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1-1 魔王の帰還

 世界樹の塔の影響は本当に世界中に広がっていた。その魔力の解放が促進されてしまっただけではなく、魔物の分布も大きく変わったのではないかと推測された。

「リヒテンブルグ王国がまずいらしい」

 西の大陸のを制覇したリヒテンブルグ王国はその文明度はあまり発展してはいなかったものの、魔物を使役する部隊を多く保持しており、それによる強大な軍事力が国を支えていた。しかし、ある時魔物の発生がほとんどなくなる。それまで食料の大半が魔物の狩りで補われていたリヒテンブルグ王国では他国からの食料輸入以外にも、使役していた魔物の一部を食料とする地域がでてきていた。それによって起こったのは軍事力の低下であり、狩猟能力の低下である。魔物の発生がある程度戻ってきた時点で食料の援助が打ち切られたわけだったが、その後の魔物の発生が以前以上に活発化し、それを狩る能力は以前ほどにはなかった。そしてリヒテンブルグ王国で最強の魔物であったはずのテンペストウルフを凌駕する魔物の発生は、それこそ彼らにとって致命的なものとなりえたのである。


「朱雀!?」

「ああ、そうらしい。ほとんど青竜と同格の存在だ。伝説でしかなかったような魔物が発生してやがる」

 リヒテンブルグ王国の首都とも呼べる「統率者」ナノの集落には「調教者」フェルディを始めとした四騎将が集まっていた。彼らの集落はリヒテンブルグ王国の中でも比較的近くに存在しており、すぐにこういった相談ができるようになっている。その分、山脈を越えた南側などには連絡が行き届きにくく、対応の遅れが問題ともなっていた。

「山脈の南か。あの不毛の大地に住まうとは、よほどの物好きとみえる」

 「斬空」ライレルが冗談を言っても、誰一人反応できるような状況ではなかった。こうしている間にも同胞がやられている事が予測できるのである。

「テンペストウルフの部隊でなんとかなると思うか?」

 ナノの問いかけに答えるものはいない。そんな中、「魔卒者」ローレのみが首を横に振るう。だが、その答えがどちらであろうとも、ナノの取るべき道は決まっていたのであろう。

「無理だろうともなんとかしないといけない、という事か」


 すぐさまに朱雀の討伐隊が組織された。その多くはテンペストウルフに乗る騎兵である。しかしナノを始めとして数人は怪鳥ロックに乗り込んだ。ただし、この怪鳥が朱雀を相手にどれほどの戦力になるかは分からない。

「ナノ様! やはり、ヴァレンタイン王国に連絡を、あの方に!」

 「策士」アウラの悲痛な願いを分からないでもない。自分自身、不安であることをナノは認めざるをえなかったのだろう。しかし、それはこの地を任されている者にとって譲れない事でもある。

「そこまで言うのであれば、ヴァレンタイン大陸にはアウラが行け。我らは先に朱雀を討伐してくる。戻らなければ、それこそあの方について行くがよい」

 怪鳥の1頭をアウラに譲り渡す。

「ナノ様!」

 最近になって「統率者」としての風格と実力が顕著になってきたナノであったが、それでも魔王には及ばない。

「あの方によろしく伝えてくれ。……行くぞっ!!」

 50頭を超えるテンペストウルフと5頭ほどの怪鳥ロックが出発する。これだけの戦力を保持するだけでもかなりのものだった。そして、それらすべてが朱雀の討伐に向かうのである。山脈の南までいくのに2日とかからない。ただし、朱雀にテンペストウルフの歯がどれだけ通用するのかが未知数である。不安はある。しかし、それを皆の前では絶対に出すことはない。

 

