5-3 神を超える者
「「「レイクサイド!! レイクサイド!! レイクサイド!! レイクサイド!!」」」
戦場に残るはほぼ少数のみだった。各国の軍勢の突撃が開始され、落ち延びようとした一団をトバン国軍が叩いた時点で決着はついたのだろう。戦場に飛び回る多くのワイバーンとウインドドラゴンが近くを通る度に、レイクサイド騎士団を褒めたたえる歓声が上がる。多くの者たちが、これで脅威が去ったと考えているようだった。
「ハルキ様、アレクからの連絡が途絶えました」
シウバ達の動向を確認させていた諜報部隊の人間からの通信だった。最終的にヨシヒロ神とテツヤ=ヒノモトの合流が間に合い、3人は救われたようだったが、その後蟲人の穴に突入していったとのこと。追いかけるには実力が足りないと判断した連絡係はとりあえず指示を仰ぎたいとの事だった。
「状況からすると、その先に女王がいそうだな。しかもゴゼの大空洞にいたほうのやつだ」
先ほど、こちらの戦場で地上に出現した女王が最後の蟲人を産んだところだった。羽の生えているそいつはかなりの強さだったが、最終的にはフィリップ=オーケストラのミスリルゴーレムに倒された。そいつの抵抗がなくなると同時に蟲人の多くは生存を諦めたようだった。女王はその後、ミスリルゴーレムに倒され、残すは殲滅戦のみとなった。
「神楽とテツヤが向かったんなら大丈夫とは思うが、予想に反して多くの蟲人があっちにいたんだな」
残るはごく少数かと思ったためにシウバ達を派遣したのだった。まさか三人で数百の蟲人を相手にすることになるとは思わず、報告を受けた時には背筋が凍った。しかし、彼らはそれを乗り越えた。
「騎士団を全て集めろ。このまま東へ向かう」
レイクサイド騎士団だけでも東へ向かうべきだろう。ヨシヒロ神がやられるとは思わないが、少数ではできない事というのもある。ただ、何かが起こっていても間に合わない可能性が高い。生き残っていたら、シウバに謝らなければならない。
「これで、終わりになるか……」
蟲人はバグだったはずだ。繁殖ができない彼らは朽ちていくしかないはずである。そして絶滅してしまえば、バグは終了だ。それは後で神楽に聞くこととしよう。
***
「悪いな、俺は現実主義なものでお前らと正面から戦うほど馬鹿じゃない」
蟲人の穴の中ではアレクがアークデーモンとともに迫りくる蟲人を妨害し続けていた。決して殴り合ったりなどはしない。ここは通さないという意志表示はするが、すぐに後退して場所を変える。そして遠距離からの攻撃を多用していた。たまにクレイゴーレムが召喚されて天井を掘り出したりしている。最終的にグレイゴーレムが強制送還されたとしてもそこの通路が開くまでに時間がかかる。なにせ蟲人たちは武器はおろか道具をもっておらず、己の拳のみで土砂を撤去しなければならないのだ。それが四メートルを超える巨体だと言っても、クレイゴーレムはさらにでかく、掘った天井から落ちる土の量も半端ない。
「馬鹿め、俺が自己犠牲の精神で残ったのとでも思ったのか!?」
ようやくある程度の土砂をかき分けて蟲人が通れるくらいの穴になるまでもう少し、という所で最高硬度の矢がその穴目がけて撃ち抜かれる。頭を吹き飛ばされた蟲人が後退する。作業が止まる。
「よし、クレイゴーレム! あっちの穴も塞いでしまえ!」
アレクの手には空のポーションの瓶が握られている。徐々に後退しながら穴をふさぐクレイゴーレム。そしてものすごい勢いで穴を掘っていく蟲人たち。お互いの距離がだんだんと縮まり、クレイゴーレムまで攻撃が届くようになる。しかし、それをアークデーモンたちが阻止し…………。
蟲人たちがクレイゴーレムとアークデーモンを強制送還させ終わるまでにかなりの時間がかかった。そしてそのころにはアレクの姿はどこにもなかったのである。
「へっ、あいつらまるで子供程度の知能しかないな! シウバみたいだ!」
穴の中にシェイドを召喚してある。通路の先がどこにつながっているかはシェイドが教えてくれる。アレクは地上へ出ていた。そして通路ではなく地上から女王の居場所まで直行するつもりである。
「近くに地上への出口があればいいがな」
魔力を消費した今では女王の住処まで土を掘れる自信がない。大量に召喚したシェイドが蟲人の掘った穴をくまなく探索してくれている。脳内に地図を描きながらアレクは進む。
