4-3 三大精霊
「いいか、目玉焼きに何をかけるかという議論はされつくした。
しかし、間違いは間違いだ。
醤油? ソース? 塩?
お前は何を言ってるんだ? ケチャップ一択だろうが!!
何? そんなの聞いたことがないだと?
では、金輪際オムライスにケチャップかけるなよ!!
え? 今は目玉焼きの話であって、オムライスではない?
しかもオムライスはデミグラスソースとかホワイトソースの方がオシャンティーだと?
デミとホワイトの意見には同意しよう。紬もデミグラスかけるのは大好きだ。缶のソースを火にかけながら赤ワインとケチャップで溶いて、水を加えてやや薄くすると尚良い。飲めるほどの味の濃さがベストだと思っている。ここでもケチャップがでてくるけどな。
しかし、目玉焼きもオムライスも卵だ!
相性が良いという事は否定はさせんぞ!!
何ぃ、どう考えてもケチャラーだと!?
ばっかもぉ~ん!
ケチャラーとは本来かけるべきでもないものにケチャップをかける強者の事だ!
目玉焼きには本来ケチャップをかけるべきであって、寧ろお前らが醤油女とかソースメンだ!
塩? 塩だけだと? 塩だけで素材の味を毎回引き立てることができると思うなよ!!
と、いうわけでケチャップをかけろ。
え、ない? じゃあ、食べるなって? いや、食べます。はい。ちょっとコンビニ言ってケチャップ買ってくるね。他にいるものある?」
という会話を嫁さんと繰り広げたことがある。
「なんてこったい!! あれはうちの村では神とされる大精霊コキュートスだけではなく、他の村で祀られているイフリートやシルフ、それにタイタンまでいるじゃねえのかよ! なんて眼福なんだ。村に帰ったらぜったいにジジイどもに自慢するんだ。ついでに炎の村の奴らにも言ってやろう。あいつら絶対にイフリートなんてこの数千年以上見たこともないはずだし、だいたいコキュートスがこれだけ見れるのもハルキ様がレイクサイド騎士団を作り上げたからデアッテ、ドウカンガエテモホカノヤツラナンカニハデキナイシ、クソガキガサソッテクレテホントウニヨカッタゼ。ソレニダイセイレイノデンセツトイエバウチノムラニツタワッテ………………………! …………? ………」
四大精霊を召喚した事で、戦況は逆転するかに見えた。しかし、現実はあまくないと知っているのが優秀な指揮官である。
「ダメだ。撤退だ。今のうちにブルームを叩き起こして軍をまとめさせるんだ。後方から突撃中のヒノモト軍はもう少し右翼側に寄るように伝えてくれ。後方のネイル国軍が合流したら本格的に撤退をするぞ」
瞬時に戦況を判断するハルキ=レイクサイド。しかし、眼前の蟲人を切り刻み、風の大精霊が吠える。
『我らが敗北するとでも言うのか!?』
その迫力には味方すら、怯えるほどであったが大召喚士には通じない。
「じゃあ、この状況でエレメント魔人国の部隊がこれ以上損害を被らずに、つまりは壊滅せずに勝利できるとでもいうのか? 俺の認識ではお前はそこまでの召喚獣ではないはずだ」
『しかし、我らは負けん!!』
「お前らが負けなくても…………、ああ、もういい。還れ。二度と現世に出てくるな」
強制送還される風の大精霊シルフ。
「ウォルター、帰ったらシルフの契約素材の資料を破棄しろ。そして風の村には事実のみを伝えて置け。お前らの大精霊は召喚獣としては下級過ぎて使えなかったとな」
「御意」
『『『!?』』』
残りの三精霊が目を合わそうとしなくなり、眼前の蟲人を殺しにかかる。シルフの抜けた穴にレッドドラゴンが召喚され、周囲の騎士団にはさらに信じられないものを見たという空気が漂う。
『やべえよ、コキュートスのおっさん。お前の雇い主、めっちゃ機嫌わるいじゃん!』
『い、いや、普段はそんな事ないのだぞ? あ、そっち二匹行ったぞ』
