2-6 野菜と魔王代理
……ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
(コソコソ……あなた! 本当に明日なのかしらね!? …………え? 実は明日とは限らないですって!? じゃあ、あの『……ざわ……ざわ』はなんなの!? 読者の方々は「またあいつが変な事を発表しようとしてるけど、どうせこの前みたいに100話目とかしょぼ~~~~~~~~~い話を発表しようとしてるに違いない」って思われてるに決まってるわ!! それでいいの!?)
(え? 実際にしょぼい事かもしれないって!? …………マジで?)
仕事をさぼっているのをライレルの部隊に見つかった俺たちは、燃やし尽くした樹の魔物の近くで休憩をしていた。ライレルの部隊は5人で3頭の怪鳥ロックに分かれて乗っているようだ。この周辺で首都「リヒテンブルグ」の住民の食糧になる魔物を狩って輸送するのが今回の仕事だったようであるが、大きな樹が燃えているのを見たために駆けつけてきたと言っていた。
「よし、そういうわけだからお前らは何も見なかった。いいな?」
こういう時は開き直りと権力行使である。部下が不満を持たないようにするというのが必要であり、賄賂の代わりに狩ったホワイトボアの肉を渡しておいた。皆、魔王や魔王代理の仕事が回ってくるはずもない下の連中ばかりであるから、むしろ俺たちに出会えてお小遣いをもらったことで嬉しそうである。しかし、ここにそれでは嬉しくない奴が一人いた。「斬空」ライレルである。
「さあ、お前ら早く帰って任務につけ!」
「いや、なんでライレルもこっち側みたいな感じで喋ってんの?」
「ナノ様だけ同行するというのが危のうございます故、私が護衛について行きます!!」
こいつもさぼるつもりだな……。「えーっ!?」という怪鳥ロック部隊からの怨嗟の声をものともせずにライレルは部下たちを追い払ってしまった。
「さあ、行きましょう!」
怪鳥ロックまで追い払ってしまったライレルのためにフェンリルをもう一頭召喚する。ナノは体格がいいから一人乗りだ。ライレルは満面の笑みで俺の後ろに乗っている。少し気持ち悪いな。
「それで、何処までお出かけになる予定だったのですか?」
「ああ、山脈の西の方に沼があるんだって。そこに生えてるこの薬草を採りに行こうと思ってて……」
「むむっ!」
薬草の絵が書いてある木簡を覗いたライレルが変な声を出す。
「どうした?」
「これは! もしかしたら「アプロ草」かもしれませんな!」
「アプロ草?」
「大型の花型魔物の頭部についているとされる薬草です。その魔物の名前が「アプロ」なんですが、そこそこ強く、なかなか手に入れる事のできない薬草です」
それでランクSだったのか。だったらもうちょっと情報が欲しかったところであるが、もしこの情報を知っていたとしても依頼を受けていただろうな。
「テンペストウルフよりも強いかもしれませんな、まあシウバ様がおられるので全く問題ないでしょうが」
テンペストウルフよりも強い? そんな魔物がいたなんて知らなかった。
「花形の魔物ですので移動しないのです。ですので近づかなかったら脅威になりませんし、それでランクが低めなのでしょう」
「それで、この薬草は何に使えるんだ?」
「申し訳ございません。詳しい効能は知らないのですが……」
まあ、ライレルだしこんなものだろう。薬草が魔物の頭部に生えているという事が分かっただけでも良かった。目的地に到着したらそのアプロという魔物を探せばいいのである。さっきも植物型の魔物に襲われたし、この大陸は他とは全く違う魔物が発生するのかもしれない。しかし、ラレイルが続けた言葉は予想外だった。
「とりあえず、美味いというのは聞いたことがあります」
「なにぃ!!」
隣のフェンリルからナノの叫び声が聞こえる。こっちの会話を聞き取れていたという方が驚きであるが、どれだけ野菜への執着が凄いんだろうか。
「焼いても揚げても上手いという事だけしか知らないので、具体的な調理法は全然知らないのですが」
「シウバ様!! 納品するもの以外はこちらで徴収してしまいましょう!!」
魔王代理がすげえ事を言い出した。「本当にそれをやりたいなら魔王になってからにしなさい」と言うと、本格的に考えこみだしたからこれは重症である。
「しかし、この「アプロ草」? がどれくらいの大きさなのかにもよるし、アプロが1体だったら納品しなきゃならないから食うわけにもいかんだろ?」
しかし、そこそこの金額が依頼料として提示されていただけに、これを頼んだやつは金持ちなのかもしれない。金持ちだったら知り合いの可能性も高いから、食わしてもらえるかもしれないな。
「とりあえずは、この「アプロ草」を納品して、それからだ」
依頼は完遂するのが当たり前なのである。どんなに野菜が食べたくてもだ。欲しかったならばもう一体討伐しなければならないのは当たり前である。探して、もう一体となると大変だろう。そこまでして食べるかどうかはナノ次第である。
と、思っていたが目的地に着いた俺たちはそんな考えが無用だった事を思い知る。
「あの、あたり一面にアプロがいるような気がするんですけど」
明らかに「アプロ草」を頭部に生やした植物系の魔物がうようよしている。それも辺り一面に。100体以上いるんじゃないか?