「シウバは馬鹿だから、俺が死んだとか思ってそうだな」
たまたま地図上で穴が一か所に収束する場所があった。複数のルートがあれば一か所に拘る必要はないが、ここさえ守ればこの先に行けないという場所があるのは幸運である。最後のMP回復ポーションを飲み干す。
「アイアンゴレーム!」
召喚されたアイアンゴーレムが穴の収束点目がけて土を掘っていく。穴があらわになると、周囲の土でその穴を塞ぎ始めた。
「所詮、時間稼ぎでしかないが数十人くらいは防げそうだな。この先にはあまり蟲人はいないようだし、これでも十分だろう」
ここは死守である。シェイドの探索で蟲人たちの数も把握できた。先を行くシウバ達も補足できたようである。女王の住処らしき空洞も確認できた。蟲人は数人しかいない。一人は女王だろう。ヨシヒロ神やテツヤ=ヒノモトがいて、負けるわけがない。
「シウバ、死ぬなよ」
後は自分の役割を果たすだけである。
***
「母者…………」
新たな女王が生まれた。ガ=クユは母の亡骸を前にたたずんでいる。
「お前ら、女王を頼む」
3人の蟲人がこくりと頷く。母である女王ガ=メイがいかに慎重に行動したかが分かる。ほとんどの同胞がここまでする必要があったのかと感じていた。しかし、人類は我々蟲人の予想をはるかに超える脅威だった。それは天龍におびえて暮らした女王ガ=メイとその世代にしか理解できないほどの慎重論だったが、それでも母は、女王ガ=メイは正しかった。
「ガ=クユ、そなたはどうする?」
新たに生まれた女王が聞く。彼女にこれからの蟲人の将来がかかっている。
「我は母とともにいる。母とともに戦う」
「そうか」
生まれたての女王の腹はまだ大きくない。移動をするならば今のうちだった。3人に守られ、女王が地上を目指す。
蟲人は敵を喰らう。天龍を喰らった蟲人たちはそれで強くなった。
「母者……」
我ガ=クユは思う。強者を取り込む事によって、さらに我らは強くなる。
「まさか、嘘だろ?」
女王の間と思われる場所に着いた俺たちは衝撃の光景を目の当たりにする。そこにいたのは他の蟲人よりも二回りはでかい蟲人だった。そして、そいつはなんと女王を喰らっていた。目から涙を流しながら。
「もしかして、次の女王が生まれたのかな?」
ヨシヒロ神の額に汗が流れる。たしかに、この状況で最悪なのはそれだ。前の女王が最後の力で最強の蟲人を産んだ。そして女王を産んだ。こいつは次の女王の元へ俺たちを行かせないために、一人ここにいる。手には、他の蟲人と違って大きな剣が握られていた。
「あの剣、見覚えがあるね。僕を斬ったやつだ」
俺たちを無視し、そいつは女王を全て喰らった。次の瞬間、明らかにそいつに宿る魔力が増えるのを感じる。
「おいおい、こいつはまずいんじゃないか?」
「あ、テツヤもそう思う? たぶん、かなり強いよ」
「我は、ガ=クユ。最強の母の子だ」
蟲人はそう言った。
「来るぞ!」
ヨシヒロ神が叫ぶ。しかし、次の瞬間にテツヤ様が後方に吹き飛んだ。
「がはぁっ!!」
なんとか刀で受け止めたようだったが、剣を切り上げた蟲人は、その次にヨシヒロ神へと斬りかかった。でかい衝撃音がしてヨシヒロ神が剣を受け止める。お互いの剣にひびが入っているのが分かる。そして、ガ=クユは一度剣を引くと、再度ヨシヒロ神を斬りつけた。ヨシヒロ神の剣が折れる。
「ちぃっ!!」
距離を置くヨシヒロ神。なんて奴だ。神と互角以上に戦っている。
「アイスバースト!!」
「風・剣舞!!」
マジェスターの魔法が飛ぶと同時に俺が斬りつけた。しかし、ガ=クユはそれを剣の一振りで吹き飛ばしてしまった。巨大な剣を受け止めるが、テツヤ様同様に吹き飛ばされる。マジェスターのアイスバーストもほぼ効果がないようだった。
「魔装!!」
ヨシヒロ神が剣を召喚した。
「シウバ、マジェスター。手を出さないでね。君らが死ぬとエリナが悲しむ」
「お前が神と名乗っているやつか」
「残念だが、今の僕は神の力を失っている。そこの出来の悪い後輩のせいでね。コンソールがあれば君なんて瞬殺だ。存在ごと消してあげれたのに」
「それは残念だったな。母のように、お前も喰らうとしよう。我の糧となるがいい」
だが、先ほどの攻防をみれば分かってしまう。
こいつは、神を越えている。
よ「ヤベ、アイツ僕より強くね?」