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【前編】〜鉄の仮面を剥ぎ取った、アークライト流・一途すぎる突撃(プロポーズ)〜


「感情など、グランベルの次期当主には不要な不純物です」

 若き日のエレノア・フォン・グランベルは、常に周囲からそう恐れられ、また称えられていた。

 燃えるような真紅の髪をきっちりと結い上げ、氷の彫刻のように冷徹な美貌を持つ彼女の判断基準は、常に二つだけ。――『効率』と『魔力量』。

 由緒正しき公爵家をさらに強大にする。その義務だけを胸に、彼女は己の心を鉄の仮面で覆い隠し、一族を冷酷に率いていたのだった。

 あの日、エレノアが領地視察の帰路、深い森の街道で敵対勢力の伏兵に囲まれるまでは。

「……くっ、ここまでですか」

 放たれた複数の特級攻撃魔法により、エレノアの乗った馬車は粉砕され、周囲の護衛騎士たちは次々と血に染まって倒れていった。

 残されたのは、防護結界を張りながらも魔力を消耗し、唇を噛み締めるエレノアただ一人。多勢に無勢。冷徹な頭脳が『生存確率ゼロ』という最悪の効率計算を叩き出したその時――。

「おいおい! そこまでだ卑怯者ども! 綺麗な女の人がそんな般若みたいな怒り顔(※実際はただの睨み顔)をしてるのを、見過ごせるわけないだろ!」

 街道の木々をなぎ倒し、文字通り「飛び込んできた」男がいた。

 眩いばかりの金髪を無造作に揺らし、誰にでも好かれそうな極上の笑みを浮かべた若者。名門三アークライト家の三男坊、クリストフである。

 彼の実家は、異界の強大な怪物を呼び出す厳格な召喚術の家系だ。しかし、三男であるクリストフの思想は完全に異端だった。

『異界の怪物をわざわざ呼んで命令するより、自分が最強の幻獣を直接使役・調教して一体化した方が早いし、何よりモフモフと美味しいご飯が最高じゃないか!』

「な、何者ですか貴方は! ここはグランベルの戦場、部外者は退きなさい!」

「退くわけないでしょ! 俺はクリストフ! 今、君に一目惚れした男だ!」

 緊迫した戦場で、クリストフは爽やかに言い放った。

 エレノアが「は?」とフリーズする間に、彼の全身から凄まじい密度の『光属性』の魔力が溢れ出す。

 伝統的なアークライトの召喚術ではない。彼はあらかじめ契約していた光属性の超上位幻獣を、自らの肉体に直接『憑依・同調』させたのだ。のちのニケの狂気にも通じる、自身を最強の「光の狂犬」と化す新魔術――!

 次の瞬間、彼の瞳が獣のように鋭く光り、爆発的な速度で地を蹴った。

 大気を切り裂く光の爪。残像すら残さない圧倒的な武力。たった一人で乱入したはずのクリストフは、まるで太陽そのものが暴れているかのような暴力で、突撃してきた伏兵たちを瞬く間に一人残らず叩き伏せてしまった。

 静寂が戻った街道。エレノアは呆然と立ち尽くしていた。

 利益度外視で、見ず知らずの自分を助けるために命を懸けた男。彼女の効率至上主義では、彼の行動は一から十まで『理解不能なバカ』でしかなかった。

「……助けなど求めていません。ですが、一応は感謝します。報酬は後日――」

「報酬なんていらないよ! それよりエレノア、君、すごく可愛いね!」

「……なっ」

 クリストフは息一つ切らさず、距離感を完全に無視してエレノアの手を握りしめた。その瞳は、濁りのない純粋な好意だけで満ち満ちている。

「俺、アークライトの三男だから家督なんて興味ないんだ! グランベルの婿養子になって、君を一生笑顔にする!」

「正気ですか貴方は!? 放しなさい、この不届き者が!」

 これが、二人の最悪で最高の出会いだった。

 翌日から、クリストフのストーカーじみた凄まじい求婚(猛攻)が始まった。

 彼の召喚師としての才能は、アークライトの歴史でも群を抜いていた。そして彼は、その神話級の才能を「全力で無駄遣い」し始めたのである。

 ある日の午後、エレノアが重厚な執務室で書類にペンを走らせていると、カイルのハイド家並みの隠密性を持つ、漆黒の『影の使役獣』が窓から音もなく這い入ってきた。

「……また貴方の仕業ですか、クリストフ」

 エレノアが額を押さえてため息をつく。影の使役獣が恭しく差し出してきたのは、クリストフが実家の厨房で作ったという、出来立ての手作りお菓子フィナンシェだった。外側はカリッと、中はしっとりと焼き上げられ、極上のバターの香りが部屋を満たす。

