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FF《フォロワー・ファンタジー》  作者: 疎遠
1章 光を喪くした今日を Intertwined_truth
40/43

男には登る階段が二つある

「————冗談だろ、オイ」


 ズリキチは激怒した。

 必ず、かの卑劣無情なボケを除かねばならぬと決意した。

 ズリキチには、異世界が分からぬ。ズリキチは性欲旺盛な男の子である。十八禁小説を書き、女の子のマゾ豚になる妄想をして生きてきた。けれどもパイズリに対しては、人一倍敏感であった。

 だと言うのに……、


「お前今なんつった?ここまで来てズリは無し、だと?」

「そうだけど」

「それはつまり、パイズリは無しということか?」


 当たり前ですやん。

 相当ショックなのか、どこぞの政治家みたいな構文を使い始めたズリキチに、そえーんはげんなりとした目を向ける。

 体感的にはとんでもなく長かった門番の話の後、それからもなんやかんやありつつも、全部ノリと勢いでどうにかした一行は現在、建ち並ぶ一軒の前にたむろしていた。


「だからさあ、僕はタバコ探してるだけなの。ダイダラくんさえここに連れてきたらミッションコンプリートなわけ。爆弾(みせいねん)抱えたまま、呑気にスッキリしてる場合じゃないでしょうよって」


 娼館に入ると言って聞かないズリキチとの押し問答にも疲れてきたそえーんは、溜息混じりにそう言う。

 なんとなく分かってはいたものの、やっぱり何にも話を聞いちゃいないのだったコイツ。

 というか、それを予期していたから、道すがら何度か訂正を促していたつもりだったのだが。綺麗さっぱり忘れているのか、単に現実を認めていなかっただけなのか……いずれにしても都合の良い頭で羨ましい限りだ。


「お前……それはお前、ふざけんじゃねえぞ、お前」

「落ち着きなさいよ。そんな唇わなわなさせたって知らんがな。僕は最初からちゃんと言ってたもんよ」

「……じゃあ何か?お前は、スケベ蹲踞に心を湧かせて歩き詰めた十キロの道のりを無駄にするつもりか?さっきまでのクソ長い話も、焦らしプレイだと思ってギリギリ耐えてきた俺の忍耐は無意味だったと?字が書けねえだの、住所がねえだの、そんな些事で抑圧され続けた俺の股間を無価値にするつもりなのかってんだよテメェ!!」

「なになになにもう!?頭からケツまで何言ってっか分かんないし!そもそも字が書けなくて疑われたのも、住所なくていよいよさすまた構えられかけたのも、正味仕方ないじゃん!だっておじさんあれが仕事だもの。今さらシリアス顔でキレたところでどうしようもないって!勢いだけで全部なんとかなると思うなよエロ巨人め!!」

「俺が粗チンだと!?」

「今の何をどうとったらそうなるんだ!?」


 身長の大きい人間は股間が小さいらしい。(俗説)

 体格差で完全に負けているズリキチに詰め寄られると、そえーんはどうしようもない。襟首を吊り上げられて「ひにゃー……」と呻き声を漏らす。

 と、そんな二人に割って入るようにしてダイダラの腕が伸びてきた。


『どうどう、どうどう』


 小柄な割に強い力で無理やり彼らをひっぺがしたダイダラは、にこにこ笑いながら、


『まあまあ、お兄さん落ち着いて。兄弟も。喧嘩はよくないっスよ、喧嘩は』

「ああ?」

『兄弟の気持ちは分からんでもないっス。俺もできれば親方に迷惑かけたくないっスし。……ていうか嘘ついたのバレたら間違いなく殺されるっス、地の果てまで追われまくるっス。マジ無理。————でもね、お兄さんの言い分ももっともだと思うっスよ?』


