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3-1 邪国の本当の名称

少量投下第2弾!

 元ネイル国将軍であるヨシュアは降伏した兵たちをまとめて東に向かっていた。付き添うのは「斬空」ライレルという四騎将の一人である。テンペストウルフに騎乗した50名を含むたった500の部隊に監視されるだけでヨシュアの率いる6000は反抗するという選択肢を考えなくなってしまっていた。

「あの方の理想とする国家は殺し合いはしないのだ!」

ライレルの思想はヨシュアには到底考えられないほどに甘い物だった。しかし、実際に自慢の精鋭を突破されてしまうその力の前では理想を語る資格があるのだと思う。


「魔王様にお会いする事はできないのでしょうか?」

いままで魔王がこの軍隊に指示を出している形跡すら見えない。違和感ばかりがある。

「ふむ、実を言うと我々も魔王様にお会いしたいのだ。であるが、魔王様は国を出ておられる。再会した時に我々のふがいない姿を見られるわけにはいかないのでな!こうして理想の国家の建設に励んでいるというわけよ。」

魔王が不在だと?そんな状況なのにこの忠誠心を保ち続けられるのは何故だ?それほどまでに、魔王は強大な存在だとでもいうのだろうか?この四騎将のうちの一人「斬空」ライレルですら、ヨシュアは敵わないと感じる。ネイル国で最強と呼ばれたヨシュアがだ。

「ああ!魔王様にお会いしたい!」

その「斬空」の心酔振りは相当なものである。すくなくとも四騎将よりは強く想像を絶する存在なのだろう。甘い理想を現実のものとする力を備えているのに違いない。そして、今どこで何をやっているかは不明だそうだ。


 一度「斬空」ライレルの剣技を見た。剣に帯びた魔力が美しく、舞うように戦うその姿は見る者を惚けさせた。しかし、その剣技は「邪王」を真似たものであり、本物はこんな偽物ではないのだという。ライレルがまだ到達しない領域にいる魔王の斬撃は空を飛び、全てを斬ると言われている。その剣技に近づくためにライレルは「斬空」の二つ名を名乗るのだという。ヨシュアは若いころに感じ、久方ぶりに忘れていた「憧れ」という感情がライレルから乗り移るのを感じた。



「さて、ネイル国の包囲はフェルディ殿に任せておくとして、我らは東へ向かうとする。」

なんと「邪国」はネイル城に籠城したミランダを攻める事はしないと言う。ほっと胸をなでおろすと同時にでは何をするのだろうかという不安がよぎる。彼らの行動は予測がつかない。

「ローレは周辺の領域の降伏勧告、我らは東の国を攻める。」

東の国と言えばトバン王国か?あの国はこの人数で太刀打ちできるような規模ではないはず。

「戦いは数ではない。戦略と戦術だ。重要なのは情報であり、相手の全てを知ればそれに勝てる戦力をそろえるだけでおのずと勝利が転がり込んでくる。あの方を見ていたので分かるのだ。そのうち貴殿にも理解できる時が来る。できればあの方に会って欲しいくらいだ。」

ヨシュアとしても魔王への興味が湧く。たしかにこの軍隊の情報統制は行き過ぎている。いまだに四騎将の名前すら知らない国がほとんどだ。そんな国を作り上げた魔王はどれほどの存在だというのか。




「ミランダ将軍!「邪国」の軍勢は3000程度との事です!」

「馬鹿か、その3000の中にどれだけ強力な魔物がいると思っている。お前ら10人が束になってもテンペストウルフには敵わないだろう!?」

ヨシュアが敗れて降伏したという報告に耳を疑った。あのヨシュアがだ。

「生き残りの証言をまとめてみました。」

ほとんどの将兵が投降したヨシュアに付き従って現在は「邪国」の軍勢とともに行動しているらしい。さすがに祖国へ矛を向けるような行動はしていないが、東へ進軍しているとの情報もある。

「これだけ完璧な陣形を築いておきながら突破されたのか。」

陣形を詳しく分析できるだけの情報が整う頃にはもはや何を信じていいか分からくなっていた。しかし、この魔物を率いた軍勢の突破力は侮るわけにはいかない。平地で対戦したとしたら防ぐ手立てはないだろう。しかし「魔卒者」とはなんだ?意味の分からない二つ名だ。

「籠城・・・するしかないね。よろしいですか?王よ。」

「致し方なかろう。我は非才ゆえに将軍に任せる。頼む。」

「かしこまりました。」

こうしてネイル国はネイル城への籠城を決めた。そしてその城を包囲する軍勢が現れたのは1週間後であった。3000しかいない。しかし、その3000があり得ないほどの力を持っていると思われる。

