


「…班員個々の能力を考えたらこれがベストだと判断した。上級魔法を放った後にアリサに二ヶ所任せるのは荷が重すぎる」


「…班長は自分の実力にたいそう自信がお有りのようですね」


「…」


「わわっ!お二人とも、こんな時は喧嘩は良くないですよ!」


俺とレイジの剣呑な雰囲気を察したのかアンが慌てて止めに入る。

勿論俺だって好き好んで大事な作戦前に仲間割れなどしたくない。

ただ、これでは作戦中レイジが俺の指示を聞かない可能性もあったので、これだけは伝えるべきだと口を開く。


「…レイジ。いっておくが俺を班長に抜擢したのは参謀班の判断だ。この意味が分かるな。つまり――ここにいるお前らの誰よりも俺は能力が高いと判断されたんだ。この事実を理解したうえで次から口を利くんだな」


「…ッ!こいつ言わせておけばッ!」


「わーっ!駄目ですよ!」


俺に掴みかかろうとしたレイジをアンが慌てて止める。アリサはそれをぬぼーっと眺めているのみ。

俺はもう一度深くため息を吐くと時間を確認した。九時五十八分。作戦開始はすぐそこまで迫ってきていた。


「あと九十三秒で時間だ。全員持ち場に着け」


「りょ、了解です!」


「…チッ!」


「…」


各々所定の位置へと付く。案とレイジは正面入り口の付近まで。アリサはその場で魔力を練り始める。俺はそのアリサの近くで待機する。

アリサは全身に魔術による強化の光を纏いながらちらりとこちらを一瞥した。


「…あなたは持ち場に着かないの?」


「大技の魔法を使う時は術者が隙だらけになるからな。あと、班長だ」


「あな…班長の持ち場はここからちょうど反対側の入口でしょ?スピード型の戦士職が全力走っても一分はかかってしまうから、そのうちに逃げ出す敵がいるかもしれないと思うのだけど」


「俺なら三十秒とかからずに着ける。それに『イーグル(アイ)』と『キャット(アイ)』で視覚強化も既にしてある。問題ない」


「そう」


アリサは淡泊にそう返事すると、再び魔法発動に集中する。

時計を見る。作戦開始まであと三十秒を切った。俺はアリサに言う。


「あと二十三秒。上手くタイミングを合わせて俺が撃てと言ったら撃て」


「…今のはフリ?」


「いや、そんな芸人ノリじゃないから」


「そう」


「…安心しろ、俺の班で誰も死なせやしねえよ」


「…ッ!」


突然俺の放った言葉に、それまで無表情だったアリサの顔に僅かな驚きが走る。

馬鹿話をしながらも俺は気づいていた。杖を握るアリサの手が先ほどから震え始めていたことに。

落ち着いているように見えても彼女は十六歳。まだ少女なのだ。


今思えば反発していたレイジも、作戦前のストレスで俺に反抗的だったのかもしれない。そして今回は文字通り命がけの作戦。無能な班長の指示で死にたくはないという気持ちもあったのだろう。

俺はアリサの背中をパンと叩く。アリサがびくりと震える。それは見た目以上に華奢な、少女の背中だった。


「気負うな。お前が臆病風に吹かれようが、アンがドジ踏んで失敗しようが、レイジがヘマしようが、全部俺がフォローする。班長だからな」


だから――、と続ける。


「アリサ、思いっきりやれ。――撃て」


「…ッ! …はいっ――!!」


その瞬間、爆音と共に目の前の建物から大きな火柱が上がる。それは作戦開始の狼煙だ。

俺は瞬時にその場から駆け出した。


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