1-3 雪原の古龍
北へ向かうとそこにはグレーテストホワイトベアがいるはずだった。他にも食料になりそうなものを獲りに行こうと思っているが、この人数で行くとしたら1泊2日で10匹程度は獲る必要があるだろう。いまでは俺たちのレベルもずいぶんと上がっているし、3方向くらいに分かれて一斉に狩猟を行ってもいいかもしれない。ここに住むグレーテストホワイトベアは基本的に生態系の頂点に属するためにあまり俺たちを見ても逃げるという選択肢をしないのだ。しかし、それは世界樹の塔の事件の前の話である。
「では私は2人率いてあちらのほうへ行くとしましょう」
「私はエリナと一緒に向こうに行くから2人ほどついてきてね!」
「え? じゃあ、俺は残ったのとこっちかな……」
俺について来るのは部隊長をしているハサウという人物だった。なんと、こいつ。もともとはネイル国の将軍だったそうで、リヒテンブルグ王国が攻めてきた時に寝返ったとか。なんて奴だよ。
「魔王様に付かせていただけるとは光栄です」
周囲の部下たちを眼だけで威圧して、俺のところに来たのがバレバレである。
「お、おう。よ、よろしく」
俺はフェンリルを召喚して、ハサウはテンペストウルフに乗ったまま二人で雪原を走る。ところどころに起伏があり、雪景色の中にも針葉樹林を始めとした木々が見えるようだ。今の時期は川は完全に凍ってしまっているらしい。海岸線の近くになれば景色も変わるとか。
「魔王様! あれを!」
ハサウが指さした先には一匹のグレーテストホワイトベアがいた。ノルマは3頭である。魔王という事もあるためにできれば4頭狩りたいところだ。こんなに早く見つけることができるなんて幸先いい。
「行くぞ、ハサウ!」
「はっ!」
フェンリルとテンペストウルフが走る。ここは少し魔王の実力を見せておくところかもしれん。朱雀の討伐は見られていたかもしれないが、あれはマジェスターの力もかなりあったからな。と、いうわけでパティに改良してもらってあまり副作用のでそうにないドーピング薬を飲んでみる。効果もかなり少な目との事だったが、それでも力がみなぎってくるのが分かった。同時に補助魔法をかけ、思考加速スキルも併用する。つまりは本気だ。
「剣舞!」
フェンリルから跳躍してグレーテストホワイトベアを切り刻む。無数の斬撃が一か所に集約されるのは思考加速スキルのおかげだ。俺を迎撃しようとして立ち上がった隙に腹部を大きく切り裂かれたグレーテストホワイトベアが倒れこむ。手ごたえからいって、これで終わりだろう。
「おぉっ!!」
後からハサウの乗ったテンペストウルフがやってきた。俺は返り血も浴びずに再びフェンリルに乗っている。
「どうやって運ぶかな。ワイバーンを召喚してもいいが……」
「まさか一撃とは、恐れ入りました」
ネイル国でもレベルの高い方だったハサウでもグレーテストホワイトベアを一撃で倒すことはできないそうだ。そのためにローレにもライレルにも敵わず、降伏を決めたのだとか。だが、強くなるのに年齢は関係ないと思う。実際に引退してたはずなのに家臣最強を名乗ってる爺さんだっているんだ。
近くに小高い丘があった。その頂上にワイバーンでグレーテストホワイトベアを輸送する。氷魔法を使わなくてもこの時期であれば肉が冷凍され、保存状態に問題はない。
「この周囲を探索しよう。4頭まで獲れれば一旦集合場所に戻ればいい」
「かしこまりましたっ!」
そして俺とハサウはさらなる獲物を求めて北へ向かうこととした。せっかくワイバーンを召喚したために丘にテンペストウルフを獲物の見張りとして置いておき、俺たちはワイバーンで獲物を探す。さすがにグレーテストホワイトベアの死肉を漁りに来る魔物がいるとは思えないが、テンペストウルフが番犬としているならば安心だ。
「よし、急ごう」
絶対に、マジェスターに負けるわけにはいかない。
***
「魔王様、あれは?」
「あぁ、もうシウバでいいよ。魔王とか言われてもピンとこないんだ」
「これは失礼しました、シウバ様。ですが、あちらは……」
ハサウが指さしたのはワイバーンの進行方向である。俺は気づいていなかったが、そこにはなにやら大きな影があった。
「動いて……る?」
そしてそれは動いていた。
「なんだと思う?」
「皆目見当がつきませぬ。あのような大型の魔物は先日の朱雀以外では見たことがないので……」
大型の魔物? そういえば俺は朱雀の他にも白虎とか青竜とかを見た事があるな。とくに青竜なんてあんな感じにのっしのっしあるいて、あんな感じに空を飛んで…………。
「「飛んでるぅっ!!!!」」
「やばい、やばいぞハサウ! あれは青竜かもしくはエルダードラゴンだっ!」
「色が青くないからエルダードラゴンですかな?」
「んな事言ってる場合じゃないっ! 逃げるぞっ! さすがにあれは2人じゃ無理だ!」
「了解です! しかし、向こうの方が速いようですな」
エルダードラゴンはこちらに気付いているようだ。一直線でワイバーンへと向かって飛んでくる。回れ右して逃げている俺たちであるが、このままでは追いつかれてしまうだろう。しかし、奴は最果ての南の大陸にしかいないんじゃなかったのか!?
「シウバ様、このままでは本気で追いつかれてしまいますぞ」
「だな!!」
気づくと先ほどの小高い丘の場所まで帰ってきていた。テンペストウルフが俺たちの後ろに付いてきているエルダードラゴンにびびっている。
「仕方ない。ハサウ、一旦テンペストウルフで集合場所まで帰ってユーナたちかマジェスターを連れてきてくれ」
「しかし!! シウバ様は!?」
「なんとかするから」
しなきゃ死んでしまうよ。倒す事はできそうにもないけど、時間を稼ぐならできるかもしれない。
「わ、分かりました! 一刻も早くユーナ様やマジェスター様に救援を要請いたします!」
ハサウを降ろして俺はこちらに近づいているエルダードラゴンを見る。まずは注意をこちらに向けなければならなかった。ワイバーンが高く舞い上がる。
「フレイムレイン!!」
シルキット団長やナノほどではないが、俺のフレイムレインの威力も若干向上している。ハサウとは逆方向へ飛びながら、絶え間なく攻撃する事でエルダードラゴンはこちらを向いた。
「今だっ! 行け!!」
ハサウを乗せたテンペストウルフが走り出す。しかし、集合場所までどう考えても往復で1時間はかかるだろう。それから各方面に散らばったユーナ達を見つけなければならないのだら数時間といったところか。時間稼ぎなんてできるわけないだろう。
「つまりは、俺一人でこいつを狩らなきゃならないって事だ」
魔王シウバ=リヒテンブルグ。これは試練だ。ここでこのエルダードラゴンを狩ることで、俺は魔王としての資格を示すことができ、そんな俺に皆がついてきてくれるのだろう。逆にここで死んでしまうようであれば俺はその程度だったという事だ。
「悪いが、お前は俺の踏み台だ」
エルダードラゴンは俺のフレイムレインをものともせず、噛みついてくる。それをなんとか避けるワイバーン。鋭い牙が見える。あれで噛みつかれたらひとたまりもないだろう。そして、小回りは効かないものの、飛ぶ速度は非常に速い。あとはブレスなどの遠距離攻撃もあるかもしれない。追撃をさらにかわしてエルダードラゴンの正面へと回る。決意はできた。
「さあ!! やろうぜ!!」