2-3 遷都と残る者たち
……ざわ……ざわ……
「まずは食料問題だ! そのあと遷都するぞ!」
目の前の問題を一つ一つ片付けていく必要もある。考えるのは同時進行でいく。
「部隊を分けよう」
テンペストウルフの部隊を何隊かに分けて各集落を回らせる。その集落の戦力が足りなければ狩猟を手伝い、狩猟の邪魔になる強い魔物がいれば狩り、そうしてほとんど集落の現状の情報も把握するのだ。補充が必要な所も多いだろう。逆に余裕があるところがあれば戦力を再編成する必要がある。
そしてそれが終わるころには四騎将の集落をまとめて山脈の南に引っ越しだ。ここら一帯には集落は一つでいい。山脈の北にはアウラが残ってくれることになっている。海岸線沿いと西と合わせて大きな集落を3つに絞り込むことにした。大掛かりな工事も行い集落の中に畑を作り食料を少しでも自給できるようにする。もともとは山脈の北側は資源の多い場所だからこれで問題ないだろう。発生するテンペストウルフを捕獲する部隊や、北の雪原のグレーテストホワイトベアを狩る部隊が常駐するのである。北側に残る部隊はそれなりの実力を持った部隊である必要があったためにローレの部隊がこれを引き受けた。四騎将のうちの二人が山脈の北をガッチリと守ってくれれば安心だ。
ナノは首都をまとめる係となる。首都の名前はやめてくれと言ったが、「リヒテンブルグ」になってしまった。当たり前だとほぼ全員に言われた。場所は山脈のすぐ南に位置する所にした。東に一日もあるけば海に出る場所である。あまり木々が多くないところではあるが、川が流れており海まで船で行けることと、南側への交通が不便ではないという事でここにした。周囲に集落は少なかったが、できるだけ首都「リヒテンブルグ」に移住するようにと通達を出したらほとんど全ての住民がそれに従った。どこも食料難でこれ以上の生活が苦しいと思っていた所だったようだ。周囲の魔物は種類が多かったがテンペストウルフほどに強いものはそうそういなかった。ただ、集団で出現する類のものが多く、生半可な戦力では狩りに成功しない事も多いのだそうだ。首都周辺の狩りを統括する部隊はライレルが名乗り出た。奴なら問題なく任務を全うするだろう。
首都から東に行った海の近くに集落があった。もともとは小さいその港町を大きく改修する事にした。この港町は王国全土から回収された魔物の素材を加工し、他国や国内に向けて販売する国の要となる。この港町のリーダーにはフェルディを指名した。これ以上の適任はいないと思われる。そして、後日クロウを拉致する事が決まっている。レイクサイド領を越える規模の鍛冶と生産の工場をここに作るつもりだ。世界でもっとも素材があつまり、加工される都市にしたい。
そして海岸線沿いの集落は船でお互いに連絡を取らせることにした。人と物が定期的に往来するようにし、物資と情報が行き来しやすくする。もともと食料にはあまり困っていなかった集落が多く、余力があったためにこれは順調にいくと予想している。陸地と違って魔物の発生が少なかったというのが幸いした。
問題は山脈の南で内陸の奥地の地域だった。首都から遠ければ遠いほどに食料問題が深刻であり、中にはテンペストウルフを維持できずに食べてしまったという集落まであったという。こういった地域に重点的に食料を供給する必要があるが、それ以上に自活の術を伝えて行かなければならない。最悪は首都に移転してもらう必要がある。狩猟で食べているのであればその土地自体に価値はない。ひとまとめにしてデカい集落を作らせても良かった。しかし、これ以上都市を作っていく力はまだない。まずは様子見というところか。
強力な魔物の発生に関しては俺たちを中心とした部隊を作った。俺、ユーナ、マジェスター、エリナの4人は基本的にその時に最強と思われる魔物を狩りに行く。その他にナノを中心とした部隊を編成させた。補佐はハサウにやらせる。こいつらがゆくゆくはリヒテンブルグ王国の主軸となっていく部隊であるが、現在ではまだまだローレの部隊にも及ばない。すこしずつ俺たちに同行させたりして鍛えていく必要があると思われた。少なくともマジェスターとエリナとハサウがいればティアマト程度であれば狩猟できる事も確認できた。そのうちマジェスターやエリナがいない状態でもSSSランクが狩れるようになって来れば安定した狩猟ができるようになるだろう。最初の数か月は冒険者ギルドの情報網も設置できておらず、かなり忙しく各地を回ることになりそうだ。
