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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
始動する黒龍
32/64

昼の邂逅

『相変わらず広いなあ。俺が三体は入るんじゃねえかってくらいだ』


カリラが俺にだけ聞こえる声でぼやく。確かに、初めてここに来たときは圧倒されたものだ。日本にでさえ、これほどの大きさの学校は数えるほどしかない。

校門に行くと、この学校の教官である男が立っていて、思わず舌打ちする。そういえば今日はあの男が当番だったか。あの教官は、生徒の家柄で態度を変えることで有名で、大した家柄を持たない平民などには露骨に態度が悪いことで有名だった。

何もないことを願いながらそこを通り過ぎようとするが、その願い虚しく、おい、と声を掛けられる。


「…なにか?」


「…目上の人には普通なんでしょうか、だろ。ったくこれだから教養のない平民は…」


「…」


予想はしていたものの教官の相変わらずな横柄な態度に、思わずカチンとくる。


『おい主様よ。あの人間、今俺が殺してもいいんだぜ?』


カリラが血の気の多い提案をするが、俺はいや、と否定する。


(余計な問題は起こすな。他から目を付けられるのも厄介だ。この学校にはまだ俺より強い奴がごろごろいるからな)


俺はなるべく平静を保つよう密かに深呼吸する。


「…失礼しました。何でしょうか、グラム教官殿」


「…ふん、貴様が付けているその指輪。学園内での無用なアクセサリーの装着は禁止されている。今すぐ外せ」


指さされたのはカリラを封印しているマジックアイテムの指輪だ。


「…お言葉ですが教官殿。これは守護獣(ガーディアン)を封印しているマジックリングです。校則でもこのマジッリングの装着は許可されています」


俺の言葉にグラムは鼻で笑う。


「ふんっ。冗談はよせ。見ればお前はCランクの在籍。Cランク程度ではせいぜい魔術師に毛が生えたような魔法使いだ。守護獣(ガーディアン)と契約できるほどの力はあるまい」


そう、これが厄介なのだ。学園の生徒はそれぞれ自分の学園のランクに合わせたネクタイを着けている。クラスはAからEまでで、Aにいくほど生徒のレベルは高い。そんな中でCランクの俺はせいぜいさっきグラムが言ったような評価通りだ。

勿論、それが俺の全力でというわけではない。学園では、俺は魔法使いという扱いになっていて、格闘戦などは一切しないようにしている。それは、生徒の役職(魔法使いや剣士)によって授業も違ってくるため、魔法を習いたかった俺は必然的に魔法使いになるしかなかったのだ。


「…ですが教官殿。事実この指輪はマジックリングなのです」


「まだ言うか。…ふん、いいだろう。そこまで言うなら今ここで証拠を見せてみろ。ちょうどすぐそこのグラウンドが空いている。そこにでも貴様の守護獣(ガーディアン)を召喚して見せれば、俺はもう今後何も言わん」


「…」


予想通りの返答に俺は内心舌打ちをする。脳裏にカリラの声が響く。


『主様の実力を知らしめるいい機会じゃねえか。遠慮はいらねえ。あの空き地のど真ん中にドーンと俺を落としちまえよ』


(お前をここで見せたら、契約者が俺だって分かっちまうだろ)


それは夜の仕事でカリラが使えなくなることを意味している。

すなわち、ここで俺は取れる行動は一つ、ただ泣き寝入りするしかないのだ。

俺は素直に頭を下げる。


「申し訳ありません。それは出来ません。しかし、このマジックリングの事だけは信じていただきたいのです」


「ふん。何を虫の良いことを。出せないのならば話にもならん。その指輪は没収だ」


「ッ!」


グラムが俺の指輪に手を伸ばす。思わず拳を握ったその時だった。さっと不意に横合いから細い手が突き出される。


「グラム教官。流石にそれは横暴というものではないですか?」


「なっ!?」


そこには桜色の髪を持った女が立っていた。

ファンタゴズマに来てから髪の色については様々なものを見てきたが、こんなにも鮮やかな桃色は見たことが無い。俺より確か一つか二つしか歳が変わらないはずだが、そうとは思えないような大人の落ち着いた風格と育ちの良さを感じさせる。