 グランベル公爵邸の厳重な防衛結界。それをすり抜けるために最高峰の隠密召喚獣をパシリに使い、その目的が「自分に美味しいお菓子を食べさせるためだけ」という事実。効率至上主義のエレノアは、このアークライトの天才の斜め上の熱量に、毎日頭を痛めることになった。しかし、不格好ながらも口にするたびに完璧な美味しさを見せるお菓子に、彼女の胃袋は確実に外側から攻略され始めていた。

 そして、決定的な夜が訪れる。

 連日の激務と心労が重なり、エレノアはついに執務室で過労により倒れてしまった。

 深夜、高熱にうなされ、薄暗い自室のベッドで一人、孤独に耐えていた彼女の耳に、静かに窓が開く音が聞こえた。

「……エレノア、大丈夫かい」

 現れたのは、いつもの能天気な笑顔を消し、ひどく心配そうな顔をしたクリストフだった。

 彼は室内の温度を完璧に保つため、最高位の『癒やしの精霊』を贅沢に召喚し、部屋をふんわりとした優しい温もりで満たしていく。

「帰って……ください。弱った姿を、他人に見せるわけには……」

「他人じゃない、未来の旦那様だよ。ほら、喋ると喉が痛むから、これ飲んで」

 クリストフはエレノアの体を優しく抱き起こすと、契約精霊の熱で完璧な適温に保たれた、手作りの野菜スープをスプーンですくい、彼女の唇に寄せた。

 それは、じっくりと時間をかけて煮込まれた、信じられないほど優しい味のスープだった。

 口にした瞬間、エレノアの胸の奥に、じわリと温かい何かが広がっていく。

 効率だけで生き、誰にも弱音を吐けず、ただ家を大きくすることだけを義務付けられていた孤独な少女。その心を、男の無償の愛が、ただ純粋に包み込んでくれた。

「あ……、あ、う……」

 エレノアの目から、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。

 鉄の仮面が、完全に粉々に砕け散った瞬間だった。彼女は効率至上主義の怪物などではなかった。ただ、誰かに愛されたかっただけの、一人の女の子だったのだ。一途すぎるアークライトの狂犬によって、彼女は胃袋も、その固く閉ざした心も、完璧に調教(支配)されてしまった。

 涙を拭い、顔を真っ赤に染めながら、エレノアはクリストフの服の裾をぎゅっと握りしめる。

「……本当に、バカな男。……いいでしょう。そこまで言うなら、貴方を一生、グランベルの犬(使い魔)にしてあげます」

「――! あぁ、喜んで!! 一生君の忠犬として、君のためにだけ尽くすよ、エレノア!」

 クリストフは歓喜に顔を輝かせ、忠犬が尾を振るかのような眩しい笑顔で、彼女を壊れ物を扱うように愛おしそうに強く抱きしめた。

 こうして、のちに本編のヤンデレお嬢様を生み出すことになる、支配する側の血統グランベルと、支配されて狂喜乱舞する側の血統アークライトの、最高純度のハイブリッドへの扉が開かれたのである。

### 【幻獣アッシュの絶叫ツッコミ】

 そんな親世代の凄まじいなれそめを、アルティナお嬢様の影の隙間から歴史の教科書を読むように覗き見ていた白いモフモフの幻獣アッシュは、あまりの衝撃に頭を抱えてのけぞっていた。

『ちょっと待てええええええええ!!!

 クリストフの親父、マジで元アークライト家(名門三)の三男坊だったのかよ! しかもやってることが伝統的な召喚術を「お菓子を不法侵入させて届けるため」とか「お母様への特製スープの温度管理」のためにフル活用してただと!? 召喚獣の歴史に対する最大の冒涜ノロケだわ!

 でも待てよ……ってことはだ。お嬢様アルティナの「相手を調教して完璧に首輪を嵌めるグランベルの血」と、ニケの「魔力を注がれて狂喜乱舞して世界を滅ぼすアークライトの血(の派生)」が、この親世代の時点で一回完璧にマリアージュしてたってコトじゃねえか!!

 なるほどな、あの最高に物騒な最強ヤンデレカップル(アルティナとニケ)は、偶然生まれた突然変異なんかじゃない……生まれるべくして生まれた最高純度のサラブレッドだったんだよ! 全ての元凶はこの親父クリストフです、本当にありがとうございました!!!』


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