数週間後に、ハルキ様から穀物を送ったという連絡がきた。代わりに魔物の素材を寄越せと言われたのでありがたく受け取り、適当なものを送っておく。エルダードラゴンやティアマトの素材はまだこちらでは加工できないので食料と引き換えとなるのが一番いいだろう。クロウが来た時の事を考えて少しは残しておこう。
各部隊が集落を回り、そして穀物が送られてきたこともあり食料問題はとりあえず乗り越えた。今年はなんとか過ごせそうである。そうと決まれば引っ越しが始まるのだ。すでに非戦闘員が四騎将の集落をまとめた大集落を作り上げていた。これはもう都市と呼んでいい規模だ。畑も増設されており、それが塀の中にあるために魔物を気にせずに収穫できる。アウラとローレに管理を任せ、引き続きテンペストウルフの捕獲も継続するように指示し、俺たちは遷都を開始した。先行隊が仮設の住宅くらいは作ってくれているそうである。これから忙しくなりそうだ。
***
「さすがよね。規模が大きくなってもやる事にそつがないわ」
「アウラ、お前さんはてっきり首都について行くもんだと思ってたぜ?」
「考えたわよ。でもね、ローレ。奥方様もおられるし、別に私はあの人のそばにいなくてもいいの。陰ながらあの人を支えるだけで十分だわ」
「意味分かんねえな」
北の大集落はもともとのナノの集落の名前をとり「レイレット」の町となった。ここは基本的に四騎将の一人である「策士」アウラが治め、「魔卒者」ローレの部隊が常駐する事になっている。テンペストウルフの発生が最も多い地域であり、王国全土に調教した魔物を送り出さなければならない。
南で首都「リヒテンブルグ」の建設が始まった頃にはすでに「レイレット」はその外周を高い塀で囲むことが終了していた。これで少ない人数で町を守る事ができるためにローレの部隊はようやく狩猟に出ることができる。
「とりあえずはテンペストウルフを捕獲する部隊と、食料を調達するものに分かれようか」
もともと戦争でも強力な突進力により主戦力となった部隊だけあって、周辺の魔物程度であれば問題なく狩れる実力を持っている。問題なのは天災級と呼ばれる一部の強力な魔物が出現する時だけだが、その出現が察知されれば首都から討伐部隊が派遣される事となっていた。その連絡には怪鳥ロックが使われており、1日もあれば討伐部隊がここまで来ることができる。討伐部隊はおそらくはウインドドラゴンで来るために数時間もあれば到着するのだ。よほど町の近くで発生しない限り被害はさほどでもないだろう。
「畑の収穫が、どの程度のものになるか分からないのよ。狩りはだいぶ頑張ってもらってね」
「分かっとるわい。南の集落は狩猟もろくにできんような有様だったからな。早くテンペストウルフを送ってやらねえと、本気で餓死する奴らがでてきそうだ」
「シウバ様がすでに穀物を輸入されたそうよ。今年は大丈夫ね」
「さすがだな」
「さすがよね」
しかしローレは考える。何故にこうまでも魔王が帰還しただけで上手く事が運ぶようになったのだろうかと。それは明らかに国をまとめるナノと四騎将の力量不足ではないのか? 自分はそういう事を考えるのには向いてなかった。上から命令されて、テンペストウルフの上で斧を振り回しているほうが性に合ってる。その点、アウラは町を治めていくのには適任だろう。自然とこういった役割が当たって良かったと思ったが、それが違うという事にすぐ気が付いた。
「なるほど、これが適材適所ってやつか」
酒の席でマジェスターが言ってたことがついに分かった気がする。その人がもっとも力を発揮する仕事を当ててやる事でうまく回り出したのだ。
「へへっ、つまりはライレルも俺と一緒で頭で考えるのが苦手だと思われたってわけだな」
南で自分とほぼ同じ役割を与えられた好敵手を思い、笑う。
「行くぞっ!! お前らっ!!」
ローレのテンペストウルフの部隊が出立した。いつもやっていた事だが、今はやるべき事がはっきりとしていて気分がいい。これまでは将来の不安と戦いながらの狩りだったのだ。
「なんか、嬉しい事でもあったんですか?」
甥のフスレが聞いてきた。
「おうよ!! めちゃめちゃいい事があった!」
「へぇ、なんですか?」
「…………なんだったっけ? よく分からん!! 忘れた!!」