「もう、めんどくさいから最初の一体だけきちんと討伐して、あとはフレイムレインで焼いてしまえ」
「そんなバカな!?」
ナノがすごい形相でこちらを見てくる。
「少なくともあの頭は美味い野菜なんでしょう!? ということは他の部分も食えるかもしれません!!」
理屈から言えば可能性は非常に高いけど……。
「ライレル殿! とりあえず一体討伐して頭部の「アプロ草」を食べよう! 上手ければ討伐隊というか運搬部隊を連れてきて乱獲だ!!」
ナノとライレルが目の色を変えてアプロに襲い掛かる。触手をものともせずに首の部分を落としてしまった。アプロ草を大切に確保するが、身体だけになったアプロはまだ触手で攻撃をしてくる。それを一つ一つ切り払って胴体にも攻撃を仕掛けるナノとライレル。決して焼き払おうとはしない。ついに根っこから斬られてしまったアプロは動きを止めた。
「頭部のアプロ草が上手いという事は胴体も食える!」
とかなんとか言ってしまっている。もの凄い手際で竈が作られて、他のアプロからの攻撃の届かない所で調理の準備が進められていった。
「まずはグリルが裏切らないのではないか?」
「いや、ナノ様。ここは千切りにして生で」
アプロ草はかなり肉厚の葉野菜という感じである。しっかり洗えばそのまま齧っても美味そうな……。
「茹でるのが意外といいかも……」
二人が他の部分の調理法でもめている間に頭部のアプロ草の部分を少し拝借する。そして、水魔法で洗った後にかじってみた。
「美味いっ!!」
なんとみずみずしく、しかも甘味が強く後味がすっきりしていて、なんというか果実を食べているようで尚且つ葉野菜の風味も損ねていないというかなんと言うか。
「あぁっ!! シウバ様! 自分だけずるい!」
叫んだらナノに見つかってしまった。しかし、これは美味い。制止されようが知ったこっちゃない。最近肉ばかり食べていた身としては美味すぎる。
「うめぇぇ!!」
「なんてこった!!」
ナノもライレルも食べたようだ。それぞれその感動をつたない表現で表す。これは、単純に美味いといった方がいい野菜である。
「ライレル!! 運搬係を呼んでくるのだ! それまでに何体か討伐しておく!」
「了解です! しかしその前にもうちょっと旅のお供にください!」
アプロ草を掴んでライレルがワイバーンに乗る。俺の召喚範囲ギリギリまで行けば、近くの部隊に連絡する魔道具が使えるそうである。
「シウバ様!! まだまだいますから沢山狩りますよ!!」
おい、納品はどうなったんだ? もしかしてこの無数のアプロを狩って食料にする気か?
「無論です!! おりゃぁぁぁぁ!!!!」
結局、ナノは日が暮れるまでアプロを狩っていたようだ。俺は狩られたアプロ草を齧りながら、他の部分を味見しつつ料理方法を考えて過ごした。ライレルが部隊を引き連れて戻ってきた時にはかなりのアプロが狩られており、依頼分のアプロ草を除いてそのほとんどが魔王館に接収されたという。
野菜を食うためにナノが権力をふんだんに使った事件であった。