この学園でこの女を知らない者はいないだろう。彼女こそ、俺がこの学園で最もお近づきになっておきたい人物の一人であるセシリア・ヴァン・ファンタゴズマだ。

セシリアはまさに優等生という感じでグラムに言う。


「マジックリングは本人の自己申告で学園側に許可をもらっているはずです。――あなた、学園にはちゃんと申請はしているのですよね?」


唐突に話を振られた俺は一瞬間を置いて答える。


「…ああ。編入するときにちゃんと申請は通してある」


「けっこう。それならば問題もないはずです。そもそも、ファンタゴズマ有数の

騎士育成学校である当校に、ただのアクセサリーなどを付けてくるような意識の低い生徒はいないと思いますが、グラム教官はそこのところはどのようにお考えでしょうか?」


「え、ええ…、そ、それは、そんなことは、ないと思っています」


あくまで冷静なセシリアに、逆にグラムはたじたじになりながら答える。


「…では今後、このような悪趣味な生徒をいびる行為はおやめください。平民であろうと貴族であろうと学園内では同じ生徒です。無用な贔屓は学園の風紀を乱します」


「は、はい!申し訳ありません!」


最早どちらが教官か分からないような会話を最後に、セシリアは颯爽と校舎へと歩いていく。遠巻きに成り行きを見ていた生徒たちがわっと歓声を上げる。


(今までいつも遠巻きがいたせいでろくに話しかけることも出来なかったんだ。この機会を逃す手は無い)


俺はその背中に思い切って声を掛けた。


「お、おい!」


セシリアは足を止め、ゆっくりと振り返る。桃色の髪がふわりと舞う。


「?どうかしましたか?」


「…いや、アンタのおかげで助かった。一応礼は言っとかなきゃなと思ってな」


するとセシリアはわずかに眉を寄せる。


「…アンタ、と呼ぶのはやめてくれませんか?私は自分の名前に誇りを持っているので」


「…ああ、それは悪かったな、セシリア・ヴァン・ファンタゴズマ」


やはりどこの世界でも、皇女様というのは芯の強いのが多いらしい。俺の答えにセシリアは少し表情を和らげる。


「セシリア、だけで良いですよ。同じ学友なのですから。シュウ・タチバナさん」


「…俺を知ってるのか?」


唐突に俺の名前を口にしたセシリアに少し驚く。セシリアはふるふると首を振った。


「いえ、先ほど編入と言っていたのを聞いたので。秋や冬ならまだしも、入学式が終わってすぐのこの時期に編入してくる人など限られていますから」


「なるほどな…」


「セシリア様!おはようございます!」


校門付近で話していると、いつもセシリアの近くで見る取り巻き達が姿を現した。心なしか、俺に敵意のようなものを向けてくる。

今日はここまでか、そう割り切った俺はそこでじゃあ、と会話を締める。


「今日は助かった。この礼は後日改めてする」


「そんな…、お気になさらず。それではシュウさん、今日もお互い頑張りましょう」


「ああ」


俺はセシリア達を尻目にその場を後にする。

歩きながらカリラと脳内で会話する。


(…お前から見てどうだった、セシリアは)


『かなり美人なんじゃねえか。楓やシーナに負けずとも劣らずってうえにあの女は胸もデカい。こりゃあいつらもピンチだな』


(何の話をしている。俺が訊いてるのはあの女の実力――強さのことだ)


なんだそんなことかよ、とカリラはため息を吐く。逆に、なぜ女としての魅力の話になったのかを俺は訊きたい。


『あの女の実力?言うまでもねえだろ。――あの女は俺が今まで会って来た人間の中では五指に入るほど強え。それこそ、今の主様や俺、それどころか全盛期のアセムでさえも太刀打ちできねえくらいにはありゃ化け物だ』


(…そこまでか)


自分の表情が険しくなるのを自覚する。セシリア・ヴァン・ファンタゴズマ。簡単に御すことの出来ない相手だとは思っていたがそれほどとは…。


(あれが、この国の現皇帝の娘にして、学園トップクラスの騎士様か)


そして、彼女がただ学園で強いってだけなら俺もここまで頭を悩ませはしない。俺の心配するところは他にあった。


『学園の生徒で構成されるウィンダルの治安維持部隊、そこの隊長があの女だってな。このままいけば、いずれ『黒龍』があいつの標的にされることもあるんじゃねえのか?ははっ、もしそうなったら今の主様達のままじゃあ勝ち目はねえな!』


「笑いごとじゃねえよ…」


考えていることが思わず口に出てしまい、近くを歩いていた生徒に胡乱気に見られる。

しかし俺はそんな周りに注意を払うことなく、目下の目標、『皇女であるセシリアとのパイプを作り、そのうえで彼女率いる治安維持部隊をどうにかする』というとんでもなく無茶なことの解決策を模索し、一人頭を掻きむしるのであった。


セシリア率いる治安維持部隊。名称を募集しているのでどなたか意見をもらえると嬉しいです。

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