2-1 分散
前回までのあらすじ!
忘れ物ない?
あ、あれ忘れた!
え? 何だっけ
えっと、しゅ、主人公? ← イマココ!
迫りくる巨体を次々と斬り抜ける。一人一人の力はそれほどでもないが、四メートルを超える巨体が矢継ぎ早に襲ってくるというのは脅威だった。右側でウインドドラゴンが下降するのが分かる。もう一頭はちょうど反対側だ。どちらへ向かえばいいか判断し損ねた。
「死ねぇ!!」
蟲人の異形な口から流暢な言葉が聞こえてくる。そして、その首を刎ねる。
「はぁっ、はぁっ」
さすがに体力が続かない。今まで十数人の蟲人の腕や足を切り落としてきたが、胴体に剣を突き立てる気にはなれなかった。抜けなくなったらそれは死を意味する。
「このっ!!」
次の蟲人の攻撃を避ける。しかし、その避けた先にさらに次の蟲人の剣が迫っていた。
「氷剣舞!」
己を斬ろうとしている剣ごと、蟲人を凍りつかせる。そして、手足の関節を切り上げた。異常なほどに長い手と足が宙に舞い、蟲人はバランスを崩して地に伏せる。血が噴き出すのは、彼らが人である証拠なのだろうか。
「フレイムレイン!」
炎の破壊魔法を広範囲にわたって発した。これで、一息つける。戦闘能力を失った蟲人たちが足元に伏せているだけで、けがを負っていない者からは距離がとれているはずだった。向こうでミスリルゴーレムが拳闘士のように素手で戦い続けている。
「はぁっ、はぁっ」
ユーナのウインドドラゴンがフランさんを乗せて飛び立つのが見えた。であるならば反対側のハルキ様のウインドドラゴンの方へと向かうべきだ。幸運なことに、その先に遮る者はいないようである。テツヤ様が飛び乗るのが見えた。
「…………」
しかし、いきなり右足を掴まれる。それは地に伏せた蟲人だった。先ほど、首を刎ねたやつであり、大量の血を吹き出しながらも反対の手には剣を持っている。その剣が振り下ろされる。
「がっ!」
巨大な鉄の塊が視界を埋め尽くすのが分かる。足を掴まれ、反対の手で叩きつけられた鉄の剣の刃はなまくらに近く、とっさに受けた両手の剣を砕くことはできなかったが、衝撃は体を突き抜けた。これが起ち上っての攻撃だったならば命はなかっただろう。最後の力だったようだ。首からの大量出血は続いており、すぐに足を掴んだ手の力が抜け、剣も地に落とされた。
「くそっ」
巨大な質量で殴られたことで、頭がふらふらするし体が動かしにくい。とっさに回復魔法をかける。しかし、あちらから次の蟲人がやってきているのが見えた。
「マジかよ」
死を意識する。ユーナは離脱した。ハルキ様とテツヤ様がいれば作戦の成功は間違いない。だったら、いいかもしれない。
「こっちだ、シウバ殿」
急に手を掴まれた。ぐいっと引っ張られると、その人物は俺を荷物のように担ぐ。そして繁みの中に突っ込んだ。
「ドリュアス!!」
『任せろ』
森を進む速度が異常なほどに速い。巨大な蟲人が樹々に阻まれている。しかし、その人物は樹々がそこにないかのように森を進む。
「大人しくしてろ。自分の脚で歩かれると逃げきれない。剣をしまえ、枝が傷つく」
二本の剣をなんとか鞘に納める。さらに走る速度が上がったようだ。
「あの小僧め! さすがにこれは話が違えよ!」
小僧とは誰の事だろうか。薄れ行く意識の中で、俺が覚えているのはここまでだった。
***
「私、帰ります!」
「待てユーナ、一人で行ってもやられるだけだ!」
「でも!」
まさかシウバを置いて来ただなんて! 二頭のウインドドラゴンは北西を目指して飛んだ。どちらもお互いにシウバが乗っているものだと思っていたのだ。ゴゼの大空洞からは若干方向がずれてしまうが、今は蟲人から遠ざかる必要があった。すでに私たちが近づいているという事はバレていたのだ。
「ユーナ、落ち着けよ。お前のシウバがそう簡単にやられるわけがねえだろうが」
テツヤ様が言っている意味も分からなくもない。シウバはそう簡単にはやられない。でも、あの状況はどうなるか分からない。なにせ三体のミスリルゴーレムは強制送還されたようなのだから。
「冷静になれ、生きている事を大前提に行動しよう」
「分かりました……」
ビューリングさんが言う。冷静になるならば、生きている事を前提にしたほうがいいに決まっている。しかし、冷静になんてなれそうにもない。
「シウバが生きているとしたら、さすがに一人でゴゼの大空洞を目指すのは危険だと思うはずだ。そして我々の存在は蟲人たちに知れ渡ってしまった。ここからは隠密行動は難しいだろうな。であるならば、一気にゴゼの大空洞を奇襲して、女王を倒してしまったほうがいい。ビューリングとラッセはユーナと一緒にシウバを回収してきてもらえないか? あいつがいた方が殲滅は楽だ。間に合わんかもしれんが、合流してゴゼの大空洞に向かってくれ。他はこのままゴゼの大空洞に行くとしよう」
「分かった」
ビューリングさんとラッセさんがシウバを探しについてきてくれるようだ。ハルキ様は私がこのままでは戦力にならないと判断したのだろう。
「ちゃんと拾って来い、お前のだろ? あいついないとテツヤの魔法の威力がしょぼいんだよ」
わざと、おどけて見せてくれている。私はまだまだ心を鍛える必要があるな。
「ふぉっふぉっふぉ、ユーナ。大丈夫ですよ」
出立直前にフラン様が話しかけてきた。他の人には聞こえないように。
「シウバ殿は生きてます。多少、怪我はしたようですがね」
そっと渡してきたのは、羊皮紙の端切れだった。
『南東、二つ山のちょうど真ん中』
これは、なんだろうか。もしかしてここにシウバがいるのだろうか。フラン様はそれ以上何も言わずにハルキ様のウインドドラゴンに乗って行ってしまった。
「ユーナ殿、行きましょう」
ラッセさんが後ろから声をかけてくる。シウバが生きているなら、それでいい。
「はいっ!」
ウインドドラゴンを目いっぱい飛ばすんだ!
***
「あのクソガキめ。死ぬところだったじゃねえか…………」
俺が意識を取り戻したのは数時間後だったらしい。起きた時には樹々に囲まれた泉の傍だった。
「お、起きたか」
「……あなたは? 助けていただいて、有難うございました」
「あー、まだ起きん方がいい」
その人物はエルフだった。しかし、どこかで見たことのある鎧をつけている。レイクサイド召喚騎士団の鎧だ。
「俺はルーク、今度創設されるレイクサイド騎士団親衛隊の一員だよ。シウバ殿の事はマジェスターからよく聞いてる」
書籍のイラストが悶絶ものです。
白梅ナズナ先生、一点物の販売とかしてないかなぁ。言い値で買うのに。