「城壁を破る事ができないと信じたい。」


 結果としては城壁を破られる事はなかった。しかし、「邪国」の軍は攻めても来なかったのだ。

「奴ら!何が狙いだ!」

守備兵の中にイラつきが混じる。2万ほどの軍を擁しておきながら籠城をしなければならないこの状況に自制がきかない連中ももちろんいた。

「ミランダ将軍!イレクト将軍旗下だったものたちの中で4000ほどが場外の「邪国」軍へ攻撃を仕掛けています!」

「なんだと!?勝手なことを!」

イレクト将軍の死にヨシュア将軍の投降と度重なる将軍職の喪失に命令系統に不備が生じていた。血気盛んな将校が耐えきれなくなったのだろう。しかし、出撃した4000はこちらが増援を送る間もなく撃滅された。やはり、一人一人のレベルの差が激しい。特にテンペストウルフに乗っている部隊や将校はこちらの将軍クラスの実力をもっているようである。つまり四騎将ともなればもっと上に違いない。

「くそぉ!」

皮肉な事にこれ以降命令系統が無視される事はなくなった。その代わり士気の下がり方は尋常じゃないものがあり、中には降伏論を持ち出すものまで現れた。


「奴らは少数であるが故に長期間の包囲戦でもあまり消耗しないのか。」

食糧は周辺の地域から集めているようである。しかも略奪をした痕跡がない。周囲の地域はすでに降伏してしまったのだろうか。たまに500程度の部隊が補給を連れて加わったり出て行ったりするのが見える。先頭の乗っている大きな斧を持ったのが四騎将の一人なのだろうか。

「今は、我慢するしかない。」

籠城とは己の心との戦いで、それが折れないようにするのが本当に難しいと教えてくれたのはヨシュアだった。その彼は今敵国の手先となって東へ進軍中だ。

「イレクト・・・この国にはあんたが必要だったんだよ。」

今は亡き同僚に向かってつぶやくが、返事があるはずもない。


 ネイル国が籠城を諦めて「邪国」に降伏を決めたのはそれから2週間後の事だった。しかし、事態は思わぬ方向へと向かう。

「どうやら、北に最後の四騎将の軍勢が合流したようです。」

ここに来てさらなる増援、もはやネイル国に抗戦の意欲は残っていなかった。

「王よ。もはや、これまでのようです。」

「ミランダ将軍、自分を責めるはよしなさい。亡国の責任は王にのみ存在する。」

「王よ・・・。」

そこに、一報が加わる。

「報告します!「邪国」の軍勢が撤退していきます!」

「なんだと!?」

ネイル城を包囲していた3000だけでなく、東へ進軍中だった6500もが北へ向かっているという。

「何が・・・何が起こったのだ?」

真相は分からずじまいであったが、滅亡を逃れた事は確かだった。



「あんたら!食糧の事も考えずに先走りやがって!何考えてんのよ!」

「う、いや、面目ない。」

「フェルディ!!あんたまでそんなんじゃ、シウバ様に顔向けできないわよっ!!」

西の大陸から食糧を運んできたのはアウラだった。しかし、投降した兵のあまりの多さに持ってきた食糧は役に立たず。自給自足の政策をとっているかと思えば四騎将はそれぞれ軍を率いて快進撃中だという。仕方なくローレが現地調達に励んでいたが、それも足りなくなる頃だった。

「だいたい最初にシウバ様があたしらをまとめたのも食糧事情が原因だったでしょ!!学習しなさい!」


「あ、あの方が最後の四騎将ですか?」

若干引いているヨシュアがライレルに聞く。

「ああ、そうだ、あれが「ババア」アウラだ。」

「くおらぁぁ!!ライレル!!何て言ったぁぁ!!?あっ、逃げるな!」


 アウラに無理やり召集された「邪国」軍はこれから食糧事情の改善のために北部で狩猟生活に入る事になる。ここに北の魔大陸を騒がせた「第1次邪国騒動」は一旦の収束を得る事となった。



「あんたがヨシュアね。捕虜としての生活ご苦労様。ネイル国に帰るといいわ。そして力の差は分かったと思うから北へ攻めてきたら許さないわよ。」

食い扶持を減らすという理由で放逐されるヨシュアたち。

「君らは、理解できん。だが、その人をできる限り殺さないという方針には共感したい。できる実力がないがな。」

「これはあの方の方針なのよ。私たちも理解できないわ。あの方に感謝するのね。」

「「邪王」様にお会いするわけにはいかないだろうか?」

「「邪王」じゃないわ。それはローレのバカが勝手に言いふらした二つ名。本当の名前は・・・。」



「リヒテンブルグ王国魔王「剣舞」シウバ=リヒテンブルグ様よ。あんまり言いふらしちゃだめだからね。」


な、なんだってー!!!?まさか「邪国」がリヒテンブルグ王国だったなんて!!

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