『いや、タイタンの言うとおりだ。ここまで恐ろしい純人などに召喚されるとは思わなかった。おそらくシルフは今後現世に召喚される事がないのではないか? 主が召喚都市の領主なのだぞ? 魔人族は召喚魔法が使えないのだぞ?』
『いや、イフリートよ。本当に普段は温厚な方なのだ。むしろヘタレ……』
しかし、それは大召喚士に聞こえていたようである。
「コキュートス、何か言ったか?」
『いえ、何でもないであるぞ、我が主よ』
「キリキリ働け」
『了解した』
その主の手には空になったMP回復ポーションの瓶が握られていた。そしてその後ろでは親衛隊のルークですら黙ってしまっている。普段通りなのはフランとヒルダくらいであろうか。
ハルキ=レイクサイドが不機嫌であるのには理由があった。
以前、これほどまでに機嫌が悪くなったのはセーラ=レイクサイドおよびロージー=レイクサイドが拉致されたと勘違いした「マデウ襲撃事件」以来である。その事件は騎士団の中では恥辱の歴史として残っているのであるが、その際に報復としてハルキ=レイクサイドがエレメント魔人国に放った手が、魔喰らいの首都投下および南側の港の空爆である。あまりの被害の大きさに、ヴァレンタイン王国を放っておくことができなかった魔王アルキメデス=オクタビアヌスは自らヴァレンタイン王国を攻めて死ぬことになった。騎士団の中にもトラウマを植え付けた領主の怒りが思い出される。
「ハルキ様、ヒノモト国軍がもうすぐ敵の左翼後方に接触します」
「そのまま左翼と戦闘を続けながら滑るようにこちらへ合流してもらえ。間違っても中心部に向かって突撃するなと。壊滅するからな」
「ネイル国軍が合流します」
「エレメント魔人国の最前線と交代だ。エレメント軍は全力で撤退を。ブルームのクソガキは起きてんだろうな?」
戦局が徐々に変化していく。ヒノモト国軍とナイル国軍が合流したことでさらに圧力が増した連合軍は蟲人の大軍を押し返すかに見えた。しかし、蟲人たちは一旦退くと、集団を形成して押し返してきたのである。一部が崩れても、それが全体に伝わらない不気味さをハルキ=レイクサイドは感じている。
「空中戦に力を入れておけ。第七および第八騎士団、残りの第四騎士団は上空へ。第六騎士団はネイル国軍とともに前線へ。俺も最前線まで上がるから親衛隊も前進だ」
結局、エレメント魔人国はその半数の兵を失うこととなり、前線で一度激しくぶつかった両軍は申し合わせたかのようなタイミングでお互いに退いた。空中戦ではレイクサイド騎士団に分があり、約半数以上の蟲人が落とされていた。負傷者も少なく、空を制した事で明日からの戦局に有利に働く事が期待されたが、地上でのあまりの損害に誰も喜ぶことができなかったという。
そしてレイクサイド騎士団の宿営地では、「鉄巨人」フィリップ=オーケストラの魂の命令が出されていた。
「まずい、ハルキ様の機嫌が最悪だ! 急いでセーラ様を連れてこい!!」
その夜、ヘテロ=オーケストラは徹夜でペリグリンを飛ばした。翌朝、セーラ=レイクサイドに朝ごはんを作ってもらったハルキ=レイクサイドの機嫌はなんとか持ち直したのである。ただし、目玉焼きに塩をかけたら「ケチャップがいい」と謎の調味料を要求したため、またしてもヘテロ=オーケストラが首都エレメントまで飛ぶはめになったらしい。
「奥方様、ハルキ様の機嫌が悪かったのって、何が原因だったんですか?」
「あぁ、ユーナ。もともと戦争になるとピリピリする人なんですよ。今回の戦争も誰もあの人の言うことを聞いてくれなかったから起こったようなものですし」
「でも、今回のは凄かったですよ?」
「あぁ、それはね…………召喚中からずっと、ルークがうるさかったんですって」
「…………」
こうして「矢継ぎ早」のルークの二つ名が「残念エルフ」になり、さらに後日「風の村」から指名手配されるのであるが、なんとかドリュアスの力を借りて逃げ延びたのだった。