 ***


「やったわよぉぉぉ!!!! シウバ様に会いにヴァレンタイン王国に行っていいってぇぇ!!」

「アウラ様、まだ出発されてない方もおられるのですよ、もうちょっと余韻に浸ってからのほうがいいんじゃねえですか?」

「うるさいわねっ! そんな、こいつらが全部出るまでに何分かかると思ってるのよっ!?」

 側近に注意されようとも絶叫を止めようとしない「策士」アウラ。しかし、その絶叫を快く思ない者がいるのは確実である。

「貴様ぁっ!? 俺と替われっ!!」

「嫌よ、ライレル。あなたも朱雀の討伐に行くんでしょ? 早くしないとナノ様に置いていかれるわよ?」

「ぐぬぬぬぬぬぬっ!!」

 「斬空」ライレルは最後尾での出発であったためにアウラの絶叫を間近で聞く事になってしまったようだ。そしてシウバへの憧れはこの部族の中でもっとも強い。

「ライレル殿、致し方ありませんな」

「ハサウ!! しかし、俺は!! 俺はっ!!」

 仲裁にはいる「痛撃」のハサウであったが、彼もまた「邪王」シウバ=リヒテンブルグの熱狂的信者の一人である。しかもきちんと話をした事があまりないために、彼の中で妄想は広がるばかりであった。

「私もシウバ様にはお会いしたいのですがね」

「残念だったわねっ! よろしく伝えといてあげるから、おとなしくいってらっしゃいっ!!」

「さあ、アウラ様行きましょうや。まずはカヴィラ領まで行かないと怪鳥ロックのままでヴァレンタイン大陸に直接行くと撃ち落とされるそうでやんすよ」

「そうねっ、急ぎましょう!!」

 側近をつれて怪鳥ロックに乗り込むアウラを横目で見ながら、ライレルは歯ぎしりをしていた。

「くそぅ!! ギリギリギリギリ 俺もシウバ様にお会いしたかった!」



「ナノ様! あれを!」

 ナノが部隊を率いて山脈を越えて2日が経った。そろそろ救援を乞う地域に到達したようである。そして、まだ距離はかなりあるが、ナノたちはそこの上空に今まで見た事もないような巨大な影が飛んでいるのを目撃した。

「あれは!? 青竜よりもでけえぞ!!」

「もともと、青竜どころかテンペストウルフですら我々では歯が立たなかったのだ。全てを薙ぎ払ったのは魔王様である」

 その頃のナノはまだ弱かった。最初のテンペストウルフ狩りにすら連れて行ってもらえなかったのである。その屈辱が思い出される。そろそろ自分たちの足で歩きださねばならない。いつまでも魔王に頼り切りではいけないのだ。

「朱雀を、討伐するぞ」

 だが、テンペストウルフは空を飛ぶことができない。怪鳥ロックは数頭しかおらず、その力の差は歴然としている。真正面からの戦いでは到底歯が立たないのは明白であった。

「こんな時に、魔王様であればどうしていたのだろうか。いや、俺たちはもう魔王様に頼り切って生きていくわけではない!! 俺たちの手で切り開かねばならないのだ!! 全軍、行くぞぉ!!」

「「「おおおおぉぉぉぉ!!!!」」」

 しかし、「統率者」ナノの思いを裏切るかのように、朱雀が上空で暴れ出した。

「なっ!?」



「分かってるだろうなぁ!? 素材は二の次だ!! まずは鮮度を保つ事を心がけろぉぉ!!」

「シウバ! ごめん、私もう、ほとんど魔力が……」

「あぁ、いいんだユーナ! ここまでウインドドラゴンを飛ばしてくれてありがとう! あとは任せておけ!! 行くぞマジェスター!! エリナ!!」

「はいっ!! シウバ様!!」

「頑張りますぅ!!」

 そこにいたのは黒色の禍々しい装備に身を包む一団である。それは白色の風竜から飛び立ち、それぞれ見た事も乗った事もある飛行竜へと乗り換えたかと思うと朱雀へと攻撃を開始した。

「前回、俺たちが腹いっぱい食ったことは奥方様にばれているっ!! 今回はなんとしても肉をっ!! それもできるだけ多く回収するんだっ!! クロウッ!! 準備はできているかぁ!?」

「ちょ、ま。待ってくれぇ!!」

「待たんっ!! 命がかかってる、俺たちの!! 食らえ「氷剣舞」!!」

 懐かしい技が朱雀を捉える。その威力は以前自分が見ていたものとはくらべものにならないほどに上がっていた。一撃で朱雀が体勢を崩す。

「アイスバーストォォォ!!」

「インフェルノ・パラライズゥゥ!!」

 見た事もない魔法を放つ人物にも見覚えがあった。だが、その魔法の威力には見覚えはない。それほどに凄まじい。

「クロウッ!! 血抜きの用意だぁぁ!!」

「お、おうよ!!」

 まだ朱雀にとどめを差していないはずなのに解体の準備が始まる。そしてアイスバーストと氷剣舞で氷漬けにされかけている朱雀が渾身の力で暴れようとしても体が麻痺してしまい、ほとんど動けていなかった。落下した所を、二人がかりで斬りかかる。

