カチコミ
「…」
夕方、沈みゆく太陽を背に帰路に着く。足先から伸びる影は心なしかいつもより小さく見える。
はあ、と思わずため息が出る。入れ替え戦の後に行われたBクラスへの編入の挨拶の時間。簡単な挨拶だけ済ませたが、Bクラスの生徒の反応は思った以上に芳しくなかった。明日からあのクラスで授業を受けるのが今から憂鬱になるレベルだ。
そんな気持ちで歩いていると、こちらに手を振って走ってくる少年が見えた。アレンだ。
「兄貴、お帰りなさい!今日もお勤めお疲れ様っす!」
「アレンか。どうした、俺に何か用事でもあったか?」
俺の言葉にアレンは首を縦に振る。
「はい、実は今日の夜、《シャドウアイ》の連中が取引する場所が分かったんすよ!」
「…!そりゃ本当か?」
《シャドウアイ》は最近この街で跳ねてる人攫いのグループだ。若者を中心としたグループで、メンバーは多いわりにトカゲの尻尾切りのように末端を次々と捨てていくため、リーダー格を長らく掴めなかった厄介なグループだ。
アレン大きく頷く。少し興奮しているように見えた。
「はい、しかも今回はいつもみたいな末端だけじゃなくて、リーダー格の奴もそこに現れるらしいっす!」
「…情報源は信頼できるのか?」
「はい。うちの息がかかったバーで、下っ端がぽろっと話したそうです。だいぶ酔ってたみたいですし、罠の可能性は低いと思います」
「…そうか」
俺は再び歩き始める。その隣をアレンが並ぶ。俺はアレンに訊いた。
「楓にはこのことは話したか?」
「はい。先に坂本さんに話したら、兄貴にどうするか聞いて来いということだったので」
思わず苦笑する。つまり楓は俺の意向に従うということか。俺の刀を自称する彼女が言いそうなことだ。
「それで兄貴…、どうしますか?」
「決まってるだろ。奴らの頭を潰す数少ないチャンスだ。逃す手もない」
それを聞いたアレンは、意気込むように両拳を打ち合わせる。
「よっしゃ!今日は久々のでかいカチコミだぜ!」
「意気込むのはいいが、足だけは引っ張るなよ。俺も正体不明の奴ら相手にお前を庇ってやる余裕もないだろうからな」
「えっ!今日って兄貴も行くんですか!?」
驚いたようにこちらを見るアレン。確かに最近は学園の関係で忙しくて仕事をこいつらに任せっきりだったからな…。
「今日の相手はけっこうな大物だしな。俺も行く」
「おお!それじゃ、久しぶりに兄貴の闘いが見れるんすね!く~、こりゃ今日は益々気合い入れねえとな!」
「…おい、少し落ち着け」
火に油を注ぐような勢いでヒートアップするアレンに釘をさすが、聞こえてはいないようだ。
俺は小さくため息を吐き、早くアジトへと向かうべく、足を速めた。
数時間後、俺は楓とアレンと共に、一軒の倉庫に来ていた。
今その中では正に《シャドウアイ》のリーダー格の奴らが奴隷の取引を行っている最中だろう。
俺は改めて気を引き締めると後ろで待機する二人の方へ向き直った。
「…覚悟はいいな」
「はいっ!」「いつでも」
するとすぐに頼もしい声が返ってくる。二人とも準備は万端のようだ。俺も認識阻害の魔術を自分に掛け、そのうえでなるべく視界が狭まらないようバリアハールで特注した黒い犬の面を被る。
俺はドアを蹴破り中に突入する。入った途端、大声で怒鳴る。
「《黒龍》だ!死にたくねえ奴は大人しく両手上げて腹這いになれや!」
「!?なんだ!どこからここを嗅ぎつけやがった!?」
俺たちのいきなりのカチコミに、中にいた奴らは動揺を見せる。ざっと見回したところ、数はおよそ二十人強。今までのカチコミの中ではかなり多いほうだ。
俺は後ろの二人に言う。
「雑魚はお前らに任せる。俺はボスをやる。できるな」
「――御意に。アレン、お前は左の七人をやりなさい。残りは全て私が受け持ちます」
「…姐さん。俺だって男っすよ。いつまでも姐さんに頼りっぱなしってわけでもいけねえ。それくらいは俺にやらせてください!」
「だから姐さんと呼ぶなと…!もういいです。行きますよ!」
「はい!」
「相手はたった三人だ!数で圧倒しろ!!」
瞬間、先行した楓たちと《シャドウアイ》の下っ端共との抗争が始まる。俺は目の前に立ちふさがる奴のみを殴り飛ばしながら奥へと進む。
奥には比較的歳の高い二十代中盤の男が一人。どうやらリーダーのようだ。男は闘う仲間に目もくれず、一目散に裏口へと走ってゆく。
俺は腰にあった剣を抜くと、よく狙いもつけずに投擲する。
剣は男からは逸れるが、まさに男が逃げようとしていた裏口の扉の近くに突き刺さった。驚いた男は、思わず足を止める。
「下のモンが闘ってるうちにボスはこそこそ逃走か。いい度胸してんなクソ野郎」
「…ったく、これだから頭の悪ぃロートルのチームは…」
男は忌々し気にこちらへ振り返る。その眼からは侮蔑と嘲りが読み取れた。
「アンタが《黒龍》のリーダーか?いつも狙いすましたように俺らばっかり狙いやがって…。俺たちに恨みでもあんのかよ?」
「…お前らの道理に反した行いが気に喰わねえ。それだけだ」
男の問いは、明らかに時間稼ぎを狙いとしていた。だからこそ、俺はその問いに答えると、一気に間合いを詰めて拳を振りぬいた。
「うらあ!」
「ッ!?」
しかし、男が懐から取り出した鈍く光るナイフを見て即座に攻撃をキャンセル。ナイフによる一閃を避け、数歩間合いを取る。
男は挑発するようにナイフをちらつかせる。
「どうしたあ?ナイフ出されたくらいでびびっちまったかあ?」
「…『鉄の籠手』
魔法を行使し、再び間合いを詰める。しかし、俺の攻撃は、ナイフによってすべて阻まれる。
相手が魔術を行使した様子もない。この男、まさか体一つとナイフ一本で、俺と渡り合っていると言うのか。
「おらおらどうした!俺はこのナイフ一つで《シャドウアイ》の幹部張ってんだ!いくら拳が硬くてもそれだけじゃあ――がぱッ!?」
「けど、ナイフじゃあ俺は殺れねえよ」
俺の拳は、男が振るったナイフを粉砕し、男の鼻っ面にめり込んでいた。威力はそこそこ加減した分、骨まで粉砕するような怪我はない。こいつにはまだ訊きたいこともある。
男がずるずると倒れたのを確認し、後ろを見る。どうやらあちらももう少しで片付きそうだ。
思ったより簡単だったな、そう考えたとき、窓から突然ライトが差し込まれる。
「ッ…!なんだ…?」
まばゆい光に目を細めると、次いで、複数の足音が近づいてくる。やがて俺たちが蹴破った扉の前には、数十人の少年少女が集合していた。
その先頭に立つ女を見て、俺は目を見開く。この世界でも珍しい桜色の髪、見間違うはずも無い。
今朝知り合ったばかりの女性、セシリア・ヴァン・ファンタゴズマは、今朝俺に見せたものとは全く違った冷たい双眸でこちらを射抜いた。
「ウィンデル治安維持部隊、デイティクラウドです。この場にいる全員、奴隷売買の容疑者として拘束します。大人しくその場に伏せなさい!」