 なにやらたしなめる感じでそえーんに指を振るダイダラ。

 ……というか、原因の一部はダイダラにあると思うのだが、なぜにちょっと上から目線で仲介役ポジションを取っているんだろうこの色ボケ。

 なんだか納得いかなかったが、ツッコむタイミングを逸したので仕方なし口を噤む。


『なんて言ったってここは地上の楽園!全ての童貞を救う夢の聖地!ここまで来てお預けってのァ、流石に人の心が無い。と言うわけで、俺ァお兄さんに一票っス』

「兄弟……!」

『いいんス、いいんスよ。女を求める者は皆同志っス』

「…………、あの?あのね、なんか固く握手を交わしてるとこ悪いんだけど、問題はそこじゃなくてだな、」

『お兄さんと一緒に行かせてくれないなら、タバコとか言うやつの話もなしっス!!』

「おまっ……!?それはズルいんじゃねえの!?」

『ハッハー!なんとでも言うっス!!行きますよお兄さん!勝てばよかろうなのだァァァァッ!!』

「ウィンウィンウィンウィンー!!」

「ちょ、待てお前ら!僕はまだ何も————!」


 こうなれば無理矢理にでも引き留めるしかない。伸ばした腕は、しかしヌルりとした動きでかわされ空を切る。

 鰻かコイツら!?と叫ぶ間もなく、二人の背中は娼館の中へ消えていった。


「…………、」

「行っちゃいましたね……」

「アイーン……」


 怒涛の勢いで置いていかれた残りの面々は、もう呆然とするしかない。

 唯一の例外として、卿だけが喜色満面にスマホのシャッターを切っていたが、それさえ反応する余裕はない有様だった。

 長い沈黙の後、ホルモンと手を繋いだ辺獄がおもむろに一歩前へ。


「……あ、じゃあ私も……」

「行かせるわけねえだろ!!」


 また一悶着起きたが、それは別の話である。




「正直微妙だった」

「……ああ、そう……」

「……よかったですね……」


 きっかり九〇分後。娼館からでてきたズリキチの第一声がそれだった。

 近くに落ち着いて待てる場所などなく、異世界ルールのせいで離れることもできずで、結局娼館の前に座り込んだまま待つしかなかったそえーん達、もう文句を言う気力もない。

 痛いのだ。視線が。通り過ぎざまにチラチラ飛んでくる色んな人の視線が。

 そんな路上ポイ捨て集団の哀愁など気にも留めず、ズリキチは難しい顔で腕を組む。


「異世界人って言っても、やっぱり根本的には変わんないみたい。ていうか何言ってるか分かんないから、言葉責めの楽しみとかもないし」

「じゃあイけなかったんだ」

「五発イった」

「……、」


 しっかり満喫してんじゃねえか。

 ていうか九〇分で五発ってかなりのハイペースでは?

 恐らく休憩とかほぼ無かったんだろう。相手はさぞかし大変だったに違いない。

 顔も知らない風俗のお姉さんに心の中で合掌。


『……、ほぇぇ……』

「で、じゃあそっちで惚けてるのはナニ?」

「言ってやるな。童貞から素人童貞に進化したてだ」

「ああ、うん……」


 なんとも反応に困る。あるよね、そういうのね、男の子だもんな。しょうがない。

 でも初手からプロ相手で、これからの人生まともにやっていけるだろうか。容姿は整っているだけに、ダイダラのこれからが少し心配になるそえーんだった。


「いや、まあそれは良くて」突っ立ったまま虚ろな目をしているダイダラの肩を揺する。「おーい、生きてる?満足したみたいだし、そろそろタバコの話をだね」

『……ほぇ……ほぇ……』

「聞いてる?聞いてますか?おーい!ターバーコーッ!」

『……ほぇこ……ぇこ……』

「————……、」


 バヂンッッッ!という音が路上に木霊した。


『はぶぁ!?なに!?なになに!?今ウチの親方バリに気合い入った衝撃が頬に!何事!?』

「……だせ」

『……、あぇ?兄弟?出せって何をっスか』

「タバコ、だせ」

『タバコ?なんすか、それ?』

「〜〜〜ッ!!」

『どわっ!?ちょっ、タイムタイム!思い出した!バッチリクッキリ思い出したっス!だから鬼の形相で拳を振り上げるのナシ!タバコっスね!!』


 ビビり散らかしたダイダラが慌てふためいた様子で両手をバタつかせる。

 それを少し離れた所から眺めるラットは、隣で座り込むエアリアルをチラリと見て、


「……今回は止めに入らないんです?そえーんさん、また暴走モードなりかけてますけど」

「アイーン……よく考えたら、どうせタバコの件が片付かない限り自分も引きずり回されるしいいかな、と思って」

「ああ、そういう……」

「……だからさっきも見て見ぬふりだったんですね?なんの罪も無い私が引きずり回されるのを放置するなんて!」

「それは自業自得すぎるんだよなあ……アイーン」

『おにーちゃん、おにーちゃん!さっきの、もういっかい!』

「いいんじゃないです?ホルモンちゃんは喜んでますよ。もう一回やってあげないんですか?人間ソリ」

「下は思いっきり砂地ですが?絶対イヤ」


 ぶるんぶるん首を横に振る辺獄。だったら最初から凶暴なヤニカスを刺激なんかしなければいいのに、とラットは溜息を一つ吐いて、件のそえーん達へと視線を戻す。


『うーん、なんだっけな……親方の話だと、この街の奥?なんか裏街道を進んだとこ、みたいな……?こう、裏モノの中の裏モノだって自慢してたっス』

「……なんだその具体性が欠片もない話は」

『いや、だって言ったじゃないスか。俺ァ興味ないから半分聞き流してたんですって』

「うるせえ黙れ。なんのためにここまで危ない橋渡ってきたと思ってんだ!思い出せ、死ぬ気で思い出せ!なんなら死ぬ気にさせてやろうか!?」

『ヒッ!?待って待って!思い出す!思い出すから暴力はやめるっス!なんか急にキャラ変わってませんか兄弟!?目が据わってるんスけど!!』


 うー、あー……と唸り声を上げながら腕を組むダイダラ。イマイチ緊張感に欠けているようにも見えるが、そこは唯一の情報筋。安易な思い込みで殴り倒して使い物にならなくしては元も子もない、くらいの計算はヤニ切れモンスターのそえーんにも辛うじて残っていた。

 そうしてイライラしながら待つこと数分。


『ええと、ええと……エゴ?そう、エゴとか言ってたっス!エゴって店で買ったって!』

「よし、ご苦労。で、場所は?」

『知らねっス』

「…………、」やっぱりコイツ、本格的に殴り倒してしまおうか。「……聞け。人。すぐ。今」

『おおおお!?兄弟の額に青筋がいっぱい!————オッケー分かったっス!すぐ聞いてくるんで無言で詰め寄ってこないで!!』


 脱兎のごとく駆け出したダイダラが道行く人々へ手当たり次第に声をかけていくのを眺めつつ、そえーんは道端に腰を下ろす。

 と、隣からズリキチと卿がなにやら小声で話し込んでるのが聞こえた。


「……さっきのおじさん、森人(エルフ)とか言うてたやん。来るってことは需要があるわけやん。だからね、猥は探せばあると思うわけ、異種族のお店」

「お前天才か?今すぐ探そう」

「待って待って、今はそえーんくんがアレやん。とりあえずタバコを与えた後の方がね、いいと思うわけ」

「む……確かに今のアイツ面倒くさそう」

「人は幸せを知るから絶望した姿が綺麗なんよ、やっぱ」


 正直何を話してるのか、内容まではハッキリと聞き取れなかったが、どうせまたろくでもない話なんだろう。首を突っ込んだところで面倒くさいことになるのは目に見えているので、放っておくことにする。

 そうこうしているうちに、ダイダラが駆け戻ってきた。


『バッチリ聞いてきたっス隊長!』

「マジでか!」


 跳ね上がるように立つそえーん。

 街へ繰り出してからはや数時間。ついにタバコが見えてきた奇跡の瞬間であった。


「どこ!?それどこ!?」

『近いっス!ここからすぐっス!!』

「よっしゃ行くぞお前ら!エデンはすぐそこにある!!エゴだけに!ガハハ!!」


 何もかかっていない上に面白くもない叫びを上げながら走り出すそえーん。半ばそれに引きずられる形で付いていく一行の中で、エアリアルは静かに首を傾げた。


「……、エゴ?」


 *   *   *   *   *


『タバコだあ?ウチにそんなモン置いてねえが』

「なん……だと……!?」


 エゴ、という店は本当にすぐ近くだった。走ったとはいえ、数分もかかっていない。歩いたところで時間はそう変わらないだろう距離だ。せいぜい裏道を二つほど入った程度でしかない。

 で。

 いかにもアンダーグラウンドな雰囲気が漂う暗めの店構えなど目もくれず、入口を蹴破る勢いで突っ込んだそえーんがそのまま店主らしき髭面に詰め寄った結果がこれである。


「タバコが……ない?ここまで来て……タバコが……————どォいう事だダイダラァ!!」

『あれぇ————!?そこで俺に来るんスかーッ!?』

「逆にお前以外の誰に向ければいいんだ!このボケカスが!!今度という今度は許さん、その股間二度と使えなくなるまで叩き潰してくれる……ッ!!」

『やめて!それだけはやめて!!まだ一回しか使ってないっス!……いや本番はさせてもらえなかったし、厳密に言ったらまだ未使用品なんスよ!?』

「知るか!股間に呪いあれ、その性欲に災いあれ、いつか地獄の釜に落ちながら、このそえーんの怒りを思い出せ……!!」

『ヒギャ————!?!?!?ヤバいっス!!ガチの目!ガチの目をしてるっス!!なんか呪文みたいなこと呟き出してるし!!』


 怒り狂ったそえーんと、それに泡を食う勢いのダイダラ。たった二人によって巻き起こされる阿鼻叫喚が狭い店内を席巻する。

 嵐の様な勢いで進む展開に若干気圧されていた店主も、これには黙っていられなかったらしい。


『おいテメェら、喧嘩なら外で————!』

『うるせえっス!お願いだからこれ以上俺の股間を危うくしないで!!ていうか助けて!なんか出して、なんか!なんかこう、先っぽに火をつけて咥える系の!棒のやつ!!なんでもいいから!!』

『……、あァ?なんだ坊主。お前が探してんの、『葦の茎』か?』

『それ————!なんかよくわかんないっスけどそれ!それ出して!!早く!』


 もう半分涙目になりながらダイダラが叫ぶ。

 その狂乱ぶりに引きつつ、店の奥へ引っ込んだ店主は割とすぐ戻ってきて、カウンターの上に数センチ四方の長方形をした小箱を置いた。


『これが『葦の茎』だが、』

『兄弟!兄弟ほらこれっス!』店主が言い切る前にひったくったダイダラが、これみよがしに掲げる。『これが兄弟の探してるもんじゃないっスか!?』

「うるせえボケが!今さらごまかそうったって————……は?」


 瞬間。

 そえーんの思考は、一度、確実に止まった。

 それは、目の前に掲げられたものがタバコだったから、()()()()

 見慣れたサイズ感の小箱。嗅ぎなれた香り。

 そしてなにより、印字された文字は————『ハイライト』。



 それは、紛れもなく、

 かつて日本のコンビニで見たタバコ、そのものだった。

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