「先に切るぞっ、マジェスター!!」

「かしこまりましたっ!!」

「くらえぇぇぇ!!!!」

「うぉぉぉぉ、流星剣っ!!」


 ***


「まさか、ウインドドラゴンの後ろに乗っかってるだけでいいって言ってたけど、こういう事だったんだね」

「すまんな、テト。早く、奥方様のもとへ」

「まあ、事情は分かったよ。行くよ、クロウ」

「ひえぇぇぇ、もうクタクタなんだけどよ」

「知らないよ、置いてくよ? 言っとくけど僕のウインドドラゴンは「疾風」ユーナのより速いからね」

「ひえぇぇぇ」

 テトとクロウを乗せたウインドドラゴンが解体された朱雀の肉の氷漬けをもって飛び立つ。ヴァレンタイン大陸までにテトのウインドドラゴンならば1日で行けるだろう。それまでに何回か氷魔法を追加でかけろとクロウには伝えてある。ユーナもここまで1日できたのだ。どちらにしても魔力が片道分しかないからウインドドラゴンの召喚士を2人連れてこなければならなかった。もしかしたらテトであれば往復でもいけたのかもしれないが。


「ふっ、これで俺たちが奥方様に抹殺される事はないだろう」

 朱雀の肉を食した奥方様の機嫌が逆に悪くなったという噂を聞いたのは最近の事である。そして朱雀発見の知らせが真っ先にレイクサイド領主館へとどくように細工をしたのは領主ハルキ=レイクサイドであった。

 朱雀発生の報せを聞いて、領主はシウバ達にセーラが朱雀の肉を食べたがっており、さらには前回シウバたちは腹いっぱい食べたのに、セーラたちには少ししか送らなかったという事を知って大変な事になっているといういらない情報を伝えたのである。死ぬ気になればなんでもできるらしい。ユーナのウインドドラゴンの全速力で、なんとか朱雀が討伐される前に間に合ったようだった。

「いやあ、一安心だ」

「なんとかなりましたね」

「シウバ! もうヘトヘトだよ!」

「ちょっと休んでから帰りましょうよぉ」


 そして解体されて肉と素材がなくなった朱雀と、俺たちの周囲をいきなりテンペストウルフの部隊が取り囲みだした。そして、先頭の男には見覚えがある。というよりも家族だ。

「シウバ様!!」

「あれ? ナノ?」


「「「うぉぉぉぉ!! 魔王様だぁぁぁ!!」」」

「よくぞお戻りくださいました!!」

「我が国の危機には必ず駆けつけるのですね!!」

「「シウバ様ぁぁ!!」」


 部隊の全員が歓声を上げる。最後尾から走ってくるのはライレルであり、ローレやフェルディの顔もあった。

「なんで、お前らここにいるの?」

「朱雀の討伐に来たんですよ、でもまさかシウバ様が助けてくれるなんて……」

 気が緩んだのか、「統率者」ナノが泣きそうになる。

「いやいや、俺は朱雀の肉と素材を取りに来ただけなんだけど」

「またそうやって、俺たちに気を使ってくれるんですね!!」

「うぉぉぉぉ!! シウバさまぁぁぁ!!」

「誰かライレルを止めろぉ!! ハサウッ!! 何してるっ!!」

「大将!! あんたさすがだぜぇ!!」

 ライレルとローレに抱き着かれて転倒してしまう。なんてむさくるしいんだ。


「魔王シウバ=リヒテンブルグ様のご帰還だぁぁ!! みんな!! 凱旋するぞ!!」

「「「うぉぉぉぉ!!」」」

「「「リヒテンブルグ! リヒテンブルグ! リヒテンブルグ! リヒテンブルグ!」」」

 なぜかナノが叫ぶ。